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スティグラーの法則とは?発見者の名前がつかない科学史の皮肉を実例で解説

統計学
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はじめに

「ピタゴラスの定理はピタゴラスが見つけた」「ハレー彗星はハレーが発見した」。多くの人がそう思っていますが、実はどちらも最初の発見者ではありません。こうした科学史の“ずれ”を、ユーモアたっぷりに言い表したのがスティグラーの法則です。

👇 本記事でわかる3つの重要ポイント 👇

  • 【テーマ1】スティグラーの法則の意味と、法則そのものに仕込まれた皮肉な仕掛け
  • 【テーマ2】ピタゴラスの定理・ハレー彗星・ハッブルの法則に隠れた本当の歴史
  • 【テーマ3】最初の発見者の名前が残りにくい理由と、日常で役立つ考え方

有名な定理や天体の名前の裏には、意外な人物や長い歴史が隠れています。読み終えるころには、教科書に出てくる「〇〇の法則」が少し違って見えるはずです。さっそく本文で見ていきましょう。

スティグラーの法則とは?意味と提唱された経緯

スティグラーの法則とは、「科学の発見には、最初の発見者の名前がつかない」という経験則です。1980年に、アメリカ・シカゴ大学の統計学の教授スティーヴン・スティグラーが提唱しました。

「発見者の名前がつかない」という法則の中身

英語では「Stigler’s law of eponymy(スティグラーのエポニミーの法則)」と呼ばれます。エポニミーとは、人の名前にちなんで物事に名前をつけることです。スティグラーは論文の中で、この法則をもっとも単純な形で次のように表しました。

No scientific discovery is named after its original discoverer.(科学的発見で、最初の発見者にちなんで名づけられたものはない)— スティーヴン・スティグラー(1980年)

つまり、教科書に人名つきで載っている法則や定理の多くは、実はその人より前に誰かが見つけていた、という指摘です。名前が残るのは、多くの場合「最初に見つけた人」ではなく「広めた人」や「重要さを示した人」だというわけです。

提唱者スティグラー自身が「発見者ではない」という仕掛け

この法則のいちばん面白いところは、法則そのものが自分の正しさを証明している点です。スティグラーは、この考えを最初に示したのは自分ではなく、アメリカの社会学者ロバート・K・マートンだと論文の中で明言しました。

この論文は、マートンの引退を記念して献呈された論文集(研究者に贈る記念論文集)に収められたものです。マートンは以前から、科学の功績が誰に帰属するかを研究していました。スティグラーは、自分の論文の考えはマートンの研究にすでに含まれていると認めたうえで、あえて自分の名前を法則につけたのです。

さらに先に言っていた人がいた

話はここで終わりません。スティグラーより前の1972年に、数学者ヒューバート・ケネディが、ほぼ同じ趣旨の考えを「ボイヤーの法則」として紹介していたことが知られています。数学の公式や定理には、たいてい最初の発見者の名前がついていない、という内容です。

つまりスティグラーの法則は、「マートンが先」「さらにケネディも先に言っていた」という二重の意味で、自分自身の実例になっています。

ピタゴラスの定理の本当の起源は古代バビロニア

ピタゴラスの定理(直角三角形の3辺の関係を表す定理)は、ピタゴラスが生まれるおよそ1000年以上前から、古代バビロニアで知られていたと考えられています。その証拠とされるのが「プリンプトン322」と呼ばれる粘土板です。

ピタゴラスの定理とは、直角三角形の短い2辺をa、b、いちばん長い辺をcとしたとき、「a²+b²=c²」が成り立つというものです。この式を満たす整数の組を「ピタゴラス数」といい、3・4・5がよく知られた例です。

オーストラリアのニューサウスウェールズ大学(UNSW)の発表によると、プリンプトン322は約3700年前のバビロニアの粘土板で、現在はアメリカのコロンビア大学の図書館に保管されています。この粘土板には、くさび形文字でピタゴラス数にあたる数の並びが記されています。

  • 3・4・5よりはるかに大きな数が並んでいる
  • たとえば1行目は、119・120・169の組に対応している(119²+120²=169²)
  • こうした数の組は、偶然では並べられない規則性をもっている

UNSWの研究者は2017年に、この粘土板が「世界最古の三角比の表」だったという研究結果を発表しました。ただし、粘土板の用途については、学校の教材だったとする見方など、研究者の間で別の説もあります。

いずれにしても、直角三角形の辺の関係がピタゴラスより前に知られていたことは、多くの資料が一致して示しています。ピタゴラスの名前が残ったのは、古代ギリシャで証明や広まりに関わったとされ、西洋の数学の流れの中で語り継がれたためと考えられます。

ハレー彗星は「発見」した人の名前ではない

ハレー彗星は、ハレーが見つけた彗星ではありません。ハレーよりはるか昔から人々に観測されており、ハレーの功績は「同じ彗星が何度も戻ってくる」と見抜き、次の出現を予言したことにあります。

ブリタニカ百科事典によると、ハレー彗星の記録として一般に認められている最古のものは、紀元前240年の中国の天文学者による観測です。つまり2000年以上前から、この彗星は人類に知られていました。ただ当時は、何十年かおきに現れる彗星が同じ天体だとは誰も気づいていませんでした。

流れを整理すると、次のようになります。

  1. 1705年、イギリスの天文学者エドモンド・ハレーが、24個の彗星の軌道をまとめた一覧を発表する
  2. 1531年・1607年・1682年に現れた彗星が、同じ1つの彗星だと考え、1758年ごろの再来を予言する
  3. ハレーは1742年に亡くなり、予言の結果を見届けられなかった
  4. 1758年の終わりに彗星が再び観測され、予言が的中する
  5. この功績をたたえて、彗星はハレーの名前で呼ばれるようになる

ハレー彗星は、戻ってくることが初めて予言された彗星です。そのため、名前の由来は「最初の発見」ではなく「周期の発見と予言」にあります。スティグラーの法則の例としてよく挙げられますが、名前のつき方そのものには筋が通っている、少し特別な例だといえます。なお、ハレー彗星は約76年ごとに地球に近づき、前回は1986年、次は2061年に戻ってくると予想されています。

ハッブルの法則が「ハッブル=ルメートルの法則」になった理由

宇宙が膨張していることを示す「ハッブルの法則」は、スティグラーの法則を実際に“修正”しようとした珍しい例です。2018年に国際天文学連合(IAU)が、名前を「ハッブル=ルメートルの法則」に改めるよう推奨しました。

ハッブルの法則とは、遠くにある銀河ほど速いスピードで地球から遠ざかっている、という関係を表したものです。アメリカの天文学者エドウィン・ハッブルが1929年に発表した論文で広く知られるようになり、彼の名前がつきました。

ところが、ベルギーの天文学者ジョルジュ・ルメートルは、その2年前の1927年に、宇宙の膨張について論じた論文をすでに発表していました。さらに、1928年にオランダのライデンで開かれた国際天文学連合の総会には2人とも出席しており、そこで意見を交わしたとされています。

こうした経緯をふまえ、国際天文学連合は2018年8月にウィーンで開いた総会で改名の決議案を示し、その後、会員による電子投票を行いました。結果は、賛成78%、反対20%、棄権2%で、改名を推奨する決議が採択されました。

ただし、この決議にも異論があります。科学史家ヘルゲ・クラーフは、ルメートルの業績のほうが2年早いのに、なぜ「ルメートル=ハッブル」ではないのか、という疑問を投げかけています。発見者の名前をどう残すかは、今でも簡単には決められない問題なのです。

なぜ最初の発見者の名前が残らないのか

最初の発見者の名前が残りにくいのは、名前が「誰が最初か」よりも「誰の業績として広く知られたか」で決まりやすいからです。その背景には、いくつかの仕組みがあります。

有名な人ほど評価が集まる「マタイ効果」

スティグラーが法則の“本当の発見者”とした社会学者マートンは、1968年に科学雑誌『サイエンス』で「マタイ効果」という考えを発表しました。すでに有名な科学者ほど、同じような貢献をしても、無名の研究者より大きな評価を受けやすいという現象です。

名前の由来は、新約聖書「マタイによる福音書」の、持っている人はさらに与えられる、という趣旨の一節です。有名な人の名前ほど注目され、その人の名前で発見が記憶されていくため、結果としてスティグラーの法則のような状況が生まれやすくなります。

また、1993年には科学史家マーガレット・ロシターが、女性科学者の業績が見落とされやすい現象を「マチルダ効果」と名づけました。名前が残るかどうかには、その時代の社会のあり方も影響しているのです。

名前は「広めた人」や「意味を示した人」につきやすい

ある発見が最初にされても、それが知られないまま埋もれてしまうことはよくあります。後になって別の人がその重要性を説明し、多くの人に伝えたとき、初めて「発見」として広まります。このとき名前がつくのは、多くの場合、広めた人のほうです。

  • 最初の発見が、限られた地域や言語の中だけで記録されていた
  • 発見者自身が、その発見の重要さに気づいていなかった
  • 名前がつけられたのが、発見から長い年月がたった後だった

同じ時期に何人もが同じ発見をする

科学の世界では、複数の人がほぼ同じ時期に、別々に同じ発見をすることも珍しくありません。有名な例が、ニュートンとライプニッツがそれぞれ独自に考え出したとされる微分積分です。このような場合、誰を「最初の発見者」とするかを決めること自体が難しくなります。

スティグラーの法則から学べる考え方

スティグラーの法則は、科学史の豆知識にとどまらず、情報との付き合い方を見直すヒントにもなります。「名前がついている人=最初に考えた人」とは限らない、という視点を持つことが大切です。

たとえば、ある言葉や考え方が有名人の名前とセットで語られていても、実際には別の人が先に言っていたということはよくあります。ニュースやSNSで見かける「〇〇の法則」「〇〇の名言」も、出どころをたどると意外な人物にたどり着くことがあります。

また、職場や学校でのアイデアにも同じことが起こりえます。最初に提案した人より、上手に発表した人や立場のある人の手柄として記憶されてしまう、という経験がある方もいるかもしれません。スティグラーの法則を知っておくと、アイデアの出どころを意識して、きちんと記録しておくことの大切さに気づけます。

もちろん、広めた人の役割に価値がないわけではありません。どれほど優れた発見でも、誰かが意味を説明し、伝えなければ社会には役立ちません。「見つけた人」と「広めた人」の両方に目を向けることが、科学の歴史を正しく理解する第一歩です。

よくある質問

スティグラーの法則は、すべての発見に当てはまるのですか?

いいえ、すべてに当てはまるわけではありません。スティグラーの法則は、データで証明された厳密な法則ではなく、科学史の傾向をユーモアを交えて表した経験則です。ハレー彗星のように、名前の由来がはっきりしている例もあります。

統計学の法則なのですか?

提唱者のスティグラーは統計学者ですが、この法則は統計データを分析して導かれたものではありません。科学史の事例をもとにした、皮肉の効いた観察です。ちなみにスティグラーの父は、ノーベル経済学賞を受賞した経済学者ジョージ・スティグラーです。

マタイ効果とスティグラーの法則はどう違うのですか?

マタイ効果は、有名な人ほど評価や注目が集まりやすいという、科学界の評価の仕組みを指す言葉です。スティグラーの法則は、その結果として起こる「発見の名前のずれ」に注目したものです。マタイ効果は、スティグラーの法則が起こる理由の1つと考えるとわかりやすいでしょう。

一度ついた名前が変わることはありますか?

あります。ハッブルの法則は、2018年に国際天文学連合が「ハッブル=ルメートルの法則」と呼ぶよう推奨しました。ただし、学会の推奨には強制力がないため、古い呼び名もしばらく使われ続けることがあります。

まとめ

スティグラーの法則は、「科学の発見には最初の発見者の名前がつかない」という、科学史の皮肉を表した経験則です。提唱者のスティグラー自身が、先に考えていた人としてマートンを挙げたことで、法則そのものが自分の実例になっています。

  • ピタゴラスの定理は、ピタゴラスより1000年以上前のバビロニアで知られていた
  • ハレー彗星は紀元前240年から観測されており、ハレーの功績は再来の予言だった
  • ハッブルの法則は、ルメートルの先行研究をふまえて改名が推奨された
  • 名前が残りにくい背景には、有名な人に評価が集まる「マタイ効果」などがある

次に教科書やニュースで「〇〇の法則」「〇〇の定理」という言葉を見かけたら、その名前の人が本当に最初の発見者なのか、由来を一度調べてみてください。思いがけない人物や歴史に出会えるかもしれません。

参考リスト

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