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シミュレーション仮説と「現実」の統計学 〜この宇宙は誰のプログラムか〜第2回【宇宙のスペックを計算する】128GBのメモリと最強のチップで「世界」は創れるか?

シミュレーション仮説と「現実」の統計学 〜この宇宙は誰のプログラムか〜
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はじめに

パソコンの購入を検討するとき、スペック表の「メモリ(RAM)128GB」や数百GBのグラフィックボード(GPU)といった数字を見ると、「これだけの性能があれば、どんな最新ゲームや重い動画編集も快適に動かせる」とワクワクするのではないでしょうか。しかし、もし私たちが生きているこの「現実世界」そのものが、誰かが作った高度なコンピューター・プログラムだとしたらどうでしょうか。目の前にある木々や流れる雲、手で触れられる空気感までも再現するには、一体どれほど異次元のスペックが必要になるのでしょうか。

👇 本記事でわかる3つの重要ポイント 👇

  • 【テーマ1】現代の最強パソコンの性能と「分子レベルの現実」の圧倒的な差
  • 【テーマ2】物理学者が計算した宇宙全体のメモリ量(約10の90乗ビット)
  • 【テーマ3】膨大なデータ量をサクサク動かすためにプログラムが使う「描画の節約術」

本記事では、「この世界をコンピューターでレンダリング(描写)するならどれだけの性能が必要か」という素朴な疑問を、科学的・数学的な視点からわかりやすく紐解いていきます。現代のハードウェアの限界点と、シミュレーション世界をスムーズに動かすための「プログラミングの裏技」を知ることで、私たちが生きる世界のしくみが一風変わった面白い角度から見えてくるはずです。全10回連載の第2回として、じっくりとお楽しみください。

現代のハイスペックPCと「世界再現」の絶望的な壁

私たちが日常で触れるコンピューター技術は、信じられないほどのスピードで進化を続けています。まずは、現在の最先端PCがどれほどの描画能力を持っていて、現実世界とどのような差があるのかを比べてみましょう。

128GBメモリや最強GPUで描写できる範囲とは?

現在、一般やプロ向けに販売されている最高峰のパソコンには、128GBやそれ以上の大容量メモリ(RAM)、そして最新の超高性能グラフィックボード(GPU)が搭載されています。こうしたモンスターマシンを使えば、驚くほど美しい4Kや8Kの映像をリアルタイムで生成したり、光の反射や影の動きを完璧にシミュレーションする「レイトレーシング」技術を駆使して、本物と見紛うようなゲーム世界を作り出すことができます。

最新のオープンワールドゲームを開くと、画面の奥まで広がる山々や風に揺れる草木、夕日に照らされる街並みが細部まで描かれており、「まるで現実のようだ」と感動することも珍しくありません。

しかし、どれほど美しく見えても、これらはあくまで「液晶画面という2次元の表面をごまかして綺麗に見せているだけ」に過ぎません。

映画CG・4K映像と「分子レベルの現実」の決定的な違い

ゲームや映画のCGで描かれる世界は、表面のテクスチャ(見た目の皮)だけが作られており、物体の内部はスカスカの空洞です。たとえば、画面の中に置かれたリンゴは、表面の赤さやツヤが精密に描かれていても、その内部にある細胞や水分、糖分の分子構造までは一切作られていません。

一方で、私たちが生きている現実世界は、ミクロのレベルまで一切の妥協なく作られています。本物のリンゴをナイフで切れば、中から甘い果汁が溢れ出し、顕微鏡で覗けば無数の細胞や分子がひしめき合っています。たった1個のリンゴの中だけでも、およそ10の25乗個(1000兆の100億倍)という気の遠くなるような数の原子が存在し、それらが常に互いに影響を及ぼし合いながら動いています。

現代のスーパーコンピューターをすべて集めたとしても、たった1個のリンゴの中にあるすべての原子の位置や運動、熱の伝わり方をリアルタイムで正確に計算しようとすれば、一瞬で処理能力が底をつき、メモリはパンクしてしまいます。画面の表面だけを綺麗に見せることと、世界のすべてをミクロの構造から計算することの間には、人類の技術では絶対に越えられない「絶望的な壁」が存在しているのです。

宇宙全体のデータ量と処理能力を科学的に計算してみる

では、もし現実世界全体を丸ごとシミュレーションしようとした場合、科学的にはどのくらいのメモリ(記憶容量)と計算スピードが必要になるのでしょうか。物理学者たちが実際に行った驚くべき計算をご紹介します。

観測可能な宇宙の原子数から導く「必要なメモリ(RAM)」

私たちが望遠鏡などで観測できる宇宙の範囲(観測可能な宇宙)には、およそ10の80乗個(1の後にゼロが80個つく数。日本語の単位では「100無量大数」)もの原子が存在すると見積もられています。

もし、宇宙に存在するすべての原子をデータとしてコンピューターに保存しようとするなら、各原子について最低でも以下のような大量の情報を記録しなければなりません。

  • 3次元空間における正確な位置(X座標、Y座標、Z座標)
  • どの方向にどれだけのスピードで動いているかという「運動量」
  • 原子の種類(水素、酸素、鉄など)や、電子の配置状態
  • 回転の向き(スピン)や、持っているエネルギーの大きさ

原子1つにつき数十ビットから数百ビットのデータが必要になると考えると、宇宙全体をそのまま記録するためには、最低でも「10の82乗〜10の85乗ビット」という途方もない記憶容量が必要になります。スマホやパソコンの単位である「ギガバイト(GB)」や「テラバイト(TB)」、データセンターで使われる「ペタバイト(PB)」といった単位が、まるで赤ん坊のおもちゃに見えるほどの天文学的な数字です。

物理学者セス・ロイド教授が試算した「宇宙全体の情報量(約10の90乗ビット)」

マサチューセッツ工力大学(MIT)の有名な量子物理学者であるセス・ロイド(Seth Lloyd)教授は、2002年に発表した論文で「宇宙全体を1つの巨大な量子コンピューター」として捉え直すという革新的な研究を行いました。

ロイド教授は、宇宙に存在するすべての物質とエネルギー(光や放射線なども含む)が記憶できる情報量の限界値を物理法則に基づいて精密に計算しました。その結果、この宇宙全体が物理的に保持できる最大のデータ量は「約10の90乗ビット」であると結論づけたのです。

10の90乗ビットという数字は、1の後にゼロが90個も並ぶ巨大なデータ量です。地球上にあるすべてのハードディスクやSSDの容量を合計しても、せいぜい10の20乗ビット程度にしかなりません。宇宙そのものを巨大な記録媒体として丸ごと使わない限り、この膨大なデータ量を保存することは不可能です。

処理能力の限界点:ビッグバンから現在までの「10の120乗回」の計算

メモリ容量だけでなく、「計算するスピード(プロセッサの処理能力)」についても物理的な限界が存在します。

ランダウアーの原理と物理法則が定めるコンピューターの限界(熱とエネルギー)

パソコンで重い処理を行うと、本体が熱くなりファンが勢いよく回り始めるのを経験したことがあるかと思います。実は、コンピューターがデータを1ビット書き換えたり消去したりする際には、物理法則(熱力学)によって必ずわずかな熱が発生します。これを「ランダウアーの原理」と呼びます。

どれほど未来の超技術で作られたコンピューターであっても、熱を一切出さずに計算を行うことはできません。また、アインシュタインの相対性理論や量子力学により、「一定の質量やエネルギーから取り出せる1秒あたりの計算回数には絶対的な上限(ブレマーマン限界)がある」ということが証明されています。

もし上位存在のシミュレーターが、この宇宙にあるすべての原子や素粒子の動きを1ミリ秒の狂いもなく力任せに計算(フルレンダリング)しようとすれば、計算機が発生させる熱だけで宇宙そのものが灼熱の火の玉になり、焼き切れてしまう計算になります。

ビッグバン以来行われた全計算量(約10の120乗オペレーション)

セス・ロイド教授は、処理能力の限界についても計算を行いました。約138億年前にビッグバンが発生して宇宙が誕生してから現在までの間に、宇宙全体で発生した素粒子どうしの衝突や状態の変化(基本演算)の総数を弾き出したのです。

その結果、宇宙が誕生してから今日までに実行できた計算の総回数は「約10の120乗回(10の122乗回)」であると算出されました。

これは、宇宙が物理法則に従って動くこと自体を「量子コンピューターの計算過程」とみなしたときの限界値です。つまり、この宇宙と同じ物理法則が働く世界で、この宇宙全体を完璧にシミュレーションすることは、物理的・エネルギー的に「100%不可能」であるということが証明されているのです。

なぜ「軽くて快適な仮想現実」が成立するのか?開発者の裏技(最適化技術)

ここまでの話を聞くと、「物理的に不可能なのなら、やっぱりシミュレーション仮説は間違いなのだろうか」と思われるかもしれません。しかし、話はそう単純ではありません。

コンピューターのプログラマーやゲーム開発者たちは、ハードウェアの性能不足に直面したとき、力任せに計算するのではなく「賢い節約術(最適化技術)」を使って処理を軽くするプロだからです。

「観測者の周辺だけ描写する」レンダリングの裏技(LOD技術・視界外省略)

現代の広大なオープンワールドゲーム(たとえばプレイヤーが自由に世界を冒険できるゲーム)では、データ量を減らすために以下のような画期的なプログラミング技術が使われています。

  • オクルージョンカリング(視界外の描画省略):
    プレイヤーの視界に入っていない後ろ側の景色や、壁の向こう側にある部屋の内部は、画面に映らないため「そもそも描画(計算)しない」でおく技術。
  • LOD(Level of Detail:視界の解像度切り替え):
    プレイヤーのすぐ近くにある物体は高精細に描画するが、はるか遠くに見える山や建物は、ポリゴン数を削った超軽量のローモデルに置き換えて処理を減らす技術。

もしこの世界を構築した上位のシミュレーターが、これらと同じ「プログラミングの裏技」を使っているとしたらどうでしょうか。

宇宙全体のすべての原子を常に計算するのではなく、「人間(観測者)が見ている場所や、手に触れている瞬間だけ」を高解像度でレンダリングし、誰も見ていない遠くの銀河や部屋の裏側、ミクロの分子構造は「計算を省略するか、大まかな確率のデータとして処理しておく」のです。これなら、必要なメモリと計算能力を何兆分の1、何億兆分の1にまで激減させることができます。

私たちの脳が騙される仕組み:五感と情報カットのテクニック

私たちが「この世界は精密で隙がない」と感じているのは、私たちが目を向けたその瞬間に、プログラムが超高速でその場所のグラフィックや物理現象を描写(レンダリング)して見せているからかもしれません。

たとえば、あなたが今部屋の壁の後ろや、地球の裏側に何があるかを確認しようと振り返ったり移動したりした瞬間、プログラムは瞬時にその場所のデータを読み込み、あなたの五感に届けます。確認していない間はデータとして存在せず、確認した瞬間にだけ生成される――これなら、どれほど広い宇宙であっても、上位存在のハードウェアをパンクさせずにスムーズに動作させることが可能になります。

全物質を力任せに計算するのではなく、「観測されている部分だけをその都度レンダリングする」。この圧倒的な節約術(サボり)こそが、ハードウェアの限界を突破してシミュレーション世界を成立させる唯一にして最大のカギなのです。

まとめ

今回は、新連載の第2回として「宇宙のスペック計算」をテーマに、現代PCの限界値と宇宙全体に必要なデータ量、そしてシミュレーターが使うであろうプログラミングの節約テクニックについて解説いたしました。

物理学的な計算によれば、宇宙全体をありのままに力任せで計算しようとすると、10の90乗ビットという異次元のメモリと、10の120乗回もの計算量が必要となり、物理法則の壁(熱やエネルギーの限界)に突き当たってしまいます。同じ物理法則を持つ世界で、この宇宙をまるごと完全再現することは不可能です。

しかし、ゲーム開発者が使うような「見ている場所だけを描画し、見ていない場所の計算をサボる(最適化する)」というプログラミングの裏技を使えば、限られたスペックでもスムーズに動くシミュレーション世界を簡単に創り出すことができます。

「誰も見ていないときは描画をサボり、観測された瞬間にだけ現実として確定する」――。実はこの話、どこかで聞いたことがありませんでしょうか。そう、現代物理学の最大の謎である「量子力学」の世界観そのものです。

次回、第3回は「【量子力学とレンダリング】観測するまで世界は存在しない?物理法則に潜む『バグ』」をお届けいたします。「電子は観測されるまで波のように広がっており、見られた瞬間に粒子の位置が確定する」という量子力学の奇妙な振る舞いを、ゲームのレンダリング(描写)システムの視点から紐解いていきます。次回もどうぞお楽しみに!

参考リスト


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