スーパーで、ウォーキング中に、駅の待合室で。
「あの人は、どんな暮らしをしている人なんだろう?」
そんなふうに、見知らぬ誰かのことをつい想像してしまった経験はありませんか?
実は私には、この「ついつい人間観察」の癖があります。買い物に行けば、レジに並ぶ人のかごの中身が気になり、散歩に出れば、すれ違う人の歩き方や服装から、その人の生活を勝手に思い描いてしまうのです。
そこで、この癖を思い切って連載にすることにしました。題して『今日からあなたもプロファイラー』。犯罪捜査ではなく、日常で出会う「ちょっと気になる人」を題材に、行動科学や心理学、統計学などのテクニックを紹介しながら、観察力と推理力を一緒に鍛えていこうという企画です。
毎回、私自身の推理に加えて、AIにも同じデータでプロファイリングしてもらいます。人間の直感とAIの分析、どちらが真相に近づけるのか。その勝負もお楽しみいただければと思います。
プロファイラーの心得(最初に大切なお約束)
本題に入る前に、この連載のルールを決めておきます。
- 観察はさりげなく。相手をじっと見つめたり、後をつけたりしない
- 推理は頭の中だけで楽しむ。本人に話しかけて確かめたりしない
- 写真を撮ったり、個人が特定できる情報を広めたりしない
- 「決めつけ」ではなく「〜の可能性が高い」という確率で考える
人間観察は、相手に迷惑をかけない範囲で楽しむからこそ面白いもの。この心得は、毎回の前提として覚えておいてください。
なお、今回の第1回だけは、私が実際に見かけた方がモデルです。ご本人が特定されないよう、曜日や細かな設定は一部変えています。第2回以降は、架空の人物をモデルにしていきます。
今回のターゲット:特売日の朝に現れる女性
私がよく行くスーパーには、特売日が週に何度かあります。その特売日の朝、開店して間もない時間に、決まって見かける女性がいます。観察してきたデータを整理すると、次のようになります。
【観察データ】
- 体格:身長160cmほど、かなりのやせ型
- 服装:いつもシンプルなTシャツに細身のジーンズ、黒のスニーカー。飾り気はない
- 顔立ち:はっとするような、印象的な顔立ち
- 来店時間:平日の開店直後、朝9時過ぎ
- 来店日:特売日にはほぼ毎回。そのうちの1日は「シルバーデー(65歳以上は10%割引)」と重なっている
- 同伴者:ふだんは一人。ときどき小学生の女の子を連れている
- 移動手段:自分で車を運転してくる
- 店内の様子:少し前かがみの姿勢で、歩き方がややゆっくり
- 買い物:毎回かごいっぱい。ときどき仏花も買っていく
さて、ここで皆さんにも考えていただきたいのです。
この女性は、何歳くらいで、どんな家族と暮らしている人だと思いますか?
少しだけ時間をとって、ご自分なりの答えを決めてから、先へ読み進めてみてください。
推理① 私の第一印象「40歳前後」
私が最初に感じたのは、「40歳前後の女性だろう」ということでした。顔立ちの印象や、細身のジーンズを自然に着こなしている雰囲気からの、直感的な判断です。
ところが、考えれば考えるほど迷いが出てきました。
- シルバーデーに来ているということは、65歳以上なのでは?
- 平日の朝9時に買い物に来られるのは、リタイアした世代だからでは?
- だとすると、連れている女の子は娘ではなく、お孫さん?
- 仏花を買うのは、高齢の家族と暮らしているから?
直感では40代。でも、手がかりを並べると60代以上にも見えてくる。自分ひとりでは決めきれなくなった私は、AIに相談してみることにしました。
推理② AIが出した3つの仮説
同じ観察データをAIに渡したところ、次のような仮説が返ってきました。(実は2種類のAIに相談したので、仮説は3つになりました。)
仮説A:家族を支える「多忙な40代」説
かごいっぱいの買い物は、人数の多い家族の食卓を支えている証拠。仏花は自宅に仏壇があることを示しており、親世代との同居や、親の生活のサポートをしている可能性がある。飾り気のない服装は、朝のうちに家事や子どもの送り出しを済ませ、自分の身なりにまで手が回らない忙しさの表れではないか、という推理です。
仮説B:若々しい「65歳以上のおばあちゃん」説
シルバーデーの来店を額面どおりに受け取った推理です。見た目は若々しくても実年齢は65歳以上。連れている女の子はお孫さんで、平日の朝はリタイア世代にとって買い物に最適な時間帯。少し前かがみの姿勢やゆっくりした歩き方も、年齢相応のものだと考えられる、というものです。
仮説C:その中間「50代後半〜60歳前後」説
もう一方のAIは、両極端の間をとりました。この年代なら小学生の孫がいてもおかしくなく、見た目が若々しくても不自然ではない。三世代の家族を切り盛りしているとすれば、かごいっぱいの買い物や仏花とも話が合う、という推理です。
私の直感は「40代」、AIの仮説は三者三様。ここで、今回の推理に役立つテクニックを紹介しましょう。
今回のテクニック:手がかりの「重さ」を量る
推理がぶれてしまう原因の多くは、すべての手がかりを同じ重さで扱ってしまうことにあります。そこで役に立つのが、次の二つの考え方です。
テクニック1:その手がかりで「差」がつくか?(ベイズ的な考え方)
統計学には、新しい手がかりが見つかるたびに推測を少しずつ更新していく「ベイズ推定」という考え方があります。難しい計算は抜きにして、その核心だけを取り出すと、こういう問いになります。
「その手がかりは、Aという人だった場合と、Bという人だった場合で、見られる確率に差があるか?」
差が大きい手がかりほど、推理を強く後押しします。逆に、どちらの場合でも同じくらい見られる手がかりは、いくら目立っていても推理にはほとんど役に立ちません。
この視点で、今回の手がかりを分けてみましょう。
- 40代説を後押しするもの:顔立ちの印象、細身のジーンズとTシャツという服装
- 65歳以上説をやや後押しするもの:前かがみの姿勢、ゆっくりした歩き方(ただし、体質や性格、買い物リストを考えながら歩いているだけ、ということもよくある)
- どちらとも言えないもの:平日の朝9時(主婦、出勤前のパート、在宅勤務、リタイア層のどれでもあり得る)、小学生の女の子(娘でも孫でも成り立つ)、仏花(仏壇のある家庭は珍しくない)、車の運転、かごいっぱいの買い物(家族が多いことは分かるが、世代は分からない)
こうして並べると、年齢を強く絞り込める手がかりは意外に少ないことが分かります。
テクニック2:「交絡(こうらく)」を見抜く
では、いちばん気になる「シルバーデー」はどうでしょうか。ここが今回最大のポイントです。
シルバーデーの木曜日は、特売日でもありました。そして彼女は、特売日にはほぼ毎回来ています。つまり、木曜日に来ているのは「シルバーデーだから」ではなく、「特売日だから」と考えれば、年齢とは関係なく説明がついてしまうのです。
このように、二つの条件が重なっているせいで、本当は別の理由で起きていることを、もう一方の条件のせいだと思い込んでしまう現象を、統計学では「交絡」と呼びます。
交絡の身近な例
「アイスクリームがよく売れる日は、水の事故も多い」というデータがあったとします。だからといって、アイスが事故の原因ではありません。両方とも「暑い日」という共通の条件で増えているだけです。今回の「シルバーデー」と「特売日」も、これと同じ構造です。
シルバーデーという言葉はとても目立つので、つい「65歳以上の手がかりだ」と飛びつきたくなります。しかし冷静に見れば、それは手がかりではなかった可能性が高いのです。
答え合わせ:真相は「30〜40代、小学生の娘さんのいるお母さん」
その後も、いつもの買い物のついでに(もちろん、さりげなく)見かけるたびに様子を気に留めていました。すると、女の子との自然なやりとりなどから、どうやら30代から40代の女性で、一緒にいる女の子は小学生の娘さんらしい、ということが分かってきました。
結果は、私の第一印象「40歳前後」がいちばん近かったことになります。AIの仮説Aもほぼ正解でしたが、仮説Bと仮説Cは外れでした。第1回は、ひとまず人間の直感の勝ちです。
なぜ推理は迷ったのか?
答え合わせのあとで振り返ると、推理が迷った理由がよく見えてきます。
理由1:目立つ手がかりに引っ張られた
「シルバーデー」という分かりやすい言葉は、どうしても注目を集めます。心理学では、目立つ情報ほど判断に大きな影響を与えやすいことが知られています。私もAIも、この目立つ手がかりに引っ張られて、「65歳以上かもしれない」という仮説を立ててしまいました。
理由2:弱い手がかりまで説明しようとした
AIは、渡されたデータを一つも取りこぼさず説明しようとします。それ自体は長所ですが、姿勢や歩き方のような「どちらとも取れる弱い手がかり」まで年齢の証拠として扱った結果、仮説が広がりすぎてしまいました。
理由3:人間の直感には「言葉にならない情報」が含まれている
一方、私の第一印象には、何度も直接見ている中で感じ取った雰囲気や表情、身のこなしといった、データには書ききれない情報が含まれていました。心理学には「薄切り判断(シン・スライシング)」という研究があり、人はごく短い観察からでも、相手の特徴をかなりの精度で見抜けることが報告されています。もちろん直感がいつも正しいわけではありませんが、今回はそれがうまく働いたようです。
プロファイラーの本音
ここで、冷静な分析をいったん脇に置いて、正直な気持ちを書いておきます。
実は私は、心のどこかで「彼女が私と近い世代、65歳以上であってほしい」と思っていました。もしそうなら、同世代にこんなに若々しく、さっそうと車を運転して買い物をこなす人がいるのだと、なんだか勇気をもらえる気がしたからです。
結果は願いどおりにはなりませんでした。けれど、この「こうであってほしい」という気持ちもまた、推理をゆがめる立派な落とし穴です。心理学ではこれを「確証バイアス」と呼び、自分の期待に合う情報ばかりを集めてしまう傾向のことを指します。私の場合、シルバーデーという手がかりに心が躍ったのは、まさにこのバイアスのせいだったのかもしれません。
プロファイラーへの道は、まず自分の願望に気づくところから。そう教えてもらった第1回でした。
今回のまとめ
- 手がかりには「重さ」がある:その手がかりで、仮説の間に差がつくかを考える
- 交絡に注意:「シルバーデー」と「特売日」のように、条件が重なっていないか確かめる
- 目立つ情報ほど疑う:分かりやすい手がかりほど、判断を引っ張りやすい
- 直感も大切なデータ:繰り返し観察した印象には、言葉にならない情報が含まれている
- 自分の願望を自覚する:「こうであってほしい」は確証バイアスの入り口
皆さんの最初の推理は、当たっていたでしょうか?
次回からは架空の人物をモデルに、また新しいテクニックを紹介していきます。今日のお出かけでは、すれ違う人の「手がかりの重さ」を、少しだけ意識してみてください。
※本記事に登場する人物は、実際の観察をもとに、特定されないよう設定の一部を変更しています。

