令和の双葉山か、欧州の蒼き狼か:大関・安青錦新大の歴史的覇業と相撲史の転換点に関する包括的研究報告書
2026年初場所、新大関・安青錦が成し遂げた双葉山以来89年ぶりの快挙。ウクライナからの避難、安治川部屋での成長、そして綱とりへの展望を徹底分析した包括的研究レポート。
1. 序論:2026年、国技館に吹いた「青い風」
2026年(令和8年)1月25日、東京・両国国技館。大相撲初場所千秋楽の結びの一番が終わった瞬間、館内を包んだのは単なる歓声ではなく、歴史の目撃者となったことへの畏怖に近いどよめきであった。新大関として本場所に臨んだ安青錦(あおにしき)が、12勝3敗で並んだ平幕・熱海富士との優勝決定戦を制し、新関脇であった先場所に続く2場所連続、通算2度目の幕内最高優勝を果たしたのである。
新大関としての優勝は、2006年夏場所の白鵬以来、実に20年ぶり9人目の快挙である。しかし、安青錦が成し遂げた記録の真の特異性は、「新関脇・新大関」という昇進直後の場所での連続優勝にある。これは「相撲の神様」と称される双葉山定次が1936年(昭和11年)から37年にかけて達成して以来、実に89年ぶりとなる歴史的偉業である。
身長182cm、体重140kg。近年の大型化する力士の中では決して恵まれた体格とは言えないこの21歳の若者が、なぜこれほどの短期間で角界の頂点に駆け上がることができたのか。本報告書では、安青錦の2026年初場所における戦いの軌跡を詳細に分析するとともに、ウクライナからの避難民として来日したその数奇な生い立ち、安治川部屋で培われた技術と精神性、そして来たる春場所での横綱昇進(綱とり)の可能性について、多角的な視点から論じるものである。
2. 第1章:2026年初場所(ハツバショ)の激闘分析
2.1 大混戦の序章と中盤の安定感
2026年の初場所は、前年の九州場所で初優勝を果たし、大関へと昇進した安青錦にとって、その「真価」が問われる場所であった。新大関の場所は、昇進の祝賀行事や取材対応による稽古不足、そして「勝って当たり前」という地位の重圧から、成績を落とす力士も少なくない。しかし、安青錦は序盤からそのプレッシャーを微塵も感じさせない盤石の相撲を展開した。
12日目を終えた時点で、安青錦は単独トップに立っていた。特に12日目の本割(正規の取組)では、優勝争いのライバルであった熱海富士に対し、右四つからの盤石の寄り切りで完勝している。この時点では、多くの相撲解説者やファンが、彼の「無風」での連続優勝を予想していたであろう。
2.2 第14日目の暗転:横綱・大の里という「壁」
しかし、大相撲の優勝争いがシナリオ通りに進むことは稀である。安青錦にとっての試練は、14日目の横綱・大の里戦で訪れた。
ここまでの安定感が嘘のように、安青錦は横綱の圧力に屈した。立ち合いの衝撃で上体を起こされると、そのまま押し倒しで敗北を喫し、3敗目を記録したのである。この敗戦は、単なる1敗以上の意味を持っていた。それまで単独トップだった安青錦が敗れたことで、優勝争いは一気に混沌(カオス)へと突入したのである。
| 順位 | 四股名 | 番付 | 成績(14日目終了時) | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 首位 | 安青錦 | 西大関 | 11勝3敗 | 本割敗戦により混戦へ |
| 首位 | 熱海富士 | 西前頭4 | 11勝3敗 | 霧島との3敗対決を制す |
| 追走 | 大の里 | 横綱 | 10勝4敗 | |
| 追走 | 霧島 | 関脇 | 10勝4敗 | |
| 追走 | 阿炎 | 前頭 | 10勝4敗 | |
| 追走 | 欧勝海 | 前頭 | 10勝4敗 |
千秋楽において、3敗の2人(安青錦、熱海富士)が共に敗れ、4敗勢が勝利すれば、最大で5人ないし6人による優勝決定戦という、2015年夏場所(8人が可能性を残した)以来の歴史的大混戦となる可能性が浮上したのである。
2.3 千秋楽の明暗と「安治川の教え」
千秋楽、重圧のかかる場面で安青錦の真価が試された。熱海富士は欧勝海との一番を制し、12勝3敗で優勝の権利を保持した。これにより、安青錦は「勝てば決定戦、負ければV逸」という極限の状況で、大関・琴櫻との結びの一番に臨むこととなった。
師匠である安治川親方(元関脇・安美錦)によれば、安青錦は終盤の5日間、緊張とプレッシャーでほとんど眠れていなかったという。しかし、土俵上の彼は冷静であった。前場所(九州場所)でも、大の里の休場によって豊昇龍が先に決定戦進出を決めていた状況を経験しており、「前もそういうことがあったので、本割に集中した」と、過去の経験を糧に琴櫻を撃破。これにより、優勝の行方は安青錦と熱海富士の決定戦(プレーオフ)へと持ち込まれた。
2.4 優勝決定戦:195kgを転がした「首投げ」の生体力学
優勝決定戦の相手は、本割で一度下している熱海富士であった。しかし、12日目の内容とは異なり、決定戦での熱海富士の圧力は凄まじいものであった。
2.4.1 絶体絶命の右四つ
立ち合い、安青錦は低く当たろうとしたが、195kgの巨体を誇る熱海富士に下から跳ね上げられ、上体が浮いてしまった。そのまま熱海富士が得意の右四つに組み止め、左を極(き)めるようにして前に出る展開となった。相撲のセオリーにおいて、体が小さく(140kg)、かつ上体が伸びきった状態で、50kg以上重い相手に胸を合わされて寄られることは「死に体」を意味する。
2.4.2 起死回生の「首投げ」
土俵際まで追い詰められた安青錦に残された選択肢は少なかった。しかし、ここで彼が選択したのは、師匠・安美錦が現役時代に得意とした変幻自在の技に通じる「首投げ」であった。
専門誌の分析によれば、安青錦の勝因は「左上手を相手に与えていなかった」点にある。これにより、土俵際で体を回転させるわずかなスペースと自由度が残されていた。熱海富士が勝負を決めようと体重を預けてきたその瞬間、安青錦は左腕を相手の首に巻き付け、自らの腰を支点として195kgの巨体を円運動で振り回したのである。
「あああ~」という悲鳴にも似た歓声の中、熱海富士の巨体が裏返り、土俵に転がった。決まり手は首投げ。本人は「右四つになっても、起こされなければ大丈夫と思っていた」と語るが、それは極限の集中力の中で発揮された、まさに「捨て身」かつ「必殺」の一撃であった。
3. 第2章:ウクライナの戦火から国技館へ — 安青錦・生い立ちの記録
安青錦の強さを語る上で、その過酷な生い立ちと、相撲に対する渇望の原点を避けて通ることはできない。彼は単なるスポーツエリートではなく、戦争という不可抗力によって運命をねじ曲げられ、それでもなお自らの意志で道を切り開いた「サバイバー」である。
3.1 ヴィンニツャの少年と「貴乃花 vs 朝青龍」
安青錦こと、本名ダニーロ・ヤブグシシンは、2004年にウクライナ中部のヴィンニツャで生まれた。運動神経抜群の少年だった彼は、6歳から柔道を始め、その後レスリングでも国内大会で優勝するほどの実力を身につけた。
しかし、彼の心を捉えて離さなかったのは、7歳の頃に地元のクラブで見よう見まねで始めた「相撲」であった。そして、彼の運命を決定づけたのは、インターネット動画サイトで偶然目にした一番の取組である。
それは、2002年秋場所の横綱・貴乃花 対 大関・朝青龍の一番であった。
当時、貴乃花は長期休場明けで満身創痍の状態にあり、対する朝青龍は飛ぶ鳥を落とす勢いの新鋭であった。この取組で貴乃花が見せた鬼気迫る相撲と、館内の異様な熱気、そして勝利した瞬間の爆発的な歓声。画面越しにその光景を目撃した少年ダニーロは、「勝ち負けに関わらず、全体的に格好良かった」「いつか、あそこで相撲を取りたい」という強烈な憧れを抱くに至った。このエピソードは、後の彼の相撲スタイル——どんなに追い込まれても諦めない精神力——の原点となっている。
3.2 17歳の決断:侵攻と脱出
2022年2月24日、ロシアによるウクライナ軍事侵攻が始まった時、彼は17歳であった。ウクライナでは「18歳以上の男性」は出国が制限され、兵役の義務が生じる可能性がある。当時、彼の18歳の誕生日は3月23日に迫っていた。
「やるなら今しかない。行かなかったら、亡くなる時、絶対に後悔する」
戦火の中で、彼は人生最大の決断を下す。家族と共に安全な場所へ逃れるのではなく、ドイツに住む両親のもとへ一時避難した後、単身日本へ渡ることを選んだのである。それは、二度と故郷の土を踏めないかもしれないという覚悟を伴う旅立ちであった。
3.3 Instagramが繋いだ縁
現代的なエピソードとして特筆すべきは、彼の入門の経緯である。彼は来日のコネクションを持っていなかったが、15歳の時に出場した世界ジュニア選手権で知り合った関西大学相撲部の山中新大(あらた)さんに、Instagramを通じてメッセージを送ったのである。
8000kmの距離を超えたSNSでのやり取りが、彼を安治川部屋へと導いた。四股名の「新(あらた)」は、この恩人である山中さんの名から取られている。また、「安青錦」の「安」は師匠の安治川(安美錦)から、「青」はウクライナ国旗の青と、青春の青、そしてまだ未熟であることを忘れないという意味が込められているとされる。
4. 第3章:強さの秘密 — 技術・肉体・精神の分析
4.1 「小兵」の利点を活かす技術体系
182cm、140kgという体格は、現代の大相撲においては決して大きくない。しかし、安青錦はこの体格を逆手に取った相撲を展開する。
- 低い重心とMigi-Yotsu(右四つ): 彼は立ち合いで低く鋭く踏み込み、相手の懐に潜り込むことを得意とする。左上手を取り、頭を相手の胸につけて重心を低く保つ「右四つ」の型は、相手の攻撃力を無効化する防御力の高い構えである。
- 「安美錦」イズムの継承: 師匠である安治川親方は、現役時代「業師」として鳴らした名手である。優勝決定戦で見せた首投げや、大型力士に対するいなしの技術には、明らかに師匠の薫陶が見て取れる。力任せではなく、相手の力を利用する技術は、対・重量級(熱海富士や大の里)において不可欠な武器となっている。
4.2 精神力:プレッシャーとの共存
今回の初場所において特筆すべきは、彼の精神的な回復力(レジリエンス)である。 師匠は「最後の5日間は寝ていなかった」と証言しており、彼が極限の緊張状態にあったことは明白である。しかし、彼はその緊張を土俵上でのパフォーマンス低下に繋げなかった。
14日目に大の里に完敗した後、通常の精神状態であれば千秋楽も崩れてしまう可能性がある。しかし彼は、「前もそういうことがあった(九州場所)」と事実を客観視し、気持ちをリセットすることに成功した。また、インタビューでは「2025年には負けないような1年にしたい」「一番上(横綱)を目指さなければ意味がない」と語っており、その視座の高さが、目の前の勝敗に一喜一憂しない強靭なメンタルを支えている。
4.3 経済効果と「安青錦ブーム」
彼の強さは土俵の外にも波及している。エコノミストの宅森昭吉氏の分析によれば、新大関が優勝した場所は景気が後退局面にならないというジンクスがある。 実際に、今場所の懸賞本数は過去最高の3,355本を記録し、初の3000本台に達した。これは企業の広告意欲の高まりを示すと同時に、安青錦という新たなスターの誕生に対する社会的な期待の表れでもある。
5. 第4章:今後の期待 — 綱とりへの道
5.1 横綱審議委員会の評価と「品格」
場所後に行われた横綱審議委員会(横審)において、守屋委員長や高田川審判部長は安青錦の優勝を高く評価した。「盤石ではなかったが、素晴らしい相撲を取ってくれた」とのコメントが出されている。
しかし、即時の横綱昇進勧告は見送られた。横綱昇進の内規には「大関で2場所連続優勝」という原則がある。安青錦の連続優勝は「関脇→大関」でのものであり、厳密にはこの基準を満たしていない。また、横綱には「抜群の力量」に加え「品格」が求められる。来日して日が浅い彼に対し、相撲協会はもう一場所、大関としての安定感と横綱にふさわしい振る舞いを見極めたいという意図があると考えられる。
5.2 春場所(大阪)の展望:史上初の欧州出身横綱へ
来たる3月の春場所(エディオンアリーナ大阪)は、安青錦にとって正真正銘の「綱とり場所」となる。 昇進の条件は、以下のいずれかになると予想される。
- 3場所連続優勝: 文句なしの昇進。
- 優勝に準ずる成績(13勝以上)での優勝同点など: 過去2場所の優勝実績が加味され、昇進の可能性が高い。
もし彼が横綱に昇進すれば、以下の歴史的記録を樹立することになる。
- 史上初のウクライナ出身横綱
- 史上最速級のスピード出世
- 双葉山以来の伝説の再現の完遂
5.3 ライバルたちの包囲網
しかし、綱とりの道は平坦ではない。今場所、彼を苦しめたライバルたちが壁となって立ちはだかる。
- 横綱・大の里: 唯一、安青錦を力で圧倒した存在。彼への雪辱(リベンジ)なくして横綱昇進はない。
- 熱海富士: 決定戦で敗れた悔しさをバネに、次はさらに厳しい攻めで向かってくるだろう。
- 豊昇龍・琴櫻: 既存の大関陣も、これ以上の若手の独走を許すわけにはいかない。
6. 結論:新時代の幕開け
2026年初場所における安青錦の優勝は、単なる一場所の勝利ではない。それは、戦乱の続く祖国を離れ、異国の伝統文化の中で頂点を目指す一人の若者が、89年前の伝説(双葉山)に並んだ瞬間であり、大相撲という競技が持つドラマ性を世界に再認識させた出来事であった。
「一番上まで行きたい。目指さなければ意味がない」
そう語る安青錦の視線は、既に次なる頂、日下開山(横綱)を見据えている。青い目のサムライが、桜咲く3月の大阪で黄金の綱を締めることができるのか。大相撲は今、かつてない熱狂の新時代、すなわち「安青錦時代」の夜明けを迎えようとしている。
補遺:関連データ集
表1:2026年初場所 優勝争い最終結果
| 地位 | 四股名 | 成績 | 結果 | 決まり手(最終戦) |
|---|---|---|---|---|
| 大関 | 安青錦 | 12勝3敗 | 優勝 | 首投げ(決定戦) |
| 前頭4 | 熱海富士 | 12勝3敗 | 同点 | 寄り切り(本割) |
| 横綱 | 大の里 | 11勝4敗 | 押し倒し(vs安青錦) | |
| 関脇 | 霧島 | 11勝4敗 | ||
| 前頭1 | 阿炎 | 11勝4敗 |
表2:新大関の優勝記録(抜粋)
| 達成年 | 場所 | 四股名 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1937年 | 春場所 | 双葉山 | 新関脇から連続優勝(当時は11日制等制度異なる) |
| 1973年 | 初場所 | 琴櫻 | |
| 2006年 | 夏場所 | 白鵬 | 以来20年ぶりの快挙 |
| 2026年 | 初場所 | 安青錦 | 双葉山以来89年ぶりの新関脇・新大関連続優勝 |
参照リンク

