結論:無差別殺傷事件は「予測不能な災害」ではない。事前のサインと適切な防犯対策でリスクは減らせる
繁華街や電車内など、私たちの日常空間で突如として発生する「無差別殺傷事件」。連日ニュースで報じられる痛ましい事件に、「いつ自分が巻き込まれるかわからない」と強い不安を感じている方も多いのではないでしょうか。
結論から言うと、これらの事件は決して「完全に予測不能な通り魔」によるものではありません。
犯罪心理学や最新のデータ解析によれば、加害者の心理や事前の行動には必ず「サイン(兆候)」が隠されています。また、私たち一般市民も、犯人の心理を理解し「狙われにくい行動(状況的防犯)」を日常的にとることで、被害に遭う確率を劇的に下げることができるのです。
この記事では、なぜ無差別殺傷事件が起きてしまうのかというメカニズムから、いざという時に命を守るための具体的な行動、そして護身用品を持ち歩く際の「法律の落とし穴」まで、プロの視点でわかりやすく解説します。
なぜ無差別殺傷事件は起きるのか?「拡大自殺」と加害者の心理
理想と現実のギャップが生む「マグマのような不満」
無差別に人を襲う加害者は、ある日突然、狂気に取り憑かれたわけではありません。長年にわたり、心の中に澱(おり)のような強い欲求不満を溜め込んでいます。
彼らに共通するのは、「本当の自分はもっと評価されるべきだ」という肥大化した自己愛と、「誰にも認められない」という現実との間に、埋めがたい巨大なギャップがあることです。この不満を「自分の努力不足」ではなく、「自分を理解しない社会が悪い」と責任転嫁することで、社会全体への強烈な憎悪(ルサンチマン)を育ててしまいます。
引き金となる「破滅的な喪失」と「拡大自殺」
溜まりに溜まった不満が爆発する「引き金(トリガー)」となるのが、失業、離婚、借金といった「破滅的な喪失」です。「もう自分の人生は終わった」と絶望した瞬間、彼らは自らの命を絶とうとします。
しかし、単に命を絶つのではなく、「自分を不当に扱った社会に復讐したい」「最後に世間の注目を浴びたい」という歪んだ欲求が混ざり合います。これが、関係のない一般市民を巻き添えにする「拡大自殺」と呼ばれる現象です。※もちろん、これはいかなる理由があっても決して許されることではありません。
メディア報道が「模倣犯(コピーキャット)」を生む
さらに恐ろしいのが、大々的なニュース報道が「行動の台本」になってしまうことです。社会から孤立した潜在的な加害者は、過去の凄惨な事件(例えば、京都アニメーション放火殺人事件など)の報道を見て、「自分も同じようにやれば、社会に衝撃を与えられる」と錯覚し、模倣犯を引き起こす危険性が極めて高いのです。
事件は突然起きない?犯人が発する「事前兆候(リーケージ)」
「通り魔事件は防ぎようがない」と思われがちですが、実は犯行に至る前に、加害者は無意識のうちに何らかのサインを発しています。これを行動科学の専門用語で「リーケージ(事前の漏洩行動)」と呼びます。
最初は「合法的な手段」で訴えてくる
特定の施設や人を狙うローン・オフェンダー(単独の攻撃者)の多くは、最初から刃物を振り回すわけではありません。実は、役所の窓口への執拗な相談、企業への長期間のクレーム、さらには裁判を起こすなど、「社会のルールの範囲内」で自分の不満を解決しようとする時期があります。
しかし、彼らの要求はあまりに理不尽であるため、行政も企業も断らざるを得ません。「合法的にお願いしたのに、社会は自分を完全に拒絶した」と思い込んだ瞬間、彼らは最後の手段として「暴力」へと一気に舵を切るのです。この「過剰なクレーム」から「暴力」へとエスカレートする過程こそが、重大なサイン(リーケージ)となります。
AIやデータで「危険なサイン」を検知する
現在、こうした兆候をキャッチし、重大事件を防ぐための「リスク評価モデル」の研究が進んでいます。このシステムは、「将来重大な事件を起こす危険性が高いケース」を約80%の高確率で見つけ出すことができる精度まで来ています。
警察や行政がこのモデルを使い、「ただの厄介なクレーマー」か「放置すれば凶行に及ぶ危険人物」かをいち早く見極める取り組みが、すでに実務レベルで始まっています。
私たちが明日からできる!「ターゲットにされない」ための護身術
国や警察が対策を進めているとはいえ、すべての事件を水際で防ぐことは不可能です。だからこそ、私たち一人ひとりが「被害者にならないための行動(状況的防犯)」を身につける必要があります。
① 犯人は「反撃してこなそうな人(ソフトターゲット)」を狙う
無差別殺傷の犯人は、パニックを起こして自分の目的を達成するため、無意識に「簡単に危害を加えられそうな人」を探しています。
絶対にやめるべきは「ながら歩き(歩きスマホやイヤホン)」です。画面に集中して周囲の音を遮断している人は、犯人からすれば「警戒心がゼロで、背後から近づいても気づかない最高のターゲット」に見えてしまいます。
- 対策: 人の多い駅や繁華街ではスマホをしまい、周囲の音や人の動き(悲鳴や、逆走してくる群衆など)にすぐ気づけるようにしましょう。
- 服装: いざという時に全力で走って逃げられるスニーカーを選び、掴まれにくい服装を心がけることも立派な防犯です。
② もし遭遇してしまったら?「逃げる・捨てる・具体的に叫ぶ」
万が一、事件現場に居合わせてしまった場合の鉄則は以下の通りです。
- すぐ逃げる: 犯人を説得しようとしたり、立ち向かったりしてはいけません。
- 荷物は捨てる: バッグや買い物袋はすべてその場に捨て、身軽になって一刻も早く逃げてください。迫り来る犯人にバッグを投げつけ、一瞬の隙を作るのも有効です。
- 具体的に叫ぶ: パニックになると「きゃー!」と叫んでしまいがちですが、周囲は何が起きたか分かりません。「刃物を持った男がいる!」「刺される、逃げて!」と、具体的な状況を大声で叫ぶことで、周囲の人々の命も救うことができます。
護身用スプレーの持ち歩きは違法?自己防衛のジレンマ
「自分の身を守るために、催涙スプレーやスタンガンを持ち歩きたい」と考える方も多いでしょう。しかし、日本においてこれらを外に持ち歩くことには、「軽犯罪法」に触れるリスクが常に付きまといます。
「正当な理由」の曖昧さと男女の差
軽犯罪法では、正当な理由なく「人に重大な害を加える器具」を隠し持つことを禁じています。買ったスプレーを家に持ち帰る途中なら「運搬」という理由が成り立ちますが、「いつ通り魔に遭うかわからないから」という予防目的が「正当な理由」と認められるかどうかは、職務質問をした警察官の判断によって大きく変わってしまいます。
さらに現場の実態として、女性が護身用に持っている場合は見逃されやすい一方で、男性が持っていると「攻撃目的ではないか」と疑われ、没収や警告を受けるケースが多いというジェンダー・バイアス(性別による偏り)も指摘されています。自分の身を守りたいという切実な願いと、治安維持のための法律がぶつかり合う、非常に悩ましい問題が起きています。
悲劇を繰り返さないために社会ができること(まとめ)
無差別殺傷事件を防ぐためには、特効薬はありません。社会全体で何重もの「防波堤」を築く必要があります。
- 【社会(マクロ)の役割】 失業や借金で絶望し、「人生が終わった」と感じている人を孤立させないための、手厚いセーフティネット(就労支援や生活保護へのスムーズな接続)を再構築すること。メディアは模倣犯を防ぐため、センセーショナルな報道を控えること。
- 【機関連携(メソ)の役割】 警察、病院、役所、民間企業が連携し、過剰なクレームなどの「小さなサイン」を見逃さず、重大事件に発展する前に介入する仕組み(脅威評価チーム)を定着させること。
- 【私たち市民(ミクロ)の役割】 「ながら歩き」をやめて隙をなくし、いざという時の避難行動をイメージしておくこと。また、護身用品を持つ際のリスクを正しく理解すること。
「突然の狂気」で片付けるのではなく、事件の背景にある社会の病理に目を向け、一人ひとりが防犯意識を高めること。それが、理不尽な悲劇を少しでも減らすための第一歩となります。

