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【天才たちの愛すべきポンコツ話】発明王ニコラ・テスラが愛した「3の数字」と「ハト」への異常な執着エピソード

天才たちの愛すべきポンコツ話
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はじめに

現代の便利な生活を支える電気の仕組みを作った歴史的な偉人たち。教科書や科学番組で見ると、完璧で隙のないスーパーマンのように思えますよね。しかし、誰も思いつかないような大発明を成し遂げた大天才たちも、日常生活を覗いてみると、思わずクスッと笑ってしまうような不思議なこだわりや、驚くような一面を持っていました。

今回ご紹介するのは、現代の電気社会の基礎を築いた伝説の発明家、ニコラ・テスラです。並外れた頭脳を持ちながらも、私たちが想像もつかないマイルールに縛られ、晩年にはちょっと切なくも愛おしい行動を繰り返していました。天才ゆえの極端すぎる個性と人間味あふれるエピソードを知ることで、歴史の偉人がぐっと身近に感じられるはずです。

👇 本記事でわかる3つの重要ポイント 👇

  • 【テーマ1】天才発明家ニコラ・テスラが残した偉大な功績と人物像
  • 【テーマ2】数字の「3」と極度の潔癖症に支配された驚きの日常生活
  • 【テーマ3】晩年のテスラがすべてを捧げて溺愛した「ハト」との絆

偉人たちの完璧なイメージがガラリと変わり、思わず誰かに話したくなるような愛すべき一面をたっぷりとお届けします。ぜひ最後まで楽しんでご覧ください。

現代の電気社会を築いた孤高の天才発明家ニコラ・テスラとは

ニコラ・テスラは、19世紀半ばから20世紀半ばにかけて活躍した電気技師であり、世界を一変させる数々の発明を残した稀代の天才です。現在、私たちが家庭のコンセントから当たり前のように使っている「交流(AC)電流」の送電システムをはじめ、ラジオの基本技術や無線通信、蛍光灯の基礎、さらには現代の遠隔操作技術につながる無線操縦ボートなど、彼が生み出したり構想したりした技術は数え切れません。

テスラは頭の中だけで複雑な機械を完璧に組み立ててテスト稼働させることができたと言われており、図面を一切描かずに完成品の寸法をミリ単位で正確に指定できたという驚くべき頭脳の持ち主でした。あの有名なトーマス・エジソンが「泥臭い実験と努力」を重んじるタイプだったのに対し、テスラは「研ぎ澄まされた直感と理論」で未来を切り拓くタイプであり、まさに天才の名にふさわしい人物でした。

しかし、そのあまりにも鋭利で研ぎ澄まされた頭脳は、日常生活においては非常に風変わりなこだわりや独特の行動パターンとなって現れていました。完璧な理論を操る一方で、自分自身が作り出した強固なルールからどうしても抜け出せなくなってしまうという、どこか不器用で人間らしい一面を抱えていたのです。

数字の「3」に支配された生活!徹底したこだわりと強迫観念

テスラの生活を語る上で欠かせないのが、数字の「3」に対する並々ならぬ執着です。彼は物事をすべて3で割り切れる数、あるいは3の倍数で行わなければ気が済まないという、非常に強いこだわりを持って生活していました。

建物に入る前に必ず周囲を「3周」する日課

テスラがどこかの建物やホテルに入るとき、そのまま正面玄関からすんなり入ることはありませんでした。彼はどんなに急いでいるときであっても、目的の建物の周りを時計回りにきっちりと3周歩いてからでなければ、中に入ることができなかったのです。もし歩数を数え間違えたり誰かに話しかけられて集中が途切れたりした場合には、最初からもう一度やり直すことさえあったと言われています。

また、宿泊するホテルの部屋番号にも徹底的にこだわり、3で割り切れる部屋番号(例えば303号室や18号室など)でなければ決して泊まろうとしませんでした。日々の散歩コースや歩数、階段の段数に至るまで、常に頭の中で数字を計算し、3の倍数に合わせることに膨大なエネルギーを費やしていたのです。

食事の前の儀式!きっちり「18枚」のナプキンで食器を磨く

テスラは極度の潔癖症でもありました。目に見えない細菌や汚れに対して異常なほどの恐怖心を抱いており、レストランやホテルのダイニングで食事をする際には、驚くような儀式を行っていました。

テーブルに着くと、まず店員に大量の清潔なナプキンを持ってこさせます。そして、3の倍数である「18枚」のナプキンを使い、運ばれてきたナイフ、フォーク、お皿、グラスなどの食器類を一枚一枚、ピカピカになるまで徹底的に磨き上げました。17枚でも19枚でもなく、きっちり18枚を使い切って初めて、安心して食事に手を付けることができたのです。

さらに、彼は出された料理の体積や重さを頭の中で瞬時に計算し、一口ごとに噛む回数まで計算していたと伝えられています。食事という日常のささやかな楽しみでさえ、彼にとっては数学的な秩序と衛生のルールを守るための厳格な作業となっていました。

晩年のテスラが心から愛した街中の「ハト」たちとの奇妙な共同生活

多くの特許を持ちながらも、ビジネスへの無頓着さや契約トラブルなどから晩年は経済的な困窮に陥ったテスラですが、そんな彼の心を最も癒やしたのは、人間ではなくニューヨークの街中にいた「ハト」たちでした。

公園のハトへの餌やりとホテルの部屋での献身的な看病

晩年、ニューヨークのホテルで暮らしていたテスラは、毎日欠かさず公園へ出かけてはハトに餌をやっていました。その愛情は通りすがりの人が鳥にパンくずをあげるようなレベルを遥かに超えており、病気や怪我をしているハトを見つけると、自分のホテルの部屋へと連れ帰って手厚く看病を始めたのです。

ホテルの自室には何羽ものハトが飛び交い、傷ついた羽を固定するための専用ギプスを自作したり、特製の餌を調合して与えたりしていました。ホテルの従業員や宿泊客からは部屋が汚れると苦情が出ることもありましたが、テスラはハトの治療のために何千ドルもの大金を惜しみなく使い、献身的に尽くし続けました。

「私はそのハトを、男性が女性を愛するように愛した」

テスラには、特に深く愛した一羽の白いメスのハトがいました。そのハトはテスラが窓を開けるといつでも部屋に飛び込んできて、彼の手や肩にとまりました。テスラはその白いハトを深く慈しみ、友人に対して「私はそのハトを、男性が女性を愛するように愛した。ハトが私を必要としている限り、私の人生には生きる目的があった」と真剣に語り残しています。

世界を変えるような巨大なエネルギーや電力を思い描いていた孤高の天才が、人生の終盤に見出した心の安らぎは、手のひらに乗る小さな一羽の白いハトの温もりだったのです。その姿は一見すると奇妙に見えるかもしれませんが、純粋すぎる彼の優しさと孤独を表しているようでもあります。

まとめ

交流電流や無線技術など、現代社会に不可欠な数々の大発明を生み出したニコラ・テスラ。その並外れた頭脳の裏には、数字の「3」や極度の潔癖症といった自分だけのルールに縛られる姿や、傷ついたハトを部屋で一生懸命に看病する人間味あふれる姿がありました。

一見すると少し変わっていて滑稽に見える行動も、彼が世界を誰よりも純粋かつ繊細に見つめていたからこその個性だったと言えます。歴史に名を残す偉人たちも、私たちと同じように不器用なこだわりや愛すべき一面を抱えて生きていたと思うと、どこか親近感が湧いてきますね。

参考リスト

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