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【5月14日はけん玉の日】大正時代から世界へ!「日月ボール」の誕生と進化の歴史を徹底解説

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【5月14日はけん玉の日】大正時代から世界へ!「日月ボール」の誕生と進化の歴史を徹底解説

はじめに

子供の頃、誰もが一度は手にしたことがある「けん玉」。お正月やお祭り、児童館などで遊んだ懐かしい記憶を持つ方も多いのではないでしょうか。しかし、ただの昔のおもちゃだと侮ってはいけません。実は、このけん玉には驚くべき歴史と、今や世界中の人々を熱狂させるほどの深い魅力が隠されているのです。

毎年5月14日は、そんなけん玉にとって非常に重要な記念日である「けん玉の日」に制定されています。では、なぜ5月14日が選ばれたのでしょうか?そこには、大正時代に生きた一人の日本人の素晴らしいアイデアと、現代の私たちが遊んでいるけん玉のルーツとなった大発明が関係しています。

👇 本記事でわかる3つの重要ポイント 👇

  • 【テーマ1】5月14日が「けん玉の日」になった理由
  • 【テーマ2】大発明「日月ボール」に隠された大ヒットの秘密
  • 【テーマ3】大人のお座敷遊びから世界的ストリートカルチャーへ進化した歴史

この記事では、わずかな記録から読み解くけん玉の誕生秘話から、現代の若者たちを熱狂させるスポーツ「KENDAMA」へと進化した驚きの軌跡を、専門用語を使わずにわかりやすく解説していきます。この記事を読めば、押し入れに眠っているけん玉をもう一度手に取ってみたくなるはずです。ぜひ最後までじっくりとお楽しみください。

5月14日「けん玉の日」の由来と「日月ボール」の誕生

大正8年(1919年)に実用新案登録された記念すべき日

私たちが普段使っているカレンダーには様々な記念日が書かれていますが、5月14日は「けん玉の日」として公式に認定されています。この記念日は、けん玉の普及や発展を目的として活動している「一般社団法人グローバルけん玉ネットワーク」という団体によって制定されました。

なぜ数ある日付の中から5月14日が選ばれたのでしょうか。それは、今から100年以上も前の1919年(大正8年)5月14日に、現在のけん玉の直接的なご先祖様とも言える「日月ボール(にちげつぼーる)」という画期的なおもちゃが、国に「実用新案」として登録された日だからです。実用新案とは、新しく便利に工夫されたアイデアや形を保護するための制度のことです。つまり、この日は「現代の形のけん玉が公式に誕生したお誕生日」と言っても過言ではありません。

広島県呉市の江草浜次が考案した画期的なおもちゃ

この歴史的な「日月ボール」を発明したのは、広島県呉市(くれし)という港町に住んでいた江草浜次(えぐさ はまじ)という人物です。実は、当時の日本にもけん玉に似たおもちゃはすでに存在していましたが、遊ぶのが非常に難しかったり、壊れやすかったりと、今のものとはかなり違う形をしていました。

江草浜次は、子供たちがもっと簡単に楽しく、そして長く遊べるようにと試行錯誤を重ねました。そして、持ち手となる木の棒(剣)に、大きさの違う3つのお皿(大皿・小皿・中皿)を取り付け、そこに丸いボール(玉)を糸でつなぐという、現在のけん玉と全く同じ美しいバランスの形を完成させたのです。この完成されたデザインがあまりにも素晴らしかったため、100年経った今でも、けん玉の基本的な形や構造は全く変わっていません。

「日月ボール」というロマンチックな名前と大ヒットの秘密

太陽と月をモチーフにした美しいデザイン

江草浜次が発明したこのおもちゃは、最初から「けん玉」という名前で呼ばれていたわけではありませんでした。彼が名付けた公式な名前は「日月ボール」という、とてもロマンチックで響きの美しいものでした。

なぜこのような名前が付けられたのでしょうか。それは、このおもちゃの形に由来しています。赤い色のついた丸い玉の部分を、空に明るく輝く「太陽(日)」に見立てました。そして、玉を受け止めるお皿の部分が、なだらかなカーブを描く三日月の形に似ていることから、これを「月」に見立てたのです。太陽と月が手元で交差する美しいおもちゃ、という意味を込めて「日月ボール」と名付けられました。この詩的で素敵な名前は、当時の子供たちだけでなく大人たちの心もしっかりと掴みました。

失敗しにくく、どんどん上達できる工夫

日月ボールが当時の子供たちの間で大爆発的な大ヒットを記録したのには、ロマンチックな名前以外にも明確な理由がありました。それは「遊んでいて楽しい」「練習すればするほど上達が実感できる」という、おもちゃとして最も大切な要素が完璧に計算されて作られていたからです。

それまでの似たようなおもちゃは、玉をキャッチする部分が小さすぎたり、糸の長さが適切でなかったりしたため、難しすぎてすぐに飽きられてしまうことが多かったのです。しかし、江草浜次は、大皿、小皿、中皿と大きさの違う3つのお皿を用意することで、「まずは一番大きな大皿に乗せる練習から始めよう」という段階的な目標を作りました。これにより、小さな子供でも簡単に成功体験を味わうことができ、「もっと難しい技に挑戦したい!」というやる気を自然に引き出すことに成功したのです。

けん玉はどこから来た?世界を旅した長い歴史

フランスの「ビルボケ」など世界中に存在する仲間たち

日本で大正時代に完成された現代のけん玉ですが、そもそも「玉を紐でつないで、棒やカップで受け止める」という遊びのアイデア自体は、日本だけで独自に生まれたものではありません。実は、これとよく似たおもちゃは、古くから世界中に存在していました。

例えば、16世紀のフランスでは「ビルボケ」と呼ばれるおもちゃが王侯貴族の間で大流行していました。これは、象牙などで作られた美しい装飾のカップに玉を入れる遊びで、あまりに夢中になりすぎて国の仕事をおろそかにする王様がいたという記録が残っているほどです。他にも、北アメリカの先住民(ネイティブ・アメリカン)が動物の骨を使って似たような遊びをしていたり、メキシコにも「バレロ」と呼ばれる伝統的なおもちゃがあったりと、遠く離れた世界中の様々な場所で、人々は同じような遊びを楽しんでいました。

江戸時代に日本へ伝来!最初は大人のお酒の席の遊びだった

世界中で愛されていたこの「カップ&ボール」のおもちゃが、シルクロードを渡り、海を越えて日本に伝わってきたのは江戸時代のことだと言われています。長崎県の出島(でじま)という、当時唯一海外と貿易をしていた港を通じて入ってきました。

しかし、当時の日本では、これは子供の遊びではありませんでした。「すくいけん」などと呼ばれ、なんと大人たちが集まるお酒の席での宴会ゲームとして使われていたのです。ルールはとてもシンプルで、お酒を飲む杯(さかずき)の形をしたものに玉を乗せようと挑戦し、もし失敗したら罰ゲームとしてお酒を飲まなければならない、というものでした。今では子供のおもちゃの代表格ですが、最初は大人たちが酔っ払いながら大騒ぎして楽しむ遊びだったというのは、とても意外な歴史ですよね。

大量生産の拠点となった広島県廿日市市(はつかいちし)の貢献

木工ろくろの技術が日月ボールの量産を可能にした

江草浜次が発明した日月ボールが全国の子供たちに届けられるようになった背景には、広島県の廿日市市(はつかいちし)という地域の存在が欠かせません。この町には、古くから木材を削って丸い形や美しいお椀を作る「木工ろくろ」という素晴らしい職人の技術がありました。

この高い技術力を持つ廿日市市の木工職人たちが、日月ボールの製造を引き受けたことで、全く同じ形、同じ重さの高品質なけん玉を、大量に、そして早く作ることができるようになりました。職人たちの手によって一つ一つ丁寧に削り出されたけん玉は、おもちゃ屋さんを通じてあっという間に日本中の子供たちの手に渡っていったのです。これが、けん玉が全国的なブームになった最大の理由です。

現在でも「けん玉発祥の地」として愛される理由

このような歴史的な背景から、現在でも広島県の廿日市市は「近代けん玉の発祥の地」として、多くのファンから聖地として親しまれています。町を歩けば、大きなけん玉のモニュメント(記念碑)が飾られていたり、地元の子供たちが日常的にけん玉を楽しんでいたりと、町全体でけん玉文化を大切に守り育てています。

さらに、夏になると世界中からトッププレイヤーたちが集まる世界最大級の大会がこの町で開催され、大変な盛り上がりを見せます。大正時代に生まれた小さな木のおもちゃが、100年の時を超えて、世界中の人々を廿日市市に呼び寄せる架け橋となっているのは、とても感動的な物語ではないでしょうか。

子供の遊びから競技へ!スポーツとしての「けん玉」

「日本けん玉協会」の設立とルールの統一

大正時代に日月ボールが誕生し、昭和時代に入ると、けん玉は日本中の子供たちにとって欠かせない定番のおもちゃとなりました。しかし、当時は地域によって遊び方やルールがバラバラで、どんな大きさのけん玉を使っても自由でした。これでは、誰が一番上手いのかを公平に決めることができません。

この状況を大きく変えたのが、1975年(昭和50年)に設立された「日本けん玉協会」です。協会を立ち上げた藤原一生(ふじわら いっせい)という人物は、「けん玉を単なる子供の遊びで終わらせず、誰もが公平に競い合える本格的なスポーツにしよう」と考えました。そこで、協会が公認する公式のけん玉のサイズや重さ、そして糸の長さなどを1ミリ単位で厳密に定め、日本全国どこでも同じ基準で遊べるようにしたのです。

級や段位の認定と、白熱する全国大会

ルールと道具がしっかりと統一されたことで、けん玉は「競技スポーツ」として大きく進化しました。柔道や剣道のように、「10級」から始まり、「初段」「二段」とステップアップしていく検定試験の制度が作られたのです。決められた技を順番に成功させることで公式な段位がもらえるこのシステムは、子供たちの「もっと上手くなりたい」「上の段を目指したい」という気持ちに火をつけました。

さらに、全国の腕自慢たちが集まって日本一を決める全国大会も定期的に開催されるようになりました。ただ玉をお皿に乗せるだけでなく、「宇宙遊泳」や「うぐいす」といった、信じられないほど高度で複雑な技が次々と開発され、けん玉は非常に奥深いスポーツとしての地位を確立していきました。

ストリートカルチャーと融合!世界を熱狂させる「KENDAMA」

アメリカの若者たちがYouTubeで発信して大ブームに

日本国内で着実にスポーツとして進化を続けていたけん玉ですが、2000年代後半になると、まったく予想外の場所から新たな大ブームが巻き起こりました。なんと、アメリカ合衆国の若者たちが日本のけん玉に目をつけ、熱狂し始めたのです。

きっかけは、アメリカへ旅行や仕事で行った日本人が現地に持ち込んだけん玉でした。それを手にしたアメリカのスケートボーダーやBMX(競技用自転車)のライダーといった、エクストリームスポーツを愛する若者たちが、「これは信じられないほどクールな遊びだ!」と夢中になったのです。彼らは、音楽に合わせてアクロバティックにけん玉の技を決める動画をYouTubeなどのインターネット上に次々と投稿しました。

「KENDAMA」として逆輸入され、世界大会も開催

彼らのプレイスタイルは、私たちが知っている昔ながらの真面目なけん玉とは全く異なるものでした。ヒップホップの音楽に乗せ、ストリートファッションに身を包んだ若者たちが、全身のバネを使って玉を空高く放り投げ、まるでジャグリングのように次々と技を決めていくのです。このスタイリッシュな姿は世界中で話題となり、「KENDAMA」という世界共通の言葉として大流行しました。

今ではアメリカやヨーロッパのメーカーが独自のカラフルでかっこいいデザインのKENDAMAを製造しており、それが日本に「逆輸入」されて日本の若者たちにも大人気となっています。世界規模での大会も開かれるようになり、日本発祥のおもちゃが世界のストリートカルチャーを牽引する存在になっているのです。

脳トレや集中力アップにも!けん玉がもたらす驚きの健康効果

手と目を同時に使うことで脳が活性化する

けん玉がこれほどまでに長い間、多くの人に愛され続けている理由は、楽しさやかっこよさだけではありません。実は、医療や教育の現場からも「けん玉がもたらす優れた健康効果」に大きな注目が集まっているのです。

けん玉は、「落ちてくる玉の動きをじっと目で追いかけながら、手でタイミングよくキャッチする」という動作を何度も繰り返します。このように、視覚(目)と運動(手や体)を同時に連携させる作業は、人間の脳を非常に強く刺激し、活性化させることが科学的な研究でもわかっています。そのため、子供の集中力を養うための教育ツールとして学校で取り入れられたり、お年寄りの認知症を予防するための「脳トレ」として介護施設で活用されたりしているのです。

全身の筋肉を使うため、手軽な健康づくりに最適

また、けん玉は一見すると手先だけで遊んでいるように見えますが、上手な人ほど「膝(ひざ)」を柔らかく使って全身でバランスを取っています。玉を空中に引き上げるときに膝を曲げて沈み込み、キャッチするときにもう一度膝のクッションを使って衝撃を吸収するのです。

この「膝の曲げ伸ばし」を中心としたスクワットのような動きは、足腰の筋肉を自然に鍛えることにつながります。激しく走り回るスポーツとは違い、家の中のわずかなスペースで安全に行うことができるため、運動不足に悩む大人や、無理なく体を動かしたいお年寄りにとって、これ以上ないほど手軽で効果的な全身運動となるのです。

まとめ

いかがでしたでしょうか。5月14日の「けん玉の日」をきっかけに、けん玉の歴史と進化について詳しく見てきました。大正時代に江草浜次によって発明された「日月ボール」が、まさか100年後の世界でストリートカルチャーと結びつき、世界規模のスポーツ「KENDAMA」としてこれほどまでに熱狂を生むとは、当時の誰も想像できなかったことでしょう。

子供からお年寄りまで、言葉の壁を越えて世界中の人が一緒に楽しむことができ、しかも脳のトレーニングや健康づくりにも役立つという、まさに非の打ち所がない完璧なおもちゃ。それがけん玉の本当の姿です。もしご自宅の押し入れのどこかにけん玉が眠っているなら、今年の5月14日の「けん玉の日」には、久しぶりに引っ張り出して手に取ってみてはいかがでしょうか。きっと、昔とは違う新しい魅力や楽しさに気づくことができるはずです。

参考リスト

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