はじめに
夜道を歩いていて「この角の向こうは見えなくて少し怖いな」と感じたことはありませんか。また、「教育にお金をかけると、将来どれくらい社会に返ってくるのだろう」と考えたことがある人もいるかもしれません。一見まったく関係のないこの2つの疑問は、どちらも図と数字を使って、すっきり解き明かせるテーマです。
👇 本記事でわかる3つの重要ポイント 👇
- 【テーマ1】街路の「見える範囲(イソビスト)」の考え方と死角の見つけ方
- 【テーマ2】最小限の街灯で死角をゼロにする配置のコツ
- 【テーマ3】教育投資の効果を指数関数と漸化式で読み解く計算の手順
必要なのは、マス目を数える力と、かけ算・わり算、そして少しの根気だけです。全部で6問のドリルを用意しました。紙とペンを用意して、答えを開く前にぜひ自分の頭で挑戦してみてください。
第1部:イソビスト解析・街路可視化パズル
イソビストとは?「ある1点から見える範囲」のこと
「イソビスト(isovist)」とは、ある1つの地点から見渡せる場所をすべて集めた範囲のことです。建築や都市計画の分野で使われる考え方で、1979年に建築学者マイケル・ベネディクトが論文で定義したことで広く知られるようになりました。
イメージとしては、「その地点に電球を1つ置いたとき、光が直接届く範囲」と考えるとわかりやすいでしょう。光が届かない影の部分が、その地点からの「死角」です。イソビストの形や広さは、立つ場所によって変わります。ベネディクトは、この考え方が見通しの管理やプライバシー、防犯のしやすさなどを考えるのに役立つと述べています。
美術館問題:監視員は何人いれば足りる?
死角をなくす問題として有名なのが「美術館問題」です。1973年に数学者ヴィクター・クレーが「多角形の形をした美術館の中をすべて見張るには、監視員が何人必要か」という問いを出しました。
この問いには、1975年に数学者ヴァシェク・フバータルが答えを出しています。壁がn本の多角形の美術館なら、n÷3(小数点以下は切り捨て)人の監視員がいれば必ず全体を見張れる、というものです。そして形によっては、その人数がどうしても必要になる場合もあります。1978年には、スティーブ・フィスクが、部屋を三角形に分けて3色で塗り分けるという、とても短くて美しい証明を見つけました。
さらに、角がすべて直角の部屋なら、n÷4(切り捨て)人で足りることも知られています。この知識は、あとのドリル3で役に立ちます。
【ドリル1】4×4の街区で、全交差点を照らす街灯は最低いくつ?
縦4列×横4列、合計16個の四角い街区(建物のブロック)が並んだ街を考えます。道路は縦に5本、横に5本通っていて、交差点は5×5=25か所あります。
ルールは次のとおりです。
- 街灯は交差点に置きます。
- 街灯の光は、その交差点を通る縦の道と横の道に沿って、道の端までまっすぐ届きます。
- 建物にさえぎられるため、ななめ方向には届きません。
25か所すべての交差点を照らすには、街灯は最低いくつ必要でしょうか。また、それより少ないと必ず失敗する理由も考えてみてください。
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答え:最低5つ
たとえば、左上から右下へ、ななめに1つずつ(1行目1列目、2行目2列目……5行目5列目)置けば、すべての横の道とすべての縦の道に光が通るので、25か所すべてが照らされます。
4つ以下ではダメな理由はこうです。街灯が4つだと、光が通る横の道は最大4本、縦の道も最大4本です。つまり、光の通らない横の道と縦の道が少なくとも1本ずつ残ります。その2本が交わる交差点には、どの街灯の光も届きません。
「1つでも減らすと必ず暗い交差点ができる」ことを、試行錯誤ではなく理屈で示せるのが、このパズルの醍醐味です。
【ドリル2】道路の区間まで見通すなら、置き方は何通り?
ドリル1の街で、今度は交差点だけでなく、交差点と交差点の間の道路(区間)もすべて照らしたいとします。ルールは同じです。街灯は最低いくつ必要で、その最小個数での置き方は何通りあるでしょうか。
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答え:最低5つで、置き方は120通り
横の道の区間を照らすには、その横の道に光が通っている必要があります。同じように、縦の道の区間には、その縦の道に光が必要です。つまり、横の道5本すべてと、縦の道5本すべてに光を通さなければなりません。
街灯1つで光を通せるのは、横1本と縦1本だけです。したがって5つが最低で、しかも5つの街灯は「どの横の道にも1つずつ」「どの縦の道にも1つずつ」でなければなりません。
1行目の街灯の列の選び方は5通り、2行目は残り4通り、3行目は3通り……と考えると、5×4×3×2×1=120通りです。
ここで注目したいのは、ドリル1では「1行目に5つ全部並べる」置き方も正解だった点です。この置き方では、横の道は1本しか照らせないので、ドリル2では失格になります。「何を見えるようにしたいか」で、正解の置き方が変わるのです。
【ドリル3】L字型の広場、死角の面積はどれくらい?
1辺10mの正方形の広場から、右上の1辺5mの正方形部分に建物が建って、L字型になった広場があります。左下の角を原点として座標で表すと、広場は次の2つの長方形を合わせた形です。
- 下側:横0〜10m、縦0〜5m
- 左上側:横0〜5m、縦5〜10m
広場の面積は100−25=75平方メートルです。
(1)右下の角(横10m、縦0m)に監視カメラを置いたとき、カメラから見えない死角の面積は何平方メートルでしょうか。
(2)カメラ1台で広場全体を見渡すには、どこに置けばよいでしょうか。
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答え:(1)死角は12.5平方メートル(見える範囲は約83.3%) (2)左下の5m×5mの正方形の中ならどこでもよい
(1)下側の長方形は、四角い形なので右下の角からすべて見えます。問題は左上側です。視線をさえぎるのは、建物の角(横5m、縦5m)です。カメラ(10, 0)からこの角を通る直線は、横が1m左へ進むごとに縦が1m上がる、ななめ45度の線になります。この線より上の部分は建物のかげになって見えません。
見えない部分は、(0, 10)(5, 10)(5, 5)を頂点とする直角三角形で、面積は5×5÷2=12.5平方メートルです。見える範囲は75−12.5=62.5平方メートルで、全体の約83.3%です。これがこの地点のイソビストの面積です。
(2)四角い部屋の中では、どこに立っても部屋全体が見えます。左下の5m×5mの部分は、下側の長方形にも左上側の長方形にも含まれる「重なり」です。ここに立てば、両方の長方形を丸ごと見渡せるので、死角はゼロになります。
ちなみに、L字型の広場は角が6つで、すべて直角です。直角だけの部屋なら6÷4=1.5を切り捨てて「1台あれば必ず足りる」ことになり、美術館問題の結果ともぴったり合います。

第2部:教育投資・乗数効果シミュレーション
教育の「収益率」とは?ミンサー方程式の考え方
経済学では、教育を受けることを「将来の所得を増やすための投資」と見なす考え方があります。これを「人的資本(ひとが身につけた知識や技能を、財産のように考える見方)」といいます。
教育年数が1年増えると所得が何%増えるかを推計する方法として、広く使われているのが「ミンサー方程式」です。経済学者ジェイコブ・ミンサーが1974年にまとめたもので、所得の対数(増え方を「何倍か」で表すための数学の道具)を、教育年数と仕事の経験年数で説明します。
世界銀行の研究者たちが139か国・1,120件の推計をまとめた2018年の論文によると、教育1年あたりの個人の収益率は世界平均でおよそ9%で、数十年にわたってほとんど変わっていないと報告されています。一方で、国によって0.2%ほどから35%を超えるところまで大きな差があるとも紹介されています。
計算のコツ:指数関数と漸化式
- 複利の考え方:1年ごとにr%ずつ増えるなら、n年後には「(1+r)をn回かけた数」倍になります。
- 漸化式:「来年の値=今年の値×増える割合+新たに加える量」のように、1つ前の値から次の値を決める式です。
- 乗数効果:使われたお金が、だれかの所得になり、その一部がまた使われ……と次々に広がる効果です。受け取ったお金のうち使う割合(限界消費性向)をcとすると、最初の支出の「1÷(1−c)」倍まで経済全体の支出が増える、と教科書的には説明されます。
以下のドリルの数値は、計算練習のために単純化した仮のモデルです。
【ドリル4】教育年数が4年違うと、所得は何倍?
教育1年あたりの収益率を9%とし、「教育が1年増えるごとに所得が1.09倍になる」と単純化します。教育年数12年の人の所得が年300万円のとき、教育年数16年の人の所得はいくらになるでしょうか。
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答え:約423万円(約1.41倍)
差は4年なので、1.09を4回かけます。
- 1.09×1.09=1.1881
- 1.1881×1.1881≒1.4116
- 300万円×1.4116≒423万円
9%×4年=36%増しと単純に足し算すると408万円になりますが、増えた分にさらに9%がかかる「複利」の効果で、実際には41%ほど増えます。年数が長くなるほど、この差は大きくなります。
【ドリル5】目標の社会資本価値から、必要な年間投資額を逆算せよ
ある地域の「社会資本価値(教育によって積み上がった人材の価値)」を、次の漸化式で表すことにします。
- 来年の価値=今年の価値×1.05+その年の教育投資額
現在の価値は100(単位は億円)です。毎年同じ額を投資して、3年後に価値を200にしたいとき、毎年いくら投資すればよいでしょうか。
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答え:毎年約26.72億円
毎年の投資額をIとして、3年分を順に書き出します。
- 1年後:100×1.05+I
- 2年後:(100×1.05+I)×1.05+I=100×1.1025+I×(1.05+1)
- 3年後:100×1.157625+I×(1.1025+1.05+1)=115.7625+3.1525×I
これが200になればよいので、3.1525×I=200−115.7625=84.2375、I≒26.72です。
実際に確かめると、1年後131.72、2年後約165.03、3年後約200.00となり、目標に届きます。ポイントは、1年目に入れた投資ほど長く増え続けるため、同じ金額でも「早く入れたお金ほど効く」ことです。
【ドリル6】乗数効果で、支出はどこまで広がる?
教育施設の整備に10億円が使われました。お金を受け取った人や会社は、そのうち75%を次の支出に回すとします(限界消費性向0.75)。
(1)最終的に、経済全体の支出は合計いくらまで増えるでしょうか。
(2)支出の連鎖を「1回目10億円、2回目7.5億円……」と数えたとき、合計が30億円を初めて超えるのは何回目でしょうか。
▶ 答えと解説を見る
答え:(1)40億円 (2)5回目
(1)乗数は1÷(1−0.75)=4です。10億円×4=40億円になります。
(2)1回ごとの支出は10、7.5、5.625、約4.22、約3.16……と0.75倍ずつ小さくなります。合計を順に足すと、
- 1回目まで:10億円
- 2回目まで:17.5億円
- 3回目まで:約23.13億円
- 4回目まで:約27.34億円
- 5回目まで:約30.51億円
となり、5回目で30億円を超えます。最終的な40億円の75%に届くまでに5回もかかるわけで、効果の広がりにはそれなりの時間がかかることもわかります。なお、実際の経済では税金や輸入、貯蓄の動きなども関わるため、乗数はこの単純な計算より小さくなるのがふつうです。

脳トレをもっと楽しむための応用アイデア
- 成長率1%の差を体感:年2%で35年間成長すると約2.0倍ですが、年3%なら約2.8倍になります。「72÷成長率(%)」で、2倍になるまでのおよその年数がわかる「72の法則」も合わせて試してみましょう(2%なら約36年、3%なら約24年)。
- 街区を変えて自作問題に:ドリル1の街を6×6の交差点にしたら街灯は何個必要か、工事中で通れない道があったらどうなるかなど、条件を変えると新しいパズルが生まれます。
- 身近な場所で死角探し:近所の公園や駐車場の形を紙に描き、「どこに立てば一番よく見渡せるか」を考えてみると、防犯の視点でも役立ちます。
まとめ
第1部では、ある地点から見える範囲「イソビスト」と、死角をなくすための配置を考えました。4×4の街区では、街灯5つが最低限であること、道路の区間まで照らすなら置き方が120通りに限られること、L字型の広場では立つ位置しだいで死角が生まれたり消えたりすることを、理屈と計算で確かめました。美術館問題の「n÷3人あれば足りる」という定理も、死角を数学で扱う奥深さを教えてくれます。
第2部では、教育を投資として見る考え方を、複利・漸化式・乗数効果の3つの道具で計算しました。教育1年あたり約9%という世界平均の推計をもとにすると、4年の差が約1.41倍の所得差になること、目標から逆算すると「早い投資ほど効く」こと、支出の連鎖が少しずつ広がっていくことがわかりました。
見える範囲も、お金の増え方も、直感だけではつかみにくいものです。だからこそ、図を描き、数字を当てはめて確かめる時間は、最高の頭の体操になります。休日のひととき、ぜひじっくり挑戦してみてください。
参考リスト
- To Take Hold of Space: Isovists and Isovist Fields(Environment and Planning B, 1979)
- Isovist(Wikipedia)
- Extremal solutions to some art gallery and terminal-pairability problems(arXiv)
- Art Gallery Theorem(Wolfram MathWorld)
- Art gallery problems(Heidelberg Laureate Forum)
- Returns to investment in education: a decennial review of the global literature(World Bank / RePEc)
- Returns to investment in education: a decennial review of the global literature(Education Economics, 2018)
- Estimating the return to schooling using the Mincer equation(RIETI / IZA World of Labor)
- Comparable Estimates of Returns to Schooling Around the World(World Bank)

