はじめに
毎日のお仕事や家事、学業など、本当にお疲れ様です。日々の生活の中では、職場の人間関係に疲れてしまったり、どうしても気分が落ち込んでしまったりして、「なんだか世の中、嫌なことばかりだな」とため息をつきたくなる時もありますよね。そんな時に、心が少しでもホッと温かくなるような「クスッと笑える面白い話」を探してこのブログにたどり着いてくださったあなたの前向きな姿勢は、本当に素晴らしいと思います。
今回は、国家間の「戦争」という、本来であれば悲しくて恐ろしいはずの出来事の中で起きた、世界一平和で、嘘みたいに心温まる歴史的な笑い話をご紹介します。ヨーロッパにある小さな国「リヒテンシュタイン」の軍隊が、大真面目に戦争へ出撃したにもかかわらず、なんと出発した時よりも「人数が増えて帰ってきた」という、まるで絵本やコメディ映画のような実話です。
👇 本記事でわかる3つの重要ポイント 👇
- 【テーマ1】ヨーロッパの小国リヒテンシュタインが戦争に参加せざるを得なかった理由
- 【テーマ2】激戦地を避けてのんびり過ごした80名の兵士たちの平和すぎる任務の秘密
- 【テーマ3】軍隊が「81人」になって帰還した衝撃の理由と心温まる結末
このお話を読み終わる頃には、「人間って本当はもっと仲良く、平和に生きていける生き物なんだな」と、今あなたが抱えている人間関係の悩みやモヤモヤが少しだけ小さく感じられるかもしれません。どうか温かいお茶でも飲みながら、肩の力を抜いて最後までこの壮大で優しい歴史のコントを楽しんでいってくださいね。
舞台は19世紀のヨーロッパ!小国リヒテンシュタインと普墺戦争
大国に挟まれた小さな国の大きな決断
この信じられないような出来事の舞台となるのは、今から約150年以上も昔、1866年のヨーロッパです。ヨーロッパの中央、スイスとオーストリアという二つの国に挟まれた場所に、「リヒテンシュタイン公国」という非常に小さな国があります。現在でも国土の面積は日本の小豆島と同じくらいしかなく、人口も数万人という、本当に可愛らしいサイズの国家です。
当時のヨーロッパは、強い国同士が領土や権力を巡って常に争っている、非常に不安定でピリピリとした時代でした。そんな中、ついに「プロイセン(現在のドイツの中心となった国)」と「オーストリア」という、当時の超大国同士が激突する大きな戦争が起きてしまいました。これが歴史の教科書にも載っている「普墺戦争(ふおうせんそう)」です。
小国であるリヒテンシュタインは、地理的にも歴史的にもオーストリアと非常に深い関係にありました。そのため、大きな争いに巻き込まれたくはないという本音を抱えつつも、同盟国であるオーストリアからの強い要請を断り切ることができず、やむを得ずこの恐ろしい戦争に参戦することを決意したのです。
国中から集められた精鋭(?)80名の兵士たち
戦争に参加すると決まったからには、当然ながら軍隊を戦地に派遣しなければなりません。しかし、リヒテンシュタインは本当に小さな国です。大国のように何万人、何十万人という規模の兵士を集めることなど、到底不可能でした。
当時のリヒテンシュタイン政府が一生懸命に国中からかき集めた兵士の数は、なんとたったの「80名」でした。現代の学校のクラスで言えば、たった2クラス分ほどの人数です。彼らは立派な軍服に身を包み、家族や恋人たちと涙の別れを交わしました。「必ず生きて帰ってくるんだぞ!」という国民からの熱い声援と悲痛な祈りを背に受けながら、80名の勇ましい兵士たちは、強大な敵が待ち受ける戦場へと意気揚々と出発していったのです。
国家の威信をかけた大真面目な出兵でしたが、この後の彼らの運命は、当時の誰もが想像しなかったほど「ゆるく」て「平和」なものになっていきます。
戦場での過酷な(?)日々!アルプスの山中で繰り広げられた平和すぎる任務
言い渡されたのは「安全な峠の警備」というミッション
80名のリヒテンシュタイン軍が向かった先は、大砲が飛び交い、数え切れないほどの兵士たちが血を流して戦っているような最前線の激戦地……ではありませんでした。
オーストリア軍の上層部も、たった80名しかいない彼らを最前線に送ったところで、戦力としてはあまり意味がないどころか、すぐに全滅してしまうだろうということをよく理解していました。そこでオーストリア軍は、彼らに次のような任務を言い渡しました。
「君たちリヒテンシュタイン軍は、イタリアとの国境付近にある『ブレンナー峠』という山の通り道の警備をお願いしたい。敵がそこから攻めてこないか、しっかり見張っていてくれ」
ブレンナー峠は、アルプス山脈の中にある美しい場所です。一応は重要な防衛ラインの一部ではありましたが、実際のところ、敵軍がそこを通って大挙して押し寄せてくる可能性は非常に低いと考えられていました。つまり、彼らは実質的に「安全な後方での見張り番」という、とても平和なミッションを与えられたのです。
敵は来ない!美しい景色と美味しいワインを満喫する毎日
ブレンナー峠に到着したリヒテンシュタイン軍の80名は、立派に陣地を構え、いつでも敵と戦えるように銃を構えて周囲を警戒しました。「いつ敵が攻めてくるか分からないぞ、気を引き締めろ!」と、最初は皆、極度の緊張感に包まれていたことでしょう。
しかし、待てど暮らせど、敵の兵士は一人もやってきません。1日経ち、3日経ち、1週間が経過しても、目の前に広がるのはアルプスの雄大で美しい大自然の風景ばかりです。鳥のさえずりが聞こえ、爽やかな風が吹き抜け、争いの気配など微塵もありませんでした。
次第に兵士たちの緊張感もすっかり解けていきました。敵が来ないのですから、やることと言えば定期的な見回りくらいしかありません。暇を持て余した彼らは、美しい山の景色を眺めながらのんびりと過ごし、夜になれば焚き火を囲んで美味しいワインを飲み交わし、仲間たちと楽しそうにトランプをして遊んだり、歌を歌ったりして過ごすようになりました。
その頃、遠く離れた別の場所では、プロイセンとオーストリアの大軍同士が恐ろしい殺し合いを繰り広げていました。しかし、リヒテンシュタイン軍の駐屯地だけは、まるでピクニックのキャンプ場か、大自然の保養地のような、信じられないほど平和で穏やかな時間が流れていたのです。
歴史に残る大珍事!軍隊の人数が「81人」になって帰還した衝撃の理由
戦争の終結と、奇跡の無傷での撤退
やがて、数週間にわたる激しい戦闘の末に、プロイセン軍の圧倒的な勝利という形で普墺戦争は終わりを告げました。オーストリアは敗北を認め、両国の間に平和条約が結ばれることになりました。
戦争が終わったという知らせは、ブレンナー峠でのんびりと見張り番をしていたリヒテンシュタイン軍の元にも届きました。彼らは一度も敵と戦うことなく、一発の銃弾を撃つこともなく、もちろん怪我人も死者も一人も出すことなく、任務を完了したのです。
「よし、戦争は終わった!みんなで無事に故郷へ帰ろう!」
隊長の掛け声とともに、兵士たちは荷物をまとめ、意気揚々と帰路につきました。出発した時と同じように、誰も欠けることなく故郷の土を踏めることは、彼らにとって何よりの喜びでした。
点呼をとってびっくり!「なぜか1人増えている!?」
そしてついに、リヒテンシュタイン軍は懐かしの祖国へと凱旋を果たしました。首都の広場には、彼らの無事を祈っていた家族や恋人たち、そして多くの国民が集まり、大歓声と拍手で英雄たちを出迎えました。
無事に帰還したことを政府の偉い人に報告するため、隊長は広場に兵士たちを整列させ、大きな声で人数の確認(点呼)を行いました。「1、2、3、4……79、80……81!?」
隊長は自分の目を疑い、もう一度数え直しました。しかし、何度数えても「81人」いるのです。80人で出発したはずの軍隊が、戦地から81人になって帰ってくるなどという奇妙なことがあっていいはずがありません。「おい、お前は誰だ!?」隊長が最後尾に立っている見慣れない男に尋ねると、その男は屈託のない笑顔でこう答えました。
「私はイタリア人の通信将校(または現地のオーストリア側の連絡将校)です。あなたたちがあまりにも優しくて、一緒に過ごしていて楽しかったので、国境を越えてついてきちゃいました!」
敵か味方か?ただの「新しいお友達」だった
なんと、増えていた1人の正体は、峠の警備中に知り合った「新しいお友達」だったのです。
歴史の記録によって細かい身分(イタリア軍の兵士だった、オーストリア軍の連絡係だった、あるいは仕事を探していたただの地元の若者だったなど)には諸説ありますが、共通しているのは「リヒテンシュタイン軍の兵士たちとすっかり意気投合し、あまりにも仲良くなってしまったため、そのまま一緒にリヒテンシュタインまでついてきてしまった」という事実です。
過酷な戦争の最中に、敵か味方かもよく分からない人物とワインを飲み交わして親友になり、あろうことか自国の軍隊に混ぜて連れ帰ってきてしまう。現代の厳しい軍隊のルールから考えれば、スパイの可能性もある大問題であり、絶対にあり得ない大失態です。
しかし、当時のリヒテンシュタインの人々は、この謎のイタリア人のお友達を追い出すどころか、「よく来たね、歓迎するよ!」と温かく迎え入れました。戦争に行って、誰も死なずに、むしろ新しい友達を1人増やして帰ってきたというこの信じられないエピソードは、世界一平和で微笑ましい軍隊の伝説として、今もなお語り継がれているのです。
その後と軍隊の解散!現在も続く平和国家への歩み
軍隊なんていらない!リヒテンシュタインの平和な決断
この「81人になって帰ってきた」という珍事件の後、リヒテンシュタインという国は、世界でも非常に珍しい、ある重大な決断を下すことになります。
戦争の恐ろしさ(彼ら自身は安全でしたが、周囲の悲惨な状況は理解していました)と、自分たちのような小さな国が軍隊を持つことの無意味さを痛感した当時の君主、ヨハン2世は、1868年に「我が国にもう軍隊は必要ない!」と宣言し、リヒテンシュタイン軍を完全に解散させてしまったのです。
国家の安全を守るための軍隊をなくしてしまうというのは、非常に勇気のいる決断です。しかし、彼らは武力によって国を守るのではなく、どこの国とも争わない「永世中立(えいせいちゅうりつ)」という立場を貫き、外交や経済的な結びつきによって国境を守るという平和的な道を選びました。
武器を持たない国が教えてくれること
それ以来、リヒテンシュタインには軍隊が存在しません。二度の世界大戦という、地球全体を巻き込む恐ろしい戦争の時代にあっても、彼らは軍隊を持たずに見事に平和を維持し続け、現在では世界で最も豊かで美しい国の一つとして発展しています。もしも今、他の国から攻められたらどうするのかというと、国内の治安を守る数十名の警察官がいるだけで、防衛に関しては隣国のスイスなどと協力体制を敷いているのだそうです。
80人で出兵して、新しい友達を作って81人で帰ってきた。そして「もう戦争なんてやめよう」と軍隊を解散させた。このまるで童話のようなお話は、人間の歴史がいかに愚かで悲しい争いに満ちているかを示す一方で、人間にはそれらを乗り越える「優しさ」や「ユーモア」が間違いなく備わっているということを、私たちに力強く教えてくれます。
まとめ
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。今回は、小国リヒテンシュタインの軍隊が巻き起こした、歴史に残る平和すぎる奇跡のエピソードをご紹介しました。
戦争という極限状態の中でさえ、仲良くワインを飲み交わし、国境を越えて新しい友達を作ってしまう人間の純粋な明るさには、思わずクスッと笑ってしまうと同時に、なんだか心が洗われるような気持ちになりますよね。現代の常識で考えれば「そんな適当なことでいいの!?」とツッコミを入れたくなるようなお話ですが、その「適当さ」や「ゆるさ」こそが、ギスギスした世界を平和に導く一番の近道だったのかもしれません。
私たちが生きる現代の社会でも、職場や学校、ご近所付き合いなどで、どうしても他人と意見がぶつかったり、対立してしまったりすることがあります。「絶対に自分が正しい」「相手を言い負かしてやる」と肩に力を入れて戦ってしまうこともあるでしょう。でも、そんな時はこの「リヒテンシュタイン軍の81人目の友達」のお話を思い出してみてください。
意地を張って戦うよりも、とりあえず一緒に美味しいものでも食べて、「まあ、いろいろあるけど仲良くやろうよ」と笑い合えたら、ほとんどの悩みはスッと消えてしまうのかもしれません。完璧じゃなくても、少し不器用でも、人を思いやる優しい気持ちさえあれば、きっと日常はもっと温かいものになるはずです。
あなたが今日抱えていたストレスやモヤモヤした気持ちが、この記事を読んで少しでも晴れやかになり、明日を笑顔で迎えるための小さな活力になったのなら、筆者としてこれ以上嬉しいことはありません。どうか、これからもあなたらしい優しさとユーモアを大切に、軽やかに毎日を楽しんでいってくださいね。明日は今日よりも、もっと素敵な一日になりますように。

