はじめに
陸上競技の400m走は「短距離だから無酸素運動」、マラソンは「長距離だから有酸素運動」。そんなふうに覚えている方は多いのではないでしょうか。じつは最新の研究では、400m走でも体のエネルギーの4割ほどが有酸素のしくみから供給されていることがわかっています。
一方、GPSのない時代の船乗りたちは、空の星や太陽の高さを測るだけで、自分がいまどこにいるのかを割り出していました。体の中のエネルギーと、空に浮かぶ太陽。まったく別の世界に見えますが、どちらも測った数字から、見えない答えを計算で導くという点でつながっています。
👇 本記事でわかる3つの重要ポイント 👇
- 【テーマ1】体の3つのエネルギー供給システムと、その割合の推計方法
- 【テーマ2】400m走とマラソンで、有酸素・無酸素の比率がどう変わるか
- 【テーマ3】北極星や正午の太陽の高さから、緯度を割り出す計算のコツ
使うのは、足し算・引き算・わり算と、角度の「度」と「分」の計算だけです。全部で6問のドリルを用意しました。紙とペンを手元に置いて、答えを開く前にぜひ挑戦してみてください。
第1部:エネルギー代謝系パズル
体を動かす3つのエネルギー供給システム
筋肉を動かすための直接のエネルギー源は、ATP(アデノシン三リン酸)という物質です。ただし、筋肉にたくわえられているATPはごくわずかなので、体は次の3つのしくみを使って、ATPを作り続けています。
- ホスファゲン系(ATP-PCr系):筋肉にたくわえたクレアチンリン酸を使って、すばやくATPを作ります。3つの中で最も速く、爆発的な力を出せますが、長くは続きません。
- 解糖系:糖を分解してATPを作ります。酸素を使わないため「無酸素性」とよばれ、ホスファゲン系の次に速いしくみです。
- 有酸素系(酸化系):酸素を使って、糖や脂肪からATPを作ります。立ち上がりはゆっくりですが、非常に大きな供給能力を持っています。
大切なのは、この3つは「切りかわる」のではなく、常に同時に動いていて、その割合が時間とともに変わるという点です。どれか1つのしくみだけで運動がまかなわれることはありません。
「400mは無酸素運動」は思いこみだった?
エネルギー供給の割合については、1970年代の研究にもとづく古いデータが、長く教科書やコーチの世界で使われてきました。しかし、それらの研究には方法上の問題があったと指摘されています。
2001年、研究者のポール・ギャスティンは、この分野の文献を見直した総説を発表しました。その中で、400m・800m・1500mを想定した走りでは、運動開始から15〜30秒の間に有酸素系が主役に切りかわることや、60秒間の全力運動は有酸素系と無酸素系がほぼ半分ずつでまかなわれることを示しています。教科書ではくり返し「70対30で無酸素系が優位」とされてきたので、大きな見直しでした。
さらに、最近の系統的レビュー(多くの研究をまとめて分析したもの)では、有酸素系と無酸素系の寄与がちょうど等しくなるのは、全力運動を始めてから約78.6秒の時点と推計されています。
計算のコツ:「酸素借」で無酸素の分を割り出す
無酸素のエネルギーは、直接はかることができません。そこで使われるのが「累積酸素借(AOD)法」という考え方です。
- 酸素需要量:その運動を、もしすべて有酸素系でまかなうとしたら必要になる酸素の量
- 酸素摂取量:実際に運動中に取りこんだ酸素の量(有酸素系が担った分)
- 酸素借 = 酸素需要量 − 酸素摂取量(足りなかった分=無酸素系が担った分)
つまり、「本来必要だった酸素」と「実際に使えた酸素」の差から、無酸素系のがんばりを逆算するわけです。以下のドリルの数値は、計算練習のための仮の値です。
【ドリル1】400m走の有酸素・無酸素比率を求めよ
ある男子選手が400m走を全力で走りました。走りの強さから推計した酸素需要量は合計10.0リットル、実際の酸素摂取量は合計4.1リットルでした。有酸素系と無酸素系の割合は、それぞれ何%でしょうか。
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答え:有酸素41%、無酸素59%
- 酸素借(無酸素の分)=10.0−4.1=5.9リットル
- 有酸素の割合=4.1÷10.0×100=41%
- 無酸素の割合=5.9÷10.0×100=59%
この数字は、実際の研究結果に合わせて設定しました。陸上トラックで400m・800mの選手を測定した2005年の研究では、累積酸素借法による400mの有酸素・無酸素の割合は、男子で41対59、女子で45対55と報告されています。わずか45秒前後の全力走でも、4割以上が有酸素系なのです。
【ドリル2】有酸素と無酸素が「半々」になるのは何秒目?
全力運動を続けたときの有酸素系の割合(運動開始からその時点までの合計)について、次のデータがあるとします。
| 運動時間 | 有酸素系の割合 |
|---|---|
| 30秒 | 25% |
| 60秒 | 42% |
| 120秒 | 62% |
| 180秒 | 72% |
(1)60秒と120秒の間は割合が一定のペースで増えると仮定して、有酸素系がちょうど50%になる時間を求めてください。
(2)同じ方法で、105秒(男子800m走のおよその時間)のときの有酸素系の割合を推計してください。
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答え:(1)84秒 (2)57%
60秒から120秒の60秒間で、割合は42%から62%へ20ポイント増えています。つまり3秒で1ポイントずつ増える計算です。
- (1)50%まであと8ポイントなので、8×3=24秒。60+24=84秒
- (2)105秒は60秒から45秒後なので、45÷3=15ポイント増。42+15=57%
表のデータは、先ほど紹介した系統的レビューの推計値をもとにしています。そのレビューでは、半々になる時点は約78.6秒でした。私たちの直線での計算(84秒)は少しずれますが、これは実際の増え方が直線ではなく、はじめのうちほど急に増えるカーブを描いているためです。
(2)の57%は、ドリル1で紹介した研究の男子800mの値(有酸素60%)にかなり近い数字です。たった2つのデータから、実測に近い値を推計できるのは面白いところです。
【ドリル3】マラソンの有酸素率は最低何%?
ある市民ランナーが、フルマラソンを2時間30分で完走しました。レース中の酸素摂取量は平均して毎分3.5リットルだったとします。また、この人の無酸素系がレース全体で供給できるエネルギーは、多く見積もっても酸素6リットル分が上限だとします。このとき、マラソン全体に占める有酸素系の割合は、最低何%になるでしょうか(小数第1位まで)。
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答え:最低でも約98.9%
- 有酸素系の分:150分×3.5リットル=525リットル
- 無酸素系の分:最大6リットル
- 有酸素の割合:525÷(525+6)×100≒98.9%
このドリルのポイントは、「無酸素系には使える量に上限がある」という点です。400mのように短い運動なら、無酸素系の上限いっぱいまで使っても全体の半分以上を担えます。しかし、2時間半も走り続けるマラソンでは、有酸素系の量が圧倒的に大きくなるため、無酸素系の上限をすべて使い切っても、全体のわずか1%ほどにしかなりません。
距離が長くなるほど有酸素系が主役になるのは、「速さ」ではなく「量」の勝負になるからだ、と計算からも納得できます。

第2部:天測航法・緯度決定パズル
天測航法とは?星と太陽で現在地を知る技術
天測航法とは、六分儀などの道具で天体の高さ(地平線からの角度)を測り、自分の位置を割り出す方法です。人工衛星を使った測位が普及する前は、外洋を航海する船にとって欠かせない技術でした。
緯度を求める代表的な方法は2つあります。
- 北極星緯度法:北の空の「天の北極」の高さは、その場所の緯度に等しくなります。北極では真上に、赤道では地平線上にあります。ただし、天の北極そのものには星がありません。北極星は天の北極から40分(1度の3分の2)ほど離れていて、その周りを回っているため、北極星の高さを測ったあとで、この差を補正する必要があります。また、南半球では北極星が見えないため、この方法は使えません。
- 子午線高度緯度法:太陽などの天体が真南(または真北)を通る「南中」のときの高さを測る方法です。南中のときに、太陽はその日一番高い位置に来ます。
計算のコツ:南中高度の公式
太陽の通り道は、季節によって南北に動きます。天の赤道(地球の赤道を空に広げた線)から太陽がどれだけ北や南にずれているかを表す角度を「赤緯」とよびます。北にずれていればプラス、南ならマイナスです。赤緯は、航海用の暦(天測暦)で調べることができます。
北半球で、南中した太陽が南の空にあるとき、次の関係が成り立ちます。
- 緯度 = 90° − 南中高度 + 太陽の赤緯
なお、1度は60分です。角度の引き算で「分」が足りないときは、1度を60分にくずして計算します。また、緯度の1分は、地球上の南北の距離でおよそ1海里(1,852メートル)に当たります。わずか1分の測りまちがいで、位置が2キロ近くずれてしまうわけです。
以下のドリルでは、大気による光の曲がり(大気差)などの細かい補正は省略しています。
【ドリル4】北極星の高さから緯度を求めよ
北極星は天の北極から40分離れているものとします。
(1)北極星が天の北極の真上に来ているときに高さを測ると、36°40′でした。この場所の緯度は?
(2)別の夜、別の場所で、北極星が天の北極の真下に来ているときに測ると、37°10′でした。この場所の緯度は?
▶ 答えと解説を見る
答え:(1)北緯36°00′ (2)北緯37°50′
緯度は「天の北極の高さ」に等しいので、北極星の高さから天の北極の高さを求めればよいのです。
- (1)北極星が天の北極より40′高い位置にあるので、36°40′−40′=36°00′
- (2)北極星が天の北極より40′低い位置にあるので、37°10′+40′=37°50′
同じ北極星でも、天の北極の上にあるか下にあるかで、足すか引くかが逆になります。北極星を「そのまま緯度」として使うと、最大で40分、つまり約74キロメートルもの誤差が出ることになります。
【ドリル5】夏の正午、太陽から緯度を割り出せ
夏至のころ、航海中の船で正午の太陽の南中高度を測ると、南の空に77°56′でした。天測暦によると、この日の太陽の赤緯は北に23°26′です。船の現在の緯度を求めてください。
▶ 答えと解説を見る
答え:北緯35°30′
- 90°−77°56′=12°04′(90°を89°60′にくずして計算します)
- 12°04′+23°26′=35°30′
確かめとして、春分や秋分のころ(赤緯がほぼ0°)に同じ場所で測ると、南中高度は90°−35°30′=54°30′になるはずです。夏至は春分・秋分より太陽が23°26′高く上がるので、54°30′+23°26′=77°56′となり、ぴったり一致します。季節によって南中高度が変わるのは、地軸が傾いているために太陽の赤緯が変わるからです。
【ドリル6】太陽が「北」に見えたら?公式のわな
(1)冬のある日、太陽の赤緯は南に20°00′でした。正午の太陽は南の空に高さ40°15′で南中しました。この場所の緯度は?
(2)別の日、赤道に近い海を航海中、太陽の赤緯は北に20°00′でした。ところが正午の太陽は、北の空に高さ80°00′で南中(正確には北中)しました。この場所の緯度は?
▶ 答えと解説を見る
答え:(1)北緯29°45′ (2)北緯10°00′
(1)赤緯が南向きなので、マイナスとして公式に入れます。
- 90°−40°15′−20°00′=29°45′
(2)ここが今回最大のわなです。太陽が北の空に見えるということは、観測者が太陽の真下の地点(太陽が真上に来る地点)より南にいることを意味します。公式をそのまま使うと90°−80°+20°=30°となりますが、これは誤りです。
図を思い浮かべて考えましょう。頭の真上から太陽までの角度は90°−80°=10°です。太陽の真下の地点は北緯20°にあり、観測者はそこから10°南にいます。したがって、緯度は20°−10°=北緯10°00′です。
公式は、あくまで「太陽が南の空にある」という前提のもとで成り立っています。太陽がどちらの方角にあるかを確かめずに数字だけを当てはめると、20°もの大きなまちがいが起こります。公式をうのみにせず、図で意味を確認する大切さがよくわかる問題です。

2つのパズルに共通する「考え方」
- 見えないものを「差」で測る:無酸素系のエネルギーは「必要な酸素−使えた酸素」で、緯度は「90°−太陽の高さ」をもとに求めました。直接測れないものを、測れる量の差から割り出す発想は、科学のあらゆる場面で使われています。
- 前提条件を確かめる:ドリル2の直線近似や、ドリル6の「太陽が南にある」という前提のように、計算の道具には使える範囲があります。答えが出たら、本当にその前提が成り立っているかを見直すくせをつけましょう。
- 自作問題に挑戦:自分の住んでいる町の緯度を地図で調べ、春分・夏至・冬至の南中高度を計算してみるのもおすすめです。晴れた日に棒の影の長さを測れば、実際に確かめることもできます。
なお、第1部の数値は計算練習用に単純化したものです。実際のトレーニングの強度や量は、体調や目的に合わせて、無理のない範囲で調整してください。
まとめ
第1部では、ホスファゲン系・解糖系・有酸素系という3つのエネルギー供給システムが、常に同時に動いていることを学びました。累積酸素借の考え方を使うと、400m走でも約4割が有酸素系でまかなわれていること、有酸素と無酸素が半々になるのは全力運動の80秒前後であること、そしてマラソンでは無酸素系の上限があるために有酸素系がほぼすべてを担うことが、計算から見えてきました。
第2部では、北極星の高さや正午の太陽の高さから緯度を割り出す天測航法に挑戦しました。北極星と天の北極のわずかなずれの補正、季節による太陽の赤緯の変化、そして太陽が北に見えるときの公式のわなまで、空を見上げるだけで現在地がわかるしくみを体験できたはずです。
体の中のしくみも、空の動きも、数字で追いかけると驚くほどくっきり見えてきます。祝日のひととき、ぜひ紙とペンでじっくり楽しんでみてください。
参考リスト
- Energy system contribution to 400-metre and 800-metre track running(J Sports Sci, 2005 / PubMed)
- Energy system contributions during high intensity exercise(Gastin)
- Energy system contribution during 200- to 1500-m running in highly trained athletes(Med Sci Sports Exerc, 2001)
- Anaerobic and Aerobic Energy System Contribution During Maximal Exercise: A Systematic Review
- Your Body Doesn’t Know What “Anaerobic” Means(Marathon Handbook)
- 暦Wiki「緯度の決定」(国立天文台)
- Declination and maximum altitude of the Sun above the horizon on a given date(PLANETCALC)
- Latitude from the Midday Sun(Astro Navigation Demystified)
- 天界 第235号「質疑応答」(京都大学学術情報リポジトリ)

