1. 序論:富山県における地学的リスクの再定義と本報告書の目的
富山県は、標高3,000メートル級の北アルプス立山連峰から、水深1,000メートルを超える富山湾に至るまで、世界でも稀有な急峻な地形変化を有する地域です。

※図:立山連峰から富山湾に至る富山県の地形断面図
この特異な地形は、豊かな水資源や水産資源をもたらす恩恵の源泉であると同時に、ひとたび自然災害が発生した際には、甚大かつ複合的な被害を引き起こすリスク要因ともなり得ます。
長きにわたり、富山県は「地震の少ない県」としてのパブリックイメージを享受してきました。過去の統計的データにおいて、震度5以上の地震発生回数が他県と比較して相対的に少なかった事実は、県民の安心感の醸成や企業の立地選定における優位性として機能してきた側面があります。しかしながら、現代の地震学および地質学的な知見に基づけば、この「安全神話」は極めて脆弱な基盤の上に成り立っていると言わざるを得ません。県内には、高い活動度を有する活断層帯が複数存在しており、これらは将来的にマグニチュード7クラスの直下型地震を引き起こすポテンシャルを秘めています。
さらに、2024年(令和6年)1月1日に発生した「令和6年能登半島地震」は、富山県にとって歴史的な転換点となりました。震源地が隣接する石川県であったにもかかわらず、富山県内では広範囲にわたる液状化現象、津波の到達、インフラの寸断が発生し、現代社会が抱える都市型災害の脆弱性を浮き彫りにしました。この事象は、「震源が県外であっても、富山県が壊滅的な被害を受ける可能性がある」という事実を突きつけたのです。
本報告書は、富山県における地震・津波リスクについて、最新の調査データおよび令和6年能登半島地震の実地調査結果に基づき、包括的かつ詳細な分析を行うものです。目的は、富山県が直面するリスクの「確度」を科学的に明らかにし、実効性のある「対応策」を提言することにあります。
2. 富山県および周辺海域における活断層評価と地震発生確率の確度
地震リスクの評価において、活断層の挙動予測は最も基礎的かつ重要な要素です。富山県およびその周辺地域には、プレートテクトニクスに起因する歪みを解消するための断層帯が複数確認されており、政府の地震調査研究推進本部(地震本部)や富山県による詳細な調査が行われています。

※図:富山県内の主要活断層マップ(呉羽山、魚津、跡津川断層帯)
2.1 呉羽山断層帯:都市直下型地震の脅威
富山県のリスクシナリオにおいて、最も警戒すべき存在が「呉羽山断層帯」です。この断層帯は、富山平野と呉羽丘陵の地形的な境界を形成しており、県都である富山市の中心部を縦断するように位置しています。
- 活動特性と地震規模:呉羽山断層帯は逆断層型の活動特性を持ち、活動時の想定マグニチュード(M)は7.2程度と予測されています。これは阪神・淡路大震災に匹敵する規模であり、富山市街地は震度6強から7の激しい揺れに見舞われることが確実視されます。
- 発生確率の評価:30年以内の発生確率は「ほぼ0%~2%(もしくはそれ以上)」とされています。活断層評価において数%という数値は、切迫度が高いカテゴリーに属します。特に、前回の活動から十分な時間が経過しており、発生確率は統計的な数値以上に「満期」に近い状態にあると解釈すべきです。
2.2 魚津断層帯:沿岸都市群への複合リスク
富山県東部の沿岸地域、滑川市から魚津市、黒部市にかけて走るのが「魚津断層帯」です。富山湾に面した人口密集地や産業拠点の直下を走行しており、高いリスク要因となります。
全体が連動して活動した場合、M7.3程度の地震が発生すると推定されています。海岸線に平行して走っているため、陸域の揺れだけでなく、海底地形の変動による津波発生リスクも内包しています。主要な幹線道路や鉄道網が集中しているため、広域的な物流危機の懸念もあります。
2.3 跡津川断層帯:広域災害と土砂災害の連鎖
富山県と岐阜県の県境付近を東西に走る「跡津川断層帯」は、日本有数の大規模な右横ずれ断層です。
1858年の飛越地震(M7.0-7.1)では、立山カルデラにおける「鳶山崩れ」を引き起こし、その後の土石流と洪水で富山平野に壊滅的な被害をもたらしました。将来の活動予測ではM7.9程度が想定されており、確率は低いものの、最大級の入力地震動を考慮したインフラ設計が求められます。
2.4 砺波平野断層帯と周辺地域の影響
富山県西部のリスク要因である砺波平野断層帯西部についても、M7.2程度の地震規模、30年以内の発生確率が「ほぼ0%~2%」と評価されており、呉羽山断層帯と同様に高い警戒が必要です。
2.5 活断層評価の総括表
| 断層帯名称 | 想定M | 30年以内確率 | 平均活動間隔 | リスク評価 |
|---|---|---|---|---|
| 呉羽山断層帯 | M7.2程度 | ほぼ0%~2%以上 | 6,000~12,000年 | 極めて高い:県都直撃。経過率から見て切迫性が高い。 |
| 魚津断層帯 | M7.3程度 | 0.4%以上 | 8,000年以下 | 高い:東部沿岸を直撃。津波との複合災害の懸念。 |
| 跡津川断層帯 | M7.9程度 | ほぼ0% | 2,300~2,700年 | 潜在的:確率は低いが規模は最大級。山間部の土砂災害リスク。 |
| 砺波平野断層帯 | M7.2程度 | ほぼ0%~2% | 6,000~12,000年 | 高い:西部地域の直下型リスク。 |
3. 富山湾における津波メカニズムと被害想定の深化
富山湾は、「あいがめ」と呼ばれる海底谷が沿岸近くまで入り込んでおり、急峻な海底地形を有しています。
この地形的特性は、津波の発生・伝播メカニズムにおいて、一般的な遠地津波とは全く異なる危険な挙動をもたらします。
3.1 津波発生のメカニズムと「富山湾西側断層」
富山湾西側断層が活動した場合、海底地盤の変動が膨大な海水エネルギーを生み出し、減衰することなくダイレクトに陸地を襲います。津波シミュレーションでは、糸魚川沖の断層や富山湾西側断層などが考慮されています。
3.2 到達時間の「短さ」が意味する致命的リスク
富山湾の津波における最大の脅威は、地震発生から津波到達までの時間が極めて短いことです。
| 自治体名 | 最高水位 | 第1波到達時間 | 想定波源断層 |
|---|---|---|---|
| 富山市 | 5.5m | 2分 | 呉羽山断層帯 |
| 滑川市 | 6.8m | 3分 | 呉羽山断層帯 |
| 射水市 | 6.0m | 4分 | 連動型 |
| 魚津市 | 6.4m | 6分 | 連動型 |
| 入善町 | 11.5m | 7分 | 連動型 |
富山市における「2分」という到達時間は、防災行政にとって衝撃的な数値です。揺れが収まった直後には津波が迫っている計算になり、従来の「情報伝達→判断→避難」のプロセスでは生存が困難です。「揺れ=即避難」という行動変容が必要です。
3.3 津波の波形特性:パルス的破壊力
富山湾の津波は、短時間に急激な水位上昇と下降を繰り返す「パルス的」な特性を持つと予測されています。継続時間は短いものの、初期の波に破壊力が凝縮されており、「寄り回り波」以上に強力な流体力を持ちます。
3.4 浸水域の局所性と垂直避難の有効性
シミュレーションによれば、壊滅的な浸水深となる区域は沿岸からごく一部に限られます。これは、「海岸線からの距離」が生存の決定打となることを示唆しており、内陸へ逃げる時間がない場合は、沿岸部の堅牢な建物への「垂直避難」が極めて有効です。
4. 令和6年能登半島地震:周辺県発生地震の影響と被害実態の詳解
2024年1月1日に発生した令和6年能登半島地震は、富山県にとって「隣県で発生した地震が、いかにして県内に甚大な被害をもたらすか」を示す過酷な実例となりました。
4.1 液状化現象:埋立地と旧河道の脆弱性露呈
富山県内で最も深刻な被害をもたらしたのは、建物の倒壊以上に「液状化現象」でした。特に高岡市伏木地区や氷見市、射水市などで多発しました。
※図:液状化現象の発生メカニズムと噴砂
高岡市伏木地区では「噴砂」や地盤沈下が多発し、重要インフラである伏木港大橋の接続部などに損傷を与えました。また、液状化被害は家屋の傾きによる居住断念や転居を招き、過疎化を加速させる「社会的トリガー」となっています。
4.2 津波被害と避難行動の実態
津波警報の発令を受け、県内で約15,000人の避難者が発生しました。これは住民の危機意識の高さを示していますが、一方で避難所のキャパシティ不足や渋滞などの課題も浮き彫りになりました。
4.3 広域インフラおよび産業への打撃
道路、河川堤防、港湾施設など、県管理の土木施設だけで195箇所の被害が報告されました。農業被害も2,465箇所に達し、地域経済に深刻な打撃を与えました。
5. 現在講じられている対応策と防災体制の評価
富山県および各自治体は、多層的な防災対策を講じています。
5.1 ソフト対策:情報の「自分事化」への挑戦
「ふるさと富山地震・津波防災ハンドブック」の配布や、視覚障害者向けアプリ「Uni-Voice Blind App」の導入など、情報のユニバーサルデザイン化とDXが進められています。
5.2 ハード対策:津波避難ビルとインフラ強靭化
津波到達時間の短さを補うため、多数の施設が緊急避難場所として指定されています。
※図:津波避難ビルの表示と垂直避難のイメージ
| 自治体 | 施設名 | 収容能力 | 特徴・役割 |
|---|---|---|---|
| 富山市 | 富山大学五福キャンパス | – | 大規模避難者受入が可能 |
| 射水市 | ケアハウス万葉 | 1,017人 | 福祉避難所としての機能併有 |
| 射水市 | 第一イン新湊 | 511人 | 民間ホテルとの協定 |
5.3 復旧・復興支援体制の確立
能登半島地震後、県内の自治体間連携(相互応援)が迅速に行われました。この「受援力」と「支援力」の両立は、将来の大災害時においても機能する重要な資産です。
6. 今後の課題と戦略的提言:確度ある安全の実現に向けて
6.1 「2分」の壁を突破するための超短期避難戦略
富山市の「津波到達2分」に対し、水門の自動開放システムや避難路のLED誘導灯など、思考停止でも避難できるハード整備が必要です。また、学校教育において「2分以内に安全圏へ到達できるか」を計測する実践的なドリルの導入を推奨します。
6.2 液状化リスクへの抜本的対策と土地利用の適正化
街区レベルでのリスク情報の精緻化や、地盤改良への公的支援が必要です。コンパクトシティ政策においても、液状化リスクが高い地域への居住誘導を抑制する勇気ある都市計画の見直しが求められます。
6.3 広域連携とロジスティクスの多重化
陸路寸断時に備え、富山新港や伏木港を活用した海上輸送ルートの確立が必要です。また、富山県自体が被災した場合の広域避難計画の具体化を進めるべきです。
6.4 「心の復興」とコミュニティの維持
人口流出を防ぐため、ハード面の復旧だけでなく、コミュニティ支援などのソフト面での復興支援を長期的に行う体制が必要です。
7. 結論
本報告書の調査により、富山県における地震・津波リスクの「確度」は高く、かつ切迫していることが確認されました。呉羽山断層帯による直下型地震や、到達の早い津波、そして液状化被害への備えは待ったなしの状況です。
しかし、詳細なハザードデータの蓄積や避難施設の確保など、対策の基盤は構築されています。今求められているのは、「想定外」を排除したリアリスティックなシナリオに基づく準備の徹底です。「富山は安全」という過去の神話と決別し、科学的根拠に基づく正当な危機感を持って防災に取り組むことが重要です。
添付資料:引用・参照データソース一覧
- 砺波平野断層帯・呉羽山断層帯 – 地震本部
- 魚津断層帯 – 地震本部
- 跡津川断層帯 – 地震本部
- ふるさと富山地震・津波防災ハンドブック – 富山県
- 令和6年能登半島地震による 伏木港大橋における 被災の状況調査報告
- 高岡市 液状化対策に関する中間報告
- 伏木震災復興支援プロジェクト | 富山大学 芸術文化学部【籔谷研究室】
- 令和 6 年能登半島地震における富山県の被害状況と課題 – 籔谷研究室
- 令和6年能登半島地震による被害及び支援状況 Ⅰ 地震の概要 Ⅱ 県の対応等 – 富山県
- 全体図に示す指定緊急避難場所一覧 – 富山市
- 富山県避難施設一覧(R07.4.1現在)
- 指定緊急避難場所一覧 – 射水市
