はじめに
2026年10月9日、アメリカがICC(国際刑事裁判所)そのものを制裁の対象にしたというニュースが流れました。所長は日本出身の赤根智子さんです。「なぜ戦争犯罪を裁く裁判所が、大国から攻撃されるの?」「日本はどう向き合えばいいの?」と、ICCへの制裁に疑問を持った方も多いはずです。
👇 本記事でわかる3つの重要ポイント 👇
- 【テーマ1】ICCが攻撃される根本的な理由
- 【テーマ2】アメリカ・ロシア・イスラエルによる制裁と攻撃の実態
- 【テーマ3】日本政府と私たち一人ひとりがとれる選択肢
この記事では、ICCの成り立ちから最新の動き、よく聞かれる意見の検証まで、2026年10月10日時点の情報をもとに順を追って解説します。ニュースの背景を一度で整理したい方は、ぜひ最後までお読みください。
結論:ICCが攻撃される根本原因は「管轄権の仕組み」にある
ICCが制裁や攻撃を受ける根本原因は、「加盟していない大国やその同盟国の指導者・軍人でも、加盟国の領土で起きた重大犯罪なら裁かれうる」という仕組みそのものにあります。自国の指導者や軍を守りたい国の利益と、この仕組みが正面からぶつかっているのです。
2026年10月9日には、アメリカがついにICCという組織全体を制裁対象にしました。対立はこれまでで最も深刻な段階に入っています。
ただし、「法はもう無力だ」と結論づけるのは早すぎます。ICCは追い詰められながらも、今も裁判を進めています。まずは全体像を3つに分けて整理します。
- 攻撃の実態:アメリカは2025年2月の大統領令14203以降、カーン前検察官、副検察官2名、赤根所長を含む裁判官9名などを個別に制裁しました。そして2026年10月9日、ICC本体を制裁しました。ルビオ国務長官はICCを「ならず者の裁判所(rogue court)」と呼んでいます。ロシアは2025年12月、カーン氏と赤根氏らICC裁判官8名に、本人不在のまま禁錮3年半〜15年の判決を言い渡しました。イスラエルではICCへの協力を禁じる法案が予備審議を通過しましたが、成立はしていません。
- よく聞かれる見方の検証:「アメリカが国際法を軽く扱っている」「ICCを攻撃する国は未加盟で、自国の指導者や軍が捜査対象になっている」「トランプ氏の『8つの戦争を終わらせた』は誇張だ」という見方は、事実で裏付けられます。一方で、アメリカには「加盟していない国の国民を裁く権限はない」という一貫した法的な言い分もあります。攻撃する側の事情も国ごとに違います。また、ハンガリーの脱退撤回や、フィリピンのドゥテルテ元大統領の裁判開始決定(初公判は2026年11月30日予定)を見ると、「法は無力」とまでは言えません。
- 日本の対応と選択肢:日本政府の表現は「大変残念」から「日本の立場と相いれない」「深く懸念」へと段階的に強まりました。10月9日には、G7の欧州諸国などとの8か国外相共同声明で「強く反対」を表明したと報じられています。ただし、アメリカを名指しで非難したり、制裁の撤回を求めたりはしておらず、欧州より控えめです。外務省の資料「国際刑事裁判所(ICC)の概要」(2026年9月)によると、日本はICCに最も多くのお金を出している国です(分担率約14.68%、2026年の拠出額は約46億円)。日米同盟と両立させつつ、中規模の国々との連携、お金や決済の面での実務的な支援、「法の支配」を重んじる外交を強めることが、現実的な選択肢と考えられます。
この先の章では、ICCの意義、各国の攻撃の中身、そして日本の立場を、もう少し詳しく見ていきます。要点を先にまとめると、次の4つです。
- ICCの意義は今も大きい:125か国・地域が加盟する、世界で唯一の常設の国際刑事裁判所です。外務省によると、17の事態(紛争や事件のまとまり)について捜査・訴追を進めています。「どれほど強い人も法の上には立たない」という原則を制度にした点が、存在意義の中心です。
- 攻撃の根本原因は管轄権の構造にある:ICCは加盟国の領土で起きた犯罪なら、未加盟国の国民も裁けます。そのため、アフガニスタンでの米兵、パレスチナでのイスラエル指導者、ウクライナでのロシア指導者が捜査対象になりました。
- よく聞かれる見方は「方向性はおおむね正しいが、結論は単純すぎる」:特に「法律は良識ある人のためのもので、力ある者には役に立たない」という見方には、歴史上の反例が多くあります。
- 日本には、「同盟」と「法の支配」の両立を、もっと実務的に、もっと大きな声で示す余地がある:最大の資金拠出国であり、所長の出身国でもある日本の発信には重みがあります。
ICCとは?成立の歴史と仕組み
ICCは、戦争犯罪などを犯した「個人」を裁くために2002年にできた、世界初の常設の国際刑事裁判所です。ここでは、成り立ち、仕組み、これまでの成果と弱点を順に見ていきます。
成立と締約国数の推移
- 1998年7月17日:イタリアのローマで開かれた外交会議で、ICCの設立条約「国際刑事裁判所に関するローマ規程」が採択されました。7月17日は「国際司法の日」とされています。
- 2002年7月1日:ローマ規程が発効し、ICCがオランダのハーグで活動を始めました。
- 2007年10月1日:日本が105番目の締約国(加盟国)になりました。2009年11月時点の締約国は110か国です。
- 2026年:外務省「国際刑事裁判所(ICC)の概要」(2026年9月)によると、締約国は125か国・地域です。アメリカ(署名後に撤回)、ロシア、中国、インド、イスラエル、イランなどは加盟していません。
- 脱退の例:ブルンジ(2017年)とフィリピン(2019年)は脱退が発効しました。ハンガリーは脱退を表明しましたが、発効直前に撤回しました(後述)。
- 脱退を通告している国(2026年10月時点):外務省の同資料によると、ニジェール、マリ、ブルキナファソの脱退は2027年6月に、ベネズエラとチャドの脱退は2027年7月に、ナウルの脱退は2027年9月に効力が生じる見込みです。
対象となる犯罪と仕組み
ICCが裁くのは、集団殺害犯罪(ジェノサイド)、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪の4つです。裁かれるのは国家ではなく、犯罪に責任のある個人です。
- 補完性の原則:まずは各国の裁判所が裁くのが基本です。その国に捜査・訴追する能力や意思がない場合に限って、ICCが動きます。いわば「最後の手段」の裁判所です。
- 独自の警察を持たない:容疑者の逮捕や引き渡しは、加盟国の協力に完全に頼っています。
主な事件と成果
- 有罪判決:コンゴ民主共和国のルバンガ(少年兵を集めて戦わせた罪)、カタンガ、ンタガンダ、ウガンダの武装組織「神の抵抗軍」元司令官のオングウェン、マリのトンブクトゥで文化財を壊したアル・マフディなどがあります。
- 現職・元職の指導者への逮捕状:スーダンのバシル元大統領、リビアのカダフィ大佐、ロシアのプーチン大統領(2023年3月、ウクライナの子どもを不法に移送した疑い)、イスラエルのネタニヤフ首相とガラント元国防相(2024年11月)が対象になりました。
- ドゥテルテ事件:フィリピンのドゥテルテ元大統領は、2025年3月12日にICCへ引き渡されました。ICCの発表によると、2026年4月23日に予審裁判部(裁判を開くかを決める部門)が、人道に対する罪3件の訴因をすべて全員一致で確認し、公判に付しました。初公判は2026年11月30日に予定されています。ICCを脱退した国の元大統領でも、加盟していた期間の犯罪なら裁かれうることを示した例です。
限界と批判
- アフリカに偏っているという批判:初期の事件の大半はアフリカの事件でした。これが、アフリカ連合(AU)の一部や、サヘル地域3か国による「新しい植民地支配の道具だ」という批判につながっています。ただし、ウガンダ、コンゴ民主共和国、マリなどの多くは、その国自身がICCに持ち込んだ事件です。近年はウクライナ、パレスチナ、フィリピン、バングラデシュ/ミャンマー、ベネズエラ、アフガニスタンへと対象が広がっており、「アフリカだけを狙っている」という批判は現状には当てはまりにくくなっています。
- 逮捕させる力がない:バシル氏は長年、各国を訪れても逮捕されませんでした。モンゴルは2024年9月、加盟国でありながら訪問したプーチン氏を逮捕せず、ICCから協力義務違反と認定されました。
- 効率と組織の問題:裁判が長引くことや、無罪判決(コートジボワールのバグボ元大統領など)が批判されてきました。さらに2026年には、カーン検察官が性的な不正行為の疑惑で休職・職務停止となり、7月に解任されました。日本の外務省も2026年7月25日に解任について談話を出しています。解任には締約国125か国中82か国が賛成したと報じられています。ICCは内部の運営をめぐる信頼の問題も抱えているのです。
それでもICCが必要とされる理由
ICCは、世界のすべての重大犯罪を裁けるわけではありません。それでも、次の3つの役割を果たしています。
- 逮捕状によって、容疑者が自由に外国へ行ったり外交をしたりすることを難しくする
- 被害者に、法的な記録と、裁判に参加する場を与える
- 「指導者でも罪を免れない」という考え方を、世界に示し続ける
2026年のノーベル平和賞は、元ICC裁判官のナビ・ピレイさんに贈られました。力が正義を押しのけつつある世界で国際法を守ってきたことが評価されたと伝えられています。ICCが体現する考え方が、今も国際的に高く評価されていることを示す出来事です。
アメリカによる制裁の実態:個人から組織全体へ
アメリカの制裁は、ICCの個人を対象にしたものから始まり、2026年10月にはついに組織全体へと広がりました。その流れを時系列で見ていきます。
トランプ第1期(2019〜2021年)
- 2019年3月:アフガニスタンでの捜査に関わるICC職員へのビザ(入国許可)の制限を発表しました。
- 2020年:大統領令にもとづき、当時のベンソウダ検察官らに資産凍結などの制裁を科しました。
- 2021年4月:バイデン政権が制裁を解除し、日本政府は外務報道官談話で「歓迎」を表明しました。その後バイデン政権は、ウクライナでのロシアの戦争犯罪に関する証拠をICCと共有しています。
トランプ第2期:大統領令14203(2025年2月6日)以降の経緯
| 時期 | 制裁の対象 |
|---|---|
| 2025年2月 | カリム・カーン検察官 |
| 2025年6月5日 | 裁判官4名(アラピニ・ガンスー〈ベナン〉、ボッサ〈ウガンダ〉、イバニェス・カランサ〈ペルー〉、ホーラー〈スロベニア〉) |
| 2025年7月9日 | 国連特別報告者フランチェスカ・アルバネーゼ氏(ICCの外部の人物) |
| 2025年8月20日 | 裁判官2名(プロスト〈カナダ〉、ギユー〈フランス〉)、副検察官2名(シャミーム・カーン〈フィジー〉、ニアン〈セネガル〉) |
| 2025年9月 | パレスチナの人権団体3つ(アル・ハク、アル・メザン、パレスチナ人権センター) |
| 2025年12月18日 | 裁判官2名(ロルドキパニゼ〈ジョージア〉、ダムディン〈モンゴル〉)。制裁された裁判官は累計8名に |
| 2026年8月18日 | 赤根智子所長、上級法廷弁護士アブドゥライェ・セエ氏(セネガル) |
| 2026年10月9日 | ICC本体(組織全体) |
- 人数:2026年8月時点で、制裁対象は裁判官18名中9名、副検察官2名全員、前検察官1名に及びます。これに、セエ氏、国連特別報告者1名、パレスチナのNGO(非政府組織)3団体が加わります。
- 赤根所長への制裁(8月18日):アメリカにある資産の凍結と、アメリカへの入国禁止です。アメリカの金融システムも事実上使えなくなります。米財務省は、9月17日までに取引を整理することを認める許可を出したと報じられています。ルビオ長官は、ICCの管轄権を受け入れていない国の当局者の捜査や訴追に直接関わったことを、指定の理由に挙げました。ネタニヤフ首相はSNSで制裁を歓迎しました。
「解体キャンペーン」とICC本体への制裁
2026年7月13日、米国務省は「政府一丸となってICCの活動能力を体系的に無力化する」キャンペーンを発表しました。加盟国への脱退の呼びかけ、資金を出すのをやめるよう求めること、ビザの取り消し、制裁の拡大などが含まれます。
NATO(北大西洋条約機構)の会合では、アメリカのウィテカー大使が同盟国に脱退を促し、「誰がアメリカの側に立つか注視している」と警告したと、米メディアのポリティコが報じました。これにはフランスやオランダが反発しています。トランプ大統領は9月の国連総会演説でICCを「制御不能な機関」と呼び、すべての加盟国に今すぐ脱退するよう呼びかけたとAFP通信が伝えています。
そして10月9日、ナビ・ピレイさんのノーベル平和賞受賞が発表された数時間後に、ルビオ長官がICC本体への制裁を発表しました。報道によると、ルビオ長官は次のように述べています。
「トランプ大統領は、ICCが米国人を訴追することを決して許さない」
「ICCが脅しをやめるか、われわれがICCを終わらせるかだ」(ロイター、NBCなどの報道より)
制裁の中身は、アメリカの管轄下にあるICCの資産を凍結し、アメリカの個人や企業との取引を禁じるものです。報道によれば、ICCはアメリカの金融サービスやテクノロジー企業から切り離され、ドルでの決済も難しくなると見られています。アメリカの企業や個人には、取引を整理するための6か月の猶予期間が設けられたと報じられています。
アメリカ国内で起きている訴訟
制裁はアメリカ国内の裁判所でも争われています。
- これまでに、ICCに協力するアメリカの法学教授らが起こした訴訟では、大統領令が言論の自由を侵害するとして違憲と判断され、恒久的な差し止め命令も出ています(ファーマン判事)。
- 2026年6月24日:制裁を受けた裁判官3名(プロスト、ボッサ、アラピニ・ガンスー)が、ニューヨーク南部地区の連邦地方裁判所に訴えを起こしました。大統領令14203をめぐる5件目の訴訟で、ICCの裁判官自身が原告になるのは初めてです(オープン・ソサエティ・ジャスティス・イニシアチブによる)。
- 2026年8月11日:米フレンズ奉仕団(AFSC)、憲法上の権利センター(CCR)、ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)、オープン・ソサエティ研究所(OSI)が、同じ裁判所に大統領令そのものの無効を求めて訴えました。9月には、裁判所に意見を伝える「アミカス意見書」が8件提出され、38の市民団体による共同意見書も含まれています。
いずれの訴訟も、まだ判決は出ていません(2026年10月時点)。
業務への実際の影響
- カーン氏は米マイクロソフトに仕事用のメールを止められ、ICCはオープンソース(誰でも使える公開ソフト)の代わりのシステムへの移行を進めました。
- 裁判官側の訴訟資料によると、プロスト氏はHSBCのニューヨーク口座を、ボッサ氏は国連連邦信用組合の口座を凍結されました。健康保険を失ったり、ITサービスや旅行サービスを止められたりもしています。裁判官側は「金融上の死刑に等しい」と訴えています。
- アメリカ人が制裁対象者にサービスを提供すると重い罰則を受けるため、証拠集めや法的な書類の受け取りにも支障が出ています。
- ロイター通信は、制裁の狙いの一部が、トランプ氏や政権幹部が将来、海外での米軍の行動について責任を問われるのを前もって防ぐことにあると報じました。
ロシアとイスラエルによる攻撃
ICCを攻撃しているのはアメリカだけではありません。ロシアは「刑事裁判」という形で、イスラエルは国内の法律づくりという形で、ICCに対抗しています。
ロシア:ICC裁判官に有罪判決
- 2023年3月:ICCがプーチン大統領らに逮捕状を出しました。ロシアはすぐに、カーン検察官や赤根氏を含む裁判官を刑事捜査の対象にし、指名手配しました(赤根氏への捜査開始は2023年3月20日)。
- 2025年12月12日:モスクワ市裁判所は、本人が出席しない「欠席裁判」で、カーン検察官(禁錮15年)とICC裁判官ら8名(禁錮3年半〜15年)を有罪とし、国際指名手配しました。罪名は「無実の者を刑事訴追した罪」などで、赤根所長も含まれています。
- 2026年2月:国連の特別報告者らは、この判決を「国際法の甚だしい違反」と非難しました。ローマ規程第48条は、裁判官や検察官が職務として行ったことについて責任を問われない「職務上の免除」を保障しているからです。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、国境を越えた弾圧の一環だとも指摘しています。
- その後ロシアは、オランダなどに赤根所長ら9名の引き渡しを求めたと報じられています。日本側はこれを「不当で受け入れられない」と反発したと伝えられていますが、この報道の出どころは二次的なニュースサイトです。
イスラエル:ICC協力禁止法案と入国禁止法
ICC協力禁止法案は、与党リクードのアミト・ハレヴィ議員が2024年7月に提出したものです。正式名称は「ハーグ国際刑事裁判所の対イスラエル行動からのイスラエル公職者の保護法案」です。
- 2025年2月に閣僚の立法委員会で承認された後、2025年2月19日に予備審議を賛成25・反対10で通過しました(イスラエル紙ハアレツによる)。
- 内容は、ICCに「サービスや資源を提供した」人に最長5年の禁錮を科し、公的機関がICCに協力することを禁じ、ICCのために動く人の入国・居住・資産保有を禁じるものです。ハアレツ紙は、国際法の専門家が「イスラエル軍の犯罪の可能性を調べるジャーナリストも禁錮刑になりうる」と警告したと報じています。
- その後、第1〜第3読会(国会での正式な審議の段階)を通過したという記録は確認できません。イスラエルの国会(クネセト)は2026年7月17日に解散し、総選挙は10月27日に予定されています。この国会は1988年以来はじめて4年の任期を全うしました。
- クネセトのルールでは、新しい国会が引き継げるのは原則として第1読会を通過した法案に限られます。そのため、この法案は新しい国会で一からやり直しになる可能性が高いと考えられます(ただし、これは制度からの推測で、この法案について明言した資料はありません)。
入国禁止法(成立済み):2025年2月19日、入国法の改正案が最終段階の第3読会を12対0で可決しました。「イスラエルの治安要員を国際的に訴追することを公に支持する人」や、ホロコーストや2023年10月7日の攻撃を否定する人に、入国許可を出すことを禁じる内容です(イスラエル紙タイムズ・オブ・イスラエルによる)。ICC職員だけを名指しした法律ではありませんが、ICCに協力する人を事実上締め出す効果があります。
ネタニヤフ首相への逮捕状をめぐる法的な争い
- 2024年11月:予審裁判部は、ICCに管轄権はないとするイスラエルの異議を「時期尚早」として退け、逮捕状を出しました。
- 2025年4月24日:上訴裁判部(上級審)は異議を予審裁判部に差し戻しましたが、逮捕状の停止は認めませんでした。
- その後も、イスラエルによる逮捕状の撤回の請求(2025年7月)、上訴許可の申し立て(同10月)、手続き上の通知をめぐる上訴(同12月)は、いずれも退けられました。逮捕状は今も有効です。
- 1990年代のオスロ合意を根拠とする管轄権への異議の本格的な判断と、カーン氏の担当を外すよう求めた申し立ては、2026年1月時点でまだ結論が出ていませんでした。
アメリカへの働きかけ:ネタニヤフ首相は、アメリカが制裁を発表するたびに歓迎を表明しています。10月9日のICC本体への制裁についても、ICCは裁判所ではなく、民主主義国家と国家主権を脅かす政治機関だという趣旨の投稿をしたとAFP通信が伝えています。ルビオ長官も、イスラエルを「緊密な同盟国」と呼び、制裁の理由に明記しています。
脱退する国、方針を変えた国、ICCを支える動き
ICCをめぐっては、アメリカの圧力を受けて脱退を通告する国が増える一方、選挙をきっかけに残留へ戻った国や、ICCを守ろうとする国々の動きもあります。
ハンガリー:選挙で方針が逆転
- 2025年4月3日、ネタニヤフ首相の訪問に合わせて、オルバン政権がICCからの脱退を表明し、首相を逮捕しませんでした。6月2日に国連へ通告し、2026年6月2日に脱退が発効する予定でした。
- 2026年4月12日の総選挙でティサ党のマジャル・ペーテル氏が圧勝し、5月に新政権が発足しました。
- 国会は2026年5月27日、脱退の撤回を賛成133・反対37で可決しました。ICCの締約国会議側もこの決定を歓迎し、脱退は発効しませんでした。方針は完全に転換したのです。
- マジャル首相は、ネタニヤフ首相が訪問すればICCの逮捕状に従う考えを示しています。
サヘル3国、チャド、ベネズエラ、ナウル:脱退の通告
- マリ、ブルキナファソ、ニジェール(サヘル諸国同盟):2025年9月22日に「即時脱退」を表明しましたが、ローマ規程第127条(脱退は通告から1年後に効力が生じる)により、その時点では効力がありませんでした。その後、2026年6月18日(ニジェール)と6月24日(ブルキナファソ、マリ)に国連へ正式に通告し、2027年6月に脱退が発効する予定です。3か国はICCを「帝国主義の手の中にある、新しい植民地支配の道具」と非難しています。アムネスティ・インターナショナルによると、2013年から続くマリでの捜査は、脱退後も影響を受けません。
- ベネズエラ、チャド:ベネズエラは2026年7月に脱退を国連に通告し、チャドも7月27日に脱退を発表しました。チャド政府は、アメリカの高官から加盟を見直すよう電話で求められた後の決定だと説明しています。ベネズエラについても、ICCは脱退後も捜査を続けられるとされています。
- ナウル:外務省の資料によると、ナウルも脱退を通告しており、2027年9月に効力が生じる見込みです。
フィリピンとモンゴル
- フィリピン:ドゥテルテ政権は、ICCが予備調査を始めた直後に脱退しました(2019年発効)。しかし、その後のマルコス政権は、国際刑事警察機構(インターポール)を通じてドゥテルテ氏の身柄を引き渡しました。「脱退しても逃げきれない」ことを示した実例です。
- モンゴル:2024年9月、加盟国でありながら訪問したプーチン氏を逮捕せず、ICCから義務違反と認定されました。
アメリカはこのほかにも、NATOの同盟国に脱退を働きかけています。
ICC・締約国・EUの対抗措置と支援
- ICC:アメリカの制裁を、裁判所が本来の仕事をするのを妨げる試みだとして拒否しました。赤根所長は、独立性と公平性を保って任務を果たし続けると述べ、締約国に具体的な支援を呼びかけています。
- 2026年10月9日の外相共同声明:日本、カナダ、デンマーク、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、イギリスの8か国が、アメリカによるICCへの制裁は遺憾であり、強く反対すると表明したとAFP通信やNBCが報じています。
- EU(欧州連合):「極めて遺憾」とし、ICCが活動を続けられるよう「必要なあらゆる措置を講じる用意がある」と表明しました。コスタ欧州理事会議長は、政治・外交・財政・実務の各面でICCを支援すると述べています。
- ブロッキング規則:EUには、アメリカの制裁の効力をEU域内で無効にする「ブロッキング規則」という仕組みがあります。オランダのベレンセン外相は欧州委員会に発動の準備を求めましたが、自ら「最後の手段」「核オプション」と呼んでいます。ベルギーやHRWは即時の発動を求めています。ただし、国際機関であるICCそのものを守れるかどうかには、法的な不確実さがあると指摘されています(米シンクタンクのアトランティック・カウンシルによる)。
- 国連:グテーレス事務総長は、国際的な刑事司法を実現しようとする共同の取り組みへの深刻な打撃だと述べました。
- 実務面の備え:ICCは数か月前から、アメリカ企業への依存を減らし、欧州系の代わりのサービスへ移る準備を進めてきました。
ICCが攻撃される6つの根本原因
ここまでの動きを整理すると、ICCが攻撃される原因は、次の6つにまとめられます。中でも1つ目の「管轄権の仕組み」が、アメリカ・イスラエル・ロシアに共通する最大の争点です。
- 未加盟国の国民にも管轄権が及ぶ(構造的な原因):ローマ規程第12条により、加盟国の領土で起きた犯罪なら、加害者が未加盟国の国民でもICCが裁けます。アフガニスタン(加盟国)での米兵、パレスチナ(2015年加盟)でのイスラエル指導者、ウクライナ(受諾宣言を経て2025年に加盟)でのロシア指導者が対象になったのはこのためです。
- 指導者個人の刑事責任:裁かれるのは国家ではなく、現職の首脳個人です。外交上の特権が通用しないため、政権にとって直接の脅威になります。
- 大国の政治と同盟の論理:アメリカにとってイスラエルは中東戦略の要です。イスラエルへの訴追は、アメリカの兵器供与や作戦支援の責任追及にも広がりうると見られています。
- 将来訴追されるリスクを前もって防ぐ:ロイター通信の分析や国務省の声明が示すように、アメリカは、外国人の強制送還や麻薬密輸船への攻撃、2026年の対イラン攻撃などについて、活動家や元ICC検察官から「国際犯罪として扱うべきだ」という声が出ることを警戒しています。
- ICC自身の弱点が攻撃の口実になる:裁く相手が偏っているように見えること、裁判の遅さ、内部の不祥事(カーン氏の解任)が、「政治化した裁判所」という批判に口実を与えています。
- 主権についての考え方の衝突:「同意していない外国の裁判所に自国民を裁かせない」という伝統的な主権の考え方と、「人道に対する罪は世界全体の関心事だ」という考え方が、正面からぶつかっています。
よく聞かれる6つの見方を事実で検証
ICCへの制裁をめぐっては、さまざまな意見が飛び交っています。ここでは、よく聞かれる6つの見方を取り上げ、事実で確かめられる部分と、言いすぎの部分を分けて検証します。
見方1:「ならず者の裁判所」と言うアメリカこそ「ならず者」では?
発言の事実確認:2026年10月9日の発表で、ルビオ長官はICCを英語で「rogue court(ならず者の裁判所)」と呼びました。報道によると、「この裁判所との取引を禁止し、資源を断ち、運営能力を麻痺させる」という趣旨のほか、「アメリカは一度もICCに加盟していないし、加盟を望んでもいない」とも述べています。これより前の2025年8月にも、ICCを「破綻した機関」「アメリカと同盟国イスラエルに対する法律を使った戦い(lawfare)の道具」「国家安全保障上の脅威」などと呼んでいました。
この見方を支える根拠
- アメリカは個人だけでなく、裁判所そのものを制裁しました。国連事務総長、EU、日本を含む8か国が反対し、アメリカの連邦地裁もすでに一部の訴訟で大統領令を違憲と判断しています。
- 判決の内容を理由に裁判官を制裁することは、司法の独立への直接の介入だと、国連の特別報告者やニューヨーク市弁護士会が批判しています。
- 2008年11月14日、共和党政権の国務省法律顧問だったジョン・ベリンジャー3世氏は講演で、ICCを潰そうとすることはアメリカの政策ではなかったと明言していました。今回の解体キャンペーンは、党派を超えて続いてきた従来の路線から外れています。
- アメリカはパリ協定や世界保健機関(WHO)からも離れ、国連人権理事会からも距離を置いています(HRWによる)。
アメリカ側の言い分(公平のために紹介します)
- 同意の原則:条約は、加盟していない国を縛らないのが国際法の基本です(条約法条約第34条)。アメリカは、加盟していない国の国民をICCが裁くのは、この原則に反すると主張しています。民主党・共和党を問わず歴代政権が「ICCはアメリカ人を裁く権限を持たない」という立場をとってきました。
- 補完性:アメリカやイスラエルには独立した軍の司法と通常の司法があり、自分で捜査できるのだから、ICCが口を出すべきではないという主張です。イスラエルは、2021年の捜査開始の通知の扱いが補完性を無視していると訴えています。
- 政治化への懸念:ICCが民主国家と独裁国家を「同列」に扱うことへの反発や、検察官の不祥事を理由に正統性を疑う議論があります。
検証結果:「アメリカが国際法の秩序を損なう側に回っている」という見方は、多くの国際法学者や同盟国政府の反応と一致し、事実で強く裏付けられます。ただし、「ならず者」という言葉は政治的な評価です。アメリカの「未加盟国の国民は裁けない」という主張には一定の法的根拠があり、学説上も争いがあります。より正確に言えば、問題の核心は「ICCの中での異議申し立てや外交交渉といった法的な手段ではなく、裁判官個人への経済的な圧力で司法を動かそうとしていること」です。
見方2:トランプ氏はノーベル平和賞に「最もふさわしい」のか
事実関係
- 2025年のノーベル平和賞は、ベネズエラの野党指導者マリア・コリナ・マチャド氏に贈られました。マチャド氏は賞をトランプ氏に捧げると述べ、2026年1月にはメダルをトランプ氏に手渡しました。ノーベル委員会は、賞は取り消したり、分けたり、譲ったりできないとしています。
- 2026年1月、トランプ氏はノルウェーのストーレ首相に書簡を送りました。受賞を逃したことに触れ、もはや平和だけを考える義務は感じないとして、グリーンランド問題と結びつけたと報じられています(ニューヨーク・タイムズ、BBCなど)。
- 2026年10月7〜8日、トランプ氏は「8つの戦争を解決した」と述べ、ノーベル委員会は自分のような人物には賞を与えない傾向があると語りました。
- 2026年10月9日、平和賞はナビ・ピレイさん(南アフリカ出身、元ICC裁判官、元国連人権高等弁務官)に決まりました。トランプ氏は、委員会を批判し、ピレイさんを「アメリカとイスラエルを憎む人物」と呼ぶ投稿を再投稿したと報じられています。ピレイさんは、拍手がもう少しあればトランプ氏と賞を分け合うかもしれない、と冗談で返したと伝えられています(NBC、フォーブス)。
トランプ氏を評価する見方
- 2025年10月、ガザでの停戦と人質解放の合意を仲介しました。
- アルメニアとアゼルバイジャンの和平合意をホワイトハウスで仲介し、両国の首脳がトランプ氏をノーベル賞に推薦しました。
- タイとカンボジアの停戦では、関税を圧力として使いました。
- イスラエル、パキスタン、カンボジアの首脳がトランプ氏を推薦しています。
批判的な見方(ファクトチェック)
- CNN、AP通信、Axiosなどは、「8つ」ははっきりした誇張だと指摘しています。
- エジプトとエチオピアの対立はダムをめぐる外交上の争いで、戦争ではありません。
- セルビアとコソボの間でも戦争は起きていません。
- コンゴ民主共和国とルワンダの戦闘は、合意後も続いています。
- ガザでも、停戦後にイスラエルの攻撃が続いています。
- 2026年2月28日以降、アメリカとイスラエルはイランへの大規模な攻撃に踏み切り、米・イランの戦争は続いていると報じられています。
- 2026年1月には、ベネズエラへの軍事介入でマドゥロ氏を拘束しました。
武力行使が広がっていることと、「平和の大統領」という自己評価は矛盾しています。
検証結果:トランプ氏が自分こそふさわしいと発言したことは、事実として確認できます。根拠とされる実績のうち、ガザ停戦の仲介やコーカサス地域の合意は実質的なものです。しかし、件数と、合意がどれだけ続いているかは誇張されています。国際司法を守ってきた人物に平和賞が贈られたその日に、ICC本体への制裁が発表されたことは、両者の価値観の対立を象徴しています。
見方3:ICCを攻撃する国には共通点がある?
共通点(事実で裏付けられる部分)
- アメリカ、イスラエル、ロシアは、いずれもICCに加盟していません。
- いずれも、自国または同盟国の指導者や軍が捜査対象になっています(アメリカはアフガニスタンの事態、イスラエルはネタニヤフ氏とガラント氏、ロシアはプーチン氏ら)。
- いずれも軍事大国、または核保有国(イスラエルは公式には認めていません)で、現在、武力紛争の当事者です。
- いずれも「主権」と「政治化した裁判所」という論法を使っています。
違い(重要な点)
| 項目 | アメリカ | ロシア | イスラエル | サヘル3国 | ハンガリー(旧政権) |
|---|---|---|---|---|---|
| 加盟しているか | 未加盟(署名を撤回) | 未加盟(署名を撤回) | 未加盟 | 加盟国(脱退手続き中) | 加盟国(脱退は撤回) |
| 容疑者 | 現時点でアメリカ人への逮捕状はなし | 現職大統領に逮捕状 | 現職首相に逮捕状 | マリの事態を捜査中 | なし |
| 手段 | 経済制裁・外交圧力 | 欠席裁判での有罪判決・指名手配 | 国内の法律づくり(主に未成立)・入国禁止 | 脱退 | 脱退表明・逮捕の拒否 |
| 民主的な仕組み | 裁判所の審査が機能(訴訟中) | 権威主義 | 議会制民主主義(司法との緊張あり) | 軍事政権 | 選挙で政権が交代し、方針を撤回 |
検証結果:「大国ほどICCを攻撃する」という傾向は見てとれます。ただし、「攻撃する国はみな同じ」とひとくくりにするのは不正確です。アメリカでは自国の裁判所、市民団体、野党が政権に対抗していますし、ハンガリーでは選挙で方針がひっくり返りました。この2点はロシアと決定的に違います。また、中国やインドのような未加盟の大国は、ICCに関心が薄くても、制裁のような攻撃はしていません。決め手になっているのは「未加盟であること」よりも、「自国や同盟国の指導者が実際に訴追の射程に入ったこと」だと考えられます。
見方4:日本政府は「米国に配慮して強く言えない」のか
実際の発言(時系列)
- 2026年1月7日:高市首相が赤根所長の訪問を受け、ICCと赤根所長をしっかり支援していくと伝えました(外務省)。3月31日には茂木外相も支援を表明しています。
- 8月19日:北村俊博外務報道官が談話で、日本はICCを一貫して支持してきたとしたうえで、今回の措置は「大変残念」だと表明しました。高市首相も「大変残念に思っている。米国を含む関係国と意思疎通を継続しながら対応する」と述べました(共同通信)。
- 8月24日:木原官房長官が、赤根所長への必要な支援を表明しました。
- 8月25日:高市首相は「法の支配を重視する日本の立場と相いれず、大変深刻に受け止めている」と表現を強め、「弱腰との批判は当たらない」と反論しました。制裁の対象にしないよう、さまざまなレベルで最後までアメリカに働きかけていたと説明しています(共同通信)。茂木外相も同じ日に、日本の立場と相いれないと述べ、外務省幹部をオランダに派遣して赤根所長から必要な支援を聞き取ったことを明らかにしました。一方で、制裁の撤回を求めるかどうかについては、はっきりした表明を避けています。
- 8月26日:赤根所長が日本記者クラブで会見し、制裁を受ける理由はまったくないと断言し、「ICCは決して負けません」と述べました。日本を含む締約国の支援への期待も示しています。
- 8月28日:茂木外相と赤根所長が電話で会談しました(外務省)。
- 9月22日:高市首相は国連総会の演説でICCへの「一貫した支持」を表明しましたが、アメリカの制裁には直接触れませんでした(時事通信)。同じ日、日本やイギリス、フランス、ドイツなど8か国の外相らが、国際司法機関を守り強化する決意を示す共同声明を出しています(共同通信)。また首相は、トランプ大統領との首脳会談でICCについて率直にやりとりし、今後は日米の外相間で話し合うことで一致したと明らかにしました。
- 10月1日:弁護士らのネットワークと人権団体ヒューマンライツ・ナウが、17万4602筆の署名を尾﨑官房副長官に提出しました(弁護士ドットコムによる)。
- 10月9日:8か国の外相共同声明で「強く反対」を表明しました。高市首相はXに、日本の立場と相いれず深く懸念していること、ICCが本来の役割を果たせるよう必要な支援を行うことを投稿したと報じられています(東京新聞)。
批判する側の意見
- 超党派の「人権外交を超党派で考える議員連盟」は、8月19日に緊急声明を出し、8月24日の総会では、日本の反応は他国と比べて格段に弱いと批判する声明を議決しました。9月15日にこの声明を木原官房長官に提出した際には、首相の「大変残念」という発言を「感想であって、意思ではない」と批判しています。共同会長の中谷元・前防衛相(自民党)は、日米同盟を守ることと法の支配を守ることは二者択一ではないと述べています。
- HRWは日本政府に、トランプ政権の攻撃を強く非難するよう求めています。
- 日本は2025年2月にも、約80の加盟国・地域が出したICC支持の共同声明に加わらなかったと指摘されています(共同通信、HRW)。日本経済新聞は、日本政府の対応は欧州より控えめだと分析しました。
政府側の事情
- 日米同盟は日本の安全保障の柱です。中国、北朝鮮、ロシアと向き合う中で、表立ってアメリカと対立する外交上のコストは大きいと言えます。
- 政府は、公にしない働きかけと、実務的な支援(送金手段の確保、幹部の派遣など)を優先しています。
- 赤根所長がアメリカの金融システムから締め出される実害を小さくするには、表立った非難より水面下の調整のほうが効果的だという判断もありえます。
他国との比較:ICCの本部があるオランダは、ブロッキング規則の準備を欧州委員会に求め、制裁を新たな望ましくない事態の悪化だと批判しました。EUは「必要なあらゆる措置」を、コスタ欧州理事会議長はICCの独立性への「脅威」を表明し、ベルギーはブロッキング規則の即時発動を求めています。日本の言葉は「残念」から「相いれない」「深く懸念」「強く反対(共同声明)」へと強まりましたが、単独でアメリカを名指しして非難したり、撤回を求めたり、法的な対抗措置をとったりはしていない点で、欧州より一段控えめです。
検証結果:「強く言えない」という見方は、最初の対応については事実です。自国出身の所長が同盟国から制裁されたのに「大変残念」とだけ述べたのは、欧州と比べて明らかに弱い表現でした。ただし、その後は表現が段階的に強まり、10月には多国間の共同声明に加わっています。「何も言わない」のではなく、「単独で公に米国を非難することは避け、多国間の枠組みと水面下の交渉で対応する」という意図的な選択と見るのが正確です。その選択が正しいかどうかは、評価が分かれます。
見方5:国際法を無視して力で押し通す世界はどうなるのか
近年の例
- ロシアによるウクライナ侵攻(2022年〜)
- ガザでの大規模な軍事作戦と人道危機
- 2026年のアメリカ・イスラエルによるイランへの攻撃
- アメリカのベネズエラへの介入(2026年1月)
- アメリカによるグリーンランドへの圧力
- サヘル諸国の軍事政権化とロシアへの接近
この問題については、国際政治学で大きく3つの考え方があります。
| 考え方 | 主な主張 | 今回の事態の見え方 |
|---|---|---|
| リアリズム(現実主義) | 国際政治には上に立つ政府がなく、法は大国の利益を映すにすぎない。大国は死活的な利益がかかれば法を守らない | 「本来の姿」に戻っただけ。日本も軍事力と同盟による抑止を最優先すべき |
| リベラル制度論 | 制度は協力のコストを下げ、評判やお互いさまの関係を通じて協力を長続きさせる。大国が抜けても制度は残りうる(政治学者コヘインの議論) | ICCはアメリカ抜きで20年以上機能してきた。ハンガリーのように国内政治の変化で規範に戻ることもある |
| コンストラクティビズム(構成主義) | 規範は、破られても「違反」として認識され、非難される限り生きている | 2026年のノーベル平和賞の選考は、まさに「非難を目に見える形にした」もの |
検証結果:短期的には、「力による支配」の比重が高まっている局面であることは否定できません。ただし歴史を振り返ると、国際法は「守られない時期」を何度も経て強くなってきました。1930年代の混乱の後にはニュルンベルク裁判が、冷戦の後には旧ユーゴスラビアやルワンダの国際刑事法廷が生まれています。
見方6:「法律は良識ある人のためのもので、力ある者には役に立たない」のか
この見方を支える根拠
- ICCには逮捕を実行する機関がありません。プーチン氏やネタニヤフ氏は逮捕されておらず、バシル氏も長年逃れました。モンゴルやハンガリー(旧政権)は逮捕を拒みました。
- 大国は、国連安全保障理事会での拒否権を使って、事件がICCに持ち込まれるのを止められます。
反対の見方(事実にもとづく反証)
- 長い目で見た訴追の実績:旧ユーゴスラビア国際刑事法廷(ICTY)は、現職の国家元首だったミロシェビッチ元大統領を起訴し、2001年に移送しました(2006年、判決前に死亡)。ムラディッチ、カラジッチの両氏も、十数年の逃亡の末に終身刑を受けています。ルワンダ国際刑事法廷(ICTR)は、ジェノサイドの罪で史上初の有罪判決を出しました。ピレイさんは同法廷の裁判官として、この「アカイェス判決」に関わっています。シエラレオネ特別法廷は、リベリアのテイラー元大統領に禁錮50年を言い渡しました(2012年)。ICC自身も、脱退した国の元大統領ドゥテルテ氏の移送を受け、裁判にかけています。
- 移動の制限:プーチン氏は2023年、南アフリカで開かれたBRICS首脳会議への出席を見送りました。逮捕状は「どこへ行けるか」を実際に狭めています。
- 正当性を与えたり奪ったりする力:逮捕状は、国際的な孤立と、交渉での弱みを生みます。アメリカやロシアがこれほどの力を注いでICCを攻撃していること自体が、ICCが「無視できない存在」である証拠です。
- 国内政治を通じた効果:ハンガリーでは政権交代で脱退が撤回され、新しい首相がネタニヤフ氏への逮捕状に従う姿勢を示しました。アメリカでも連邦地裁が大統領令の一部を違憲と判断しています。法は、国内の裁判所や選挙を通じて「力」を縛ることがあるのです。
検証結果:「法は、力のある違反者をすぐには止められない」という部分は正しいと言えます。しかし、「役に立たないことが明らかになった」という結論は、短い期間の観察から長い流れを見誤った言いすぎです。より正確には、「国際法はすぐに効く強制力は弱いが、時間、国内政治、国際的な連帯を通じて、強い者にも遅れて効く」ものです。また、海のルール、航空、貿易、外交関係など、国際法がふだん機能している分野では、大国も含めて大半のルールが日常的に守られています。
これからの世界:考えられる3つのシナリオ
今後の展開としては、ICCが重い負担を抱えながらも存続する「分断・持続シナリオ」が最も可能性が高いと考えられます。ここで示すのは、2026年10月時点の情報にもとづく見通しで、確定した事実ではありません。
- 分断・持続シナリオ(最も可能性が高い):ICCはアメリカの制裁でお金の面や業務に重い負担を受けながらも、欧州系サービスへの切り替えやEUの支援で存続します。ブロッキング規則が発動されるか、アメリカ国内の訴訟がどうなるか、アメリカの6か月の猶予期間が終わる時期(2027年4月ごろ)が節目になります。脱退を通告した国はサヘル3国、チャド、ベネズエラ、ナウルの6か国で、加盟国の大半は残ります。
- 侵食シナリオ:アメリカの圧力で、NATO加盟国など一部の同盟国が脱退し、資金が減って、ICCが重要な事件を処理できなくなります。「勝った側だけが裁く」時代に逆戻りし、力のある国が罰を受けないことが当たり前になります。
- 回復シナリオ:アメリカの裁判所の判断や、将来の政権交代(2028年の大統領選挙)で制裁が解除されます(2021年に前例があります)。ドゥテルテ裁判の進展や逮捕状の執行でICCが実際に機能することが示され、加盟国が増えます。
日本と私たちにできること
日本にとって現実的な道は、日米同盟を保ちながら、実務的な支援と国際的な連携でICCを支えることです。ここでは、専門家の議論をもとにした日本政府の選択肢と、私たち一人ひとりができることを整理します。
日本政府の選択肢
- 日米同盟とICC支持の「両立」を言葉ではっきり示す:同盟は安全保障の協力であって、司法の独立への介入まで支持する義務はありません。「同盟国だからこそ率直に言う」という姿勢は、欧州の同盟国もとっています。
- 実務的な備えを主導する:外務省「国際刑事裁判所(ICC)の概要」(2026年9月)によると、日本は最大の資金拠出国です(分担率約14.68%、2026年の拠出額は約46億円)。その立場から、ICCの決済、IT、保険などでアメリカ以外の代わりの手段を確保するための資金や技術を支援できます。ICCで働く日本人職員を守ることや、日本版の「ブロッキング的な措置」(アメリカの二次制裁から国内企業を守る法的な枠組み)を検討することも選択肢です。
- 中規模の国々(ミドルパワー)との連携:10月9日の8か国共同声明の枠組みを常設化することや、カナダ、オーストラリア、韓国、ニュージーランドなどアジア太平洋の加盟国との連携を強めることが考えられます。ICCへの加盟が少ないアジア地域で、加盟を促し、人材を育てる取り組み(東京国際法セミナーなど)を続けることも大切です。
- 一貫性を保つ:ロシアによるICC関係者の訴追には強く抗議しながら、アメリカの制裁には弱いままでは、「法の支配」を掲げる外交の信頼性が損なわれます。ダブルスタンダード(二重基準)を避けることが、日本の外交上の財産を守ることになります。
- 安全保障での自助努力:リアリズムの警告どおり、法だけでは安全は守れません。防衛力と同盟による抑止は必要です。ただし、「力」と「法」はどちらか一方を選ぶものではありません。中小の国にとっては、法の支配こそが大国の身勝手から身を守る最大の盾なのです。
国際社会とミドルパワーの動き
- EU:政治・財政・実務の各面での支援と、ブロッキング規則の準備を進めています。
- ハンガリー:選挙で政権が交代し、ICCへの残留に戻りました。
- アフリカ:サヘル3国やチャドが離脱へ向かう一方で、外務省の資料によると、125の締約国のうちアフリカは33か国と、今も最大の地域グループです。
- カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、デンマーク:日本とともに共同声明に加わりました。
- グローバルサウス(新興国・途上国):「欧米の二重基準」への不満と、国際司法への期待(南アフリカによる国際司法裁判所〈ICJ〉への提訴など)が同時に存在しています。
市民・個人ができること
- 情報を見極める:ICC、外務省、国連の発表などの一次情報や、複数の大手メディアで事実を確かめ、SNSの断片的な情報だけに頼らないことが大切です。
- 意思を示す:赤根所長への制裁撤回を求める署名(17万筆超)のような活動は、政府への働きかけとして一定の効果を持ちました。地元選出の国会議員に意見を伝えることもできます。
- 市民団体を支える:ICCを支える市民社会のネットワーク(ICCのための連合〈CICC〉、HRW、アムネスティ、ヒューマンライツ・ナウなど)への寄付や参加ができます。
- 学ぶ:赤根所長の著書は、関心の高まりを受けて重版が決まったと報じられています。国際法の基本を知ることが、「力の論理」に流されない世論の土台になります。
この記事を読むうえでの注意点
本記事は2026年10月10日時点の情報をもとにしています。状況は日々動いているため、次の点には注意が必要です。
- カーン氏の解任(2026年7月)は、外務省の談話や共同通信の報道で確認できます。ただし「82か国が賛成」という票数は、一次資料での確認ができていません。
- ICC本体への制裁で「17人の裁判官・検察官が指定された」とする報道(UPI)もありますが、ほかの主要な報道では確認できませんでした。
- ロシアによる赤根所長らの引き渡し要請と、それに対する日本の反応は、二次的なニュースサイトの報道にもとづいています。
- イスラエルのICC協力禁止法案が第1読会を通過していないことは、検索で記録を見つけられなかったことにもとづく推定です。イスラエル国会の法案データベースでの確認はできていません。
- アメリカの6か月の猶予期間など、10月9日の制裁の細かな内容は、報道ベースの情報です。
- アメリカ国内の訴訟(6月・8月に提訴)は、いずれも判決前で、結論は決まっていません。
- 「これからの世界」のシナリオは分析にもとづく見通しで、予測を含みます。
よくある質問
ICCとICJ(国際司法裁判所)は何が違うのですか?
ICCは、ジェノサイドや戦争犯罪などを犯した「個人」を裁く裁判所です。一方、ICJは国連の機関で、「国と国」の争いを扱います。どちらもオランダのハーグにありますが、裁く相手がまったく違います。
アメリカはICCに加盟していないのに、なぜ米国人が捜査対象になるのですか?
ローマ規程第12条により、加盟国の領土で起きた犯罪であれば、容疑者が未加盟国の国民でもICCは管轄権を持つからです。アフガニスタンはICCの加盟国のため、そこでの米兵の行為が捜査の対象になりました。アメリカは、同意していない国の国民を裁くのは国際法の原則に反すると反論しています。
国がICCを脱退すれば、捜査や裁判から逃れられますか?
逃れられません。脱退は通告から1年後に効力が生じ、加盟していた期間の犯罪や、すでに始まっている捜査には影響しません。フィリピンのドゥテルテ元大統領が脱退後に引き渡され、裁判にかけられているのがその例です。
赤根所長への制裁で、具体的にどんなことが起きていますか?
アメリカにある資産が凍結され、アメリカへの入国も禁止されました。アメリカの金融システムが事実上使えなくなるため、アメリカ企業が発行するクレジットカードや、アメリカのIT大手のサービスも使えなくなると赤根所長自身が語ったと報じられています。日本政府は送金手段の確保などで支援しているとしています。
日本はICCにどれくらいお金を出していますか?
外務省「国際刑事裁判所(ICC)の概要」(2026年9月)によると、日本は最大の分担金拠出国で、分担率は約14.68%(2026年)です。2026年の予算に対する拠出額は約46億円とされています。
まとめ
ICCが攻撃される根本の理由は、「加盟していない国の指導者や軍人でも、加盟国の領土で起きた重大犯罪なら裁かれうる」という仕組みにあります。自国や同盟国の指導者が実際に訴追の対象になったとき、大国は制裁や欠席裁判といった手段でICCに対抗してきました。
この記事のポイントを振り返ります。
- アメリカは個人への制裁を重ね、2026年10月9日にはICC本体を制裁した
- ロシアは欠席裁判で赤根所長らに有罪判決を出し、イスラエルは国内の法律でICCへの協力を封じようとしている
- 一方で、ハンガリーの脱退撤回やドゥテルテ元大統領の裁判など、法が「遅れて効く」例もある
- 日本は最大の資金拠出国・所長の出身国として、同盟と法の支配を両立させる外交が問われている
国際法は、すぐに強者を止める力は弱くても、時間と国内政治と国際的な連帯を通じて効いてきました。次の一歩として、2026年11月30日に予定されているドゥテルテ元大統領の初公判のニュースに注目してみてください。ICCが実際にどう機能しているのかを、自分の目で確かめるよい機会になります。
参考リスト
- 国際刑事裁判所(ICC)|外務省
- 国際刑事裁判所(ICC)の概要(2026年9月)|外務省
- Duterte case: Trial to open on 30 November 2026|ICC
- ‘Rogue court’: US sanctions ICC hours after ex-judge wins Nobel Prize|Al Jazeera
- US to impose fresh sanctions on ICC, banning transactions with ‘rogue court’|The Times of Israel
- Rubio Announces U.S. Is Imposing Sanctions on ‘Rogue’ International Criminal Court|Yahoo News(Mediaite)
- 米政権、ICC赤根所長らを制裁対象に 解体に向けた取り組み強化する中|CNN.co.jp
- 米国政府、ICC赤根智子所長らに制裁|ヒューマン・ライツ・ウォッチ
- 米国がICC赤根所長に制裁 「国家主権に攻撃認めず」|秋田魁新報(共同通信)
- 高市首相、米制裁「相いれず」 国際刑事裁判所、弱腰批判に反論|秋田魁新報(共同通信)
- ICC問題、日米の外相間で協議 首相、トランプ氏との会談で一致|秋田魁新報(共同通信)
- 「国際司法機関を保護」 ICC念頭、日欧が声明|熊本日日新聞(共同通信)
- 高市首相、ICC「一貫して支持」=米制裁には触れず―国連演説|nippon.com(時事通信)
- 「ICCは決して負けません」 “米から制裁”ICC赤根所長が会見|KAB熊本朝日放送
- 自民・中谷氏らICC制裁措置への緊急非難声明|KAB熊本朝日放送
- ICC「制裁」を非難 超党派人権議連が声明|しんぶん赤旗
- ICC「制裁」 米に即時撤回求めよ 超党派議連、日本政府に要請|しんぶん赤旗
- 法のとりで維持に正念場 日本政府、覚悟問われる|新日本法規(共同通信)
- Rubio hits 2 more International Criminal Court judges with sanctions|Yahoo News(AP)
- Rubio unveils new sanctions targeting the International Criminal Court|Yahoo News(CNN)
- Executive Order 14203|Wikipedia
- UN experts denounce Russia conviction of ICC prosecutor|JURIST
- Moscow court sentences International Criminal Court leadership to prison in absentia|Mediazona
- Parliament votes to revoke Hungary’s withdrawal from ICC|Telex
- Hungarian Parliament Votes to Reverse ICC Withdrawal|ASIL
- Burkina Faso/Mali/Niger: Withdrawal from the Rome Statute consecrates impunity|Amnesty International
- Sahel Countries’ Withdrawal from ICC Betrays Victims|Human Rights Watch
- ICC body urges Chad and Venezuela to reverse course on withdrawal|Al Jazeera
- What drove Venezuela’s decision to leave the ICC?|Al Jazeera
- Israel’s parliament dissolves ahead of Oct. 27 elections|ABC News(AP)
- Knesset dissolves: How will Israel vote in October’s general election?|Al Jazeera
- Nobel Peace Prize jury treads carefully after Trump campaign|Malay Mail(AFP)
- Joint Letter to the Japanese Government Supporting the International Criminal Court|Human Rights Watch
- 米国の”ICC赤根所長制裁”で愛知県弁護士会が日本政府に”明確な抗議”求める理由|弁護士JP
- Navanethem (Navi) Pillay|South African History Online

