はじめに
新人王をとった選手が翌年に成績を落とす「2年目のジンクス」や、部下や子どもを叱ったら次は良くなったという経験。こうした出来事の裏には、「平均への回帰」という統計の現象が隠れていることがよくあります。原因がないのに、まるで原因があるように見えてしまう、少し不思議な仕組みです。
👇 本記事でわかる3つの重要ポイント 👇
- 【テーマ1】平均への回帰のしくみと発見の歴史
- 【テーマ2】2年目のジンクスと「叱ると伸びる」錯覚の正体
- 【テーマ3】日常で数字にだまされないためのコツ
数式は使わず、サイコロや身近な例で説明します。読み終えるころには、ニュースや職場の「たまたま」を冷静に見分けられるようになるはずです。
平均への回帰とは?「たまたま」は続かないという現象
平均への回帰とは、極端に良い(または悪い)結果が出たあと、次の結果はふつうに近づきやすいという現象です。何かが働きかけたからではなく、結果の中に「運」が混ざっているだけで自然に起こります。
英語では「regression toward the mean」と呼ばれます。英語版ウィキペディアでは、ある値が極端だったとき、同じものを次に測ると平均に近い値が出やすい現象として説明されています。
成績は「実力+運」でできている
テストの点数やスポーツの成績は、実力だけで決まるわけではありません。体調、天気、問題との相性、対戦相手の調子といった、本人にはどうにもならない要素も加わります。
とくに良い結果が出たときは、実力に加えて運も味方していた可能性が高いと考えられます。ところが運は次も続くとは限りません。そのため、次回は運の上乗せが消え、結果が実力に近い水準へ戻りやすくなります。悪い結果のときはその逆で、不運が消えれば成績は上向きます。
サイコロで考えるとすぐわかる
たとえば、100人がサイコロを1回ずつ振り、5か6を出した人だけを集めたとします。この人たちの平均は5.5で、全体の平均3.5よりずっと高くなります。
では、この人たちにもう一度振ってもらうとどうなるでしょうか。サイコロに腕前はないので、平均はやはり3.5前後に戻ります。「好成績の人だけを選んで、もう一度測る」と、数字が平均の方へ戻って見えるのです。
現実の成績は、サイコロほど運だけで決まるわけではありません。米国の統計学教材「Online Statistics Education」では、運の影響が大きいほど、平均への戻り方も大きくなると説明されています。逆に、実力だけで結果が決まるなら、平均への回帰は起こりません。
発見者はゴルトン:親子の身長から生まれた言葉
平均への回帰を最初に数字で示したのは、19世紀のイギリスの研究者フランシス・ゴルトンです。進化論で知られるダーウィンのいとこにあたり、親から子へ受け継がれる特徴に強い関心を持っていました。
ゴルトンは1875年ごろ、スイートピーの種の大きさを親と子で比べる実験を行いました。続いて人間の身長を調べ、1886年に「遺伝的な身長における平凡への回帰」という意味の題名の論文を発表しています。
ゴルトンが気づいたのは、とても背の高い両親の子どもは平均より高いものの、親ほど高くはなりにくいという傾向でした。英語版ウィキペディアによると、ゴルトンは身長の場合、子どもは親の「平均からのずれ」のおよそ3分の2程度にとどまると見積もりました。背の低い親の子どもも同じように、平均の方へ寄っていきます。
この研究がきっかけで「回帰(regression)」という言葉が統計学に定着し、今では「回帰分析」というデータ分析の基本手法の名前にもなっています。もともとは遺伝の話でしたが、のちに運やばらつきが混ざるあらゆる場面で起こる現象だとわかりました。
「2年目のジンクス」の正体は平均への回帰
デビューの年に大活躍した選手が翌年に成績を落とす「2年目のジンクス」は、多くの場合、平均への回帰で説明できます。呪いや慢心のせいと決めつける前に、「1年目がどれくらい運に恵まれていたか」を考える必要があります。
新人王の翌年に成績が落ちる理由
新人王やベストルーキーに選ばれるのは、その年の新人の中でとびぬけて良い成績を残した選手です。その中には、実力が高い選手と、実力に加えて運にも恵まれた選手が混ざっています。
翌年、運の上乗せがなくなれば、成績は本来の実力に近づきます。英語版ウィキペディアでは、米プロバスケットボールNBAのカーメロ・アンソニー選手の例が紹介されています。2004年のルーキーシーズンがあまりに好成績だったため、翌2005年には数字が下がったという例です。
もちろん、2年目には相手チームに研究される、けがをする、といった本当の原因がある場合もあります。平均への回帰は「理由のひとつ」であり、すべてを説明するわけではない点には注意が必要です。
スポーツ雑誌の表紙のジンクス
アメリカには「スポーツ誌『スポーツ・イラストレイテッド』の表紙を飾ると不調になる」というジンクスがあります。表紙に選ばれるのは、絶好調の時期にある選手です。米科学誌「ディスカバー」の記事も、このジンクスを平均への回帰の一種として紹介しています。
経済学の人気ブログ「フリークノミクス」によると、同誌自身もこのジンクスを特集したことがあり、その中では統計の専門家が平均への回帰で説明しています。一方で、スポーツ心理学者のように、精神面の影響もあると考える専門家の意見も紹介されており、すべてが統計だけで片付くとは言い切れません。
不調だった選手は「復活」しやすい
平均への回帰は、成績が下がる方向だけではありません。英語版ウィキペディアによると、大リーグの打率では、平均より高かった選手は翌年に下がりやすく、平均より低かった選手は翌年に上がりやすい傾向があります。
つまり「どん底からの劇的な復活」の一部も、同じ仕組みで起きています。ジンクスとして話題になりやすいのは下がる方だけなので、私たちは片側しか目にしていないのです。
叱ったら伸び、ほめたら落ちる?カーネマンと飛行教官の話
「叱った方が成績が上がる」という印象も、平均への回帰が生む錯覚の代表例です。これを見抜いたのが、2002年にノーベル経済学賞を受賞した心理学者ダニエル・カーネマンです。
ベテラン教官の「経験則」
カーネマンは著書『ファスト&スロー』で、イスラエル空軍の飛行教官たちに講義をしたときの体験を紹介しています。彼が「失敗を罰するより、うまくできたときにほめる方が学習に効果的だ」と話すと、ベテラン教官が反論しました。
その教官の言い分は、次のようなものでした。きれいに飛べた訓練生をほめると次は失敗しやすく、ひどい飛び方をした訓練生を怒鳴ると次はうまくなる。だから、ほめる方が効くという話は現場の経験と逆だ、というのです。
カーネマンは、教官が見た事実そのものは正しいと認めました。しかし、そこから「叱ると効く」と結論づけたのは誤りでした。とても上手に飛べたときは運も良かった可能性が高く、次は少し下がりやすい。ひどく失敗したときは不運も重なっていた可能性が高く、次は少し上がりやすい。ほめても叱っても、成績は同じように動いていたのです。
コイン投げで確かめた実験
カーネマンはその場で、簡単な実験をしました。参加者に、後ろ向きのまま的に向かってコインを2回投げてもらい、的からの距離を測ったのです。ほめることも叱ることも一切しません。
結果は、1回目に的の近くに投げた人の多くが2回目は遠ざかり、1回目に大きく外した人の多くが2回目は近づくというものでした。声かけがなくても、成績は勝手に平均の方へ戻っていったわけです。
「叱るとうまくいく」と感じてしまう落とし穴
人は、相手がうまくいったときにほめ、失敗したときに叱りがちです。すると、ほめた直後には成績が下がり、叱った直後には成績が上がる場面を何度も見ることになります。
カーネマンは、人間はほめると統計的に「罰を受け」、叱ると「報われる」立場に置かれている、という趣旨のことを述べています。この思い込みは、経験を積むほど強くなりやすいのが厄介な点です。叱ることの効果を判断するには、叱らなかった場合とも比べる必要があります。
日常にひそむ平均への回帰の例
平均への回帰は、スポーツや教育だけでなく、健康、ビジネス、交通安全など、身の回りのあちこちで起きています。よくある場面を表にまとめました。
| 場面 | ありがちな解釈 | 平均への回帰で考えると |
|---|---|---|
| 健康診断で数値が悪かった人が、翌年は改善した | 始めた健康法が効いた | 悪い年は一時的な変動も重なっていた可能性がある |
| 事故の多い交差点に監視カメラを設置したら事故が減った | カメラの効果がすべて | 事故が多かった年の翌年は、自然に減りやすい分も含まれる |
| 過去3年で一番成績の良かった投資信託 | 今後も一番であり続ける | 今後は相対的な順位が下がりやすい |
| 大ヒット作を出した俳優の次回作 | 人気が落ちた | 前作が出来すぎで、次は平均に近づきやすい |
健康診断の例は、研究でも確かめられています。日本の男性事務職547人の、1998年と1999年の健康診断データを分析した研究では、1年目のコレステロールや中性脂肪が高かった人ほど、翌年に数値が下がる傾向がはっきり見られました。研究者は、この変化の一部が平均への回帰によるものだと指摘しています。
ただし、だからといって再検査を軽く見てよいわけではありません。数値の変化が体の状態の変化なのか、一時的なばらつきなのかは、自分では判断できません。健康に関わることは、個人の状況によって異なるため、医師や医療機関にご相談ください。
英語版ウィキペディアによると、イギリスでは事故の多い場所にスピード違反の監視カメラを置く政策について、統計の専門家が、平均への回帰を考えないと効果が実際より大きく見積もられると指摘しました。カメラに効果がないわけではなく、「どれくらい効いたか」を正しく測るのが難しいということです。
平均への回帰にだまされないための3つのコツ
平均への回帰による錯覚を避けるには、「なぜその人やそのデータが選ばれたのか」と「何と比べているのか」を確かめるのが基本です。次の3つを意識するだけで、数字の見え方が変わります。
- 選ばれ方を確認する:「最も悪かった」「最も良かった」ものだけを集めた話なら、次は平均に近づくのが当たり前だと考えます。
- 比べる相手を探す:何もしなかったグループと比べて、それでも差があるかを見ます。医薬品の試験で、くじ引きのように無作為に分けた比較グループを置くのはこのためです。
- 1回で判断しない:1回の結果ではなく、何回か分の平均や長い期間の傾向で評価します。
職場や家庭でも同じです。部下や子どもが大きく失敗した直後に叱って良くなっても、それが叱ったおかげとは限りません。逆に、ほめたあとに少し調子を落としても、ほめたことが悪かったわけではありません。
よくある誤解:「平均に戻す力」が働くわけではない
平均への回帰は、何かの力が数字を引き戻しているわけではありません。英語版ウィキペディアでも、因果関係による現象ではないと説明されています。
たとえば、コインで表が10回続いたあと「そろそろ裏が出るはず」と考えるのは誤りです。これは「ギャンブラーの誤謬(ごびゅう)」と呼ばれる思い込みで、次に表が出る確率は相変わらず2分の1です。また、平均への回帰は集団全体の「傾向」の話です。極端な成績だった人が全員、必ず平均に戻るわけではありません。
よくある質問
平均への回帰は、時間がたつとみんな平均的になるという意味ですか?
いいえ、違います。極端な結果を出した人が次は平均に近づきやすい一方で、別の人が新たに極端な結果を出すため、全体のばらつきは変わりません。英語版ウィキペディアでも、2回目の測定全体が1回目より平均に近づくわけではないと説明されています。
2年目のジンクスは、すべて平均への回帰で説明できますか?
すべてではありません。相手に研究される、けがをする、環境が変わるなど、本当の原因がある場合もあります。平均への回帰は、そうした理由がなくても成績が下がって見える「土台の仕組み」と考えるとよいでしょう。
結局、叱るのとほめるのはどちらが効果的ですか?
平均への回帰を知っても、どちらが正解かは直接わかりません。わかるのは「叱った直後に良くなった」という経験だけでは、叱る効果の証拠にならないということです。カーネマン自身は、もともと失敗を罰するより上達をほめる方が効果的だという研究結果を教官たちに伝えていました。
平均への回帰が起こりやすいのはどんなときですか?
結果に運や一時的な変動が大きく関わるときほど起こりやすくなります。また、成績上位や下位など、極端な結果だけを選んで次を観察するときに目立ちます。実力だけで結果が決まる場合は、ほとんど起こりません。
まとめ
平均への回帰とは、極端な結果のあとは平均に近い結果が出やすいという、運が混ざる場面ならどこでも起こる現象です。2年目のジンクスも、叱ったら伸びたように見える経験も、その多くはこの仕組みで説明できます。
覚えておきたいのは、「極端な結果のあとの変化を、すぐに何かのおかげ・何かのせいにしない」ということです。次に「○○したら良くなった」という話を聞いたら、「選ばれ方」と「比べる相手」がそろっているか、ひとつ確かめてみてください。それだけで、数字や経験にだまされにくくなります。
参考リスト
- Regression toward the mean – Wikipedia
- Regression Toward the Mean – Online Statistics Education
- Why Even Tiger Has Off Days – Discover Magazine
- The Curse of ‘Play’? – Freakonomics
- Daniel Kahneman on regression to the mean – Daily Speculations
- Thinking, Fast and Slow Part 2, Chapter 17 Summary – LitCharts
- Magnitude of the Regression to the Mean within One-year Intra-individual Changes in Serum Lipid Levels among Japanese Male Workers – PMC
- 回帰と相関(日本赤十字九州国際看護大学 学術リポジトリ)

