小さな子どもを両手で持ち上げる「たかいたかい」。子どもは大喜びしますが、ふと疑問がわきます。赤ちゃんの頃から毎日欠かさず続けていたら、子どもが大人になっても「たかいたかい」ができるのでしょうか?
毎日少しずつ重くなる子どもを持ち上げ続ければ、自然と筋トレになりそうです。忍者が「毎日伸びる麻を飛び越える修行で、ついには屋根まで跳べるようになった」という話とも、どこか似ていますね。
今回は国内外の研究データをもとに、この疑問を科学的に検証してみました。
結論:毎日続けても、大人になった子は持ち上げられません
先に結論をお伝えします。毎日「たかいたかい」を続けるだけでは、60〜70kgに成長した子や孫を頭上へ持ち上げられるようにはなりません。
- 子どもの体重は17年で約20倍になります。男子は出生時約3kgから17歳で約62kgになります。
- 大人の筋力は、軽い負荷の繰り返しでは早い段階で頭打ちになります。
- 親や祖父母は、年齢とともに筋力が落ちていきます。
忍者の「麻跳び」も同じ構造の話です。成長する相手(子ども・麻)の伸びが人間の適応の速さと上限を大きく上回るため、どちらも途中で破綻してしまいます。
子どもの体重はどのくらいのペースで増えるのか
まずは、持ち上げる「重り」である子どもの体重の変化を見てみましょう。こども家庭庁の「乳幼児身体発育調査」と文部科学省の「学校保健統計」をもとにした目安です。
| 年齢 | 男子 | 女子 |
|---|---|---|
| 出生時 | 約3.1kg | 約3.0kg |
| 1歳 | 約9.7kg | 約9.1kg |
| 3歳 | 約13.8kg | 約13.2kg |
| 5歳 | 19.0kg | 18.7kg |
| 11歳 | 39.6kg | 40.1kg |
| 14歳 | 55.0kg | 49.6kg |
| 17歳 | 62.2kg | 52.5kg |
最初の1年で体重は約3倍になります。さらに男子は11歳から14歳までの3年間だけで約15kgも増えます。この思春期の急増が、たかいたかいにとって最大の壁になります。
筋力はどこまで伸びるのか
「漸進的過負荷」という筋トレの基本原理
筋トレには「漸進的過負荷(ぜんしんてきかふか)」という基本原理があります。体は「いま慣れている以上の負荷」を受けたときだけ強くなるので、負荷を少しずつ上げ続ける必要がある、という考え方です。
毎日少しずつ重くなる子どもを持ち上げるたかいたかいは、一見この原理の理想的な実践に見えます。しかし、実際の筋力の伸び方には限界があります。
最初は急に伸びるが、やがて伸びが鈍る
筋トレを始めて最初の3〜5週間は、主に「神経の適応」によって強くなります。脳が筋肉をうまく使えるようになる段階で、筋肉そのものはまだ太くなっていません。その後、筋肉が太くなる「筋肥大」の割合が大きくなっていきます。
ところが、その後の伸びはだんだん小さくなっていきます。これを「収穫逓減(しゅうかくていげん)」といいます。2025年に発表された研究のまとめ(メタ回帰分析)でも、練習量を増やしたときの伸びの鈍り方は、筋肉の太さより筋力のほうがはっきりしていると報告されています。
同じ練習でも伸び方には大きな個人差がある
585人が同じ12週間の腕のトレーニングを行った研究(Hubalら、2005年)では、筋力の伸びは0%から+250%まで大きく分かれました。ほとんど伸びない人もいれば、筋力が2倍以上になる人もいたのです。
「頑張れば誰でも同じだけ強くなる」わけではなく、骨格や筋線維のタイプといった遺伝的な素質が、伸びの幅を大きく左右します。
「子は重くなり、親は弱くなる」逆方向の変化
さらに見落とせないのが年齢の影響です。50歳を過ぎると、筋力は年に1.5〜3%ずつ低下するとされます。研究によっては年2〜4%という報告もあります。加齢による筋肉の減少は「サルコペニア」と呼ばれます。
筋トレ記録アプリ「Strength Level」の年齢別データ(男性・中級者の座ってのショルダープレス)でも、次のように下がっていきます。
- 30〜40歳:70kg
- 60歳:53kg
- 70歳:43kg
たとえば親が30歳で子が生まれた場合、子が17歳になる頃に親は47歳で、筋力の下り坂に入る時期です。祖父母が60歳のときに孫が生まれれば、孫が成人する頃には77〜80歳になります。持ち上げる側は年々弱くなり、持ち上げられる側は年々重くなるので、その差は毎年開いていきます。
60〜70kgの人を頭上へ持ち上げられる大人がごくわずかな理由
理由1:そもそも「上級者」レベルの筋力が必要
約183万件の記録を集めた「Strength Level」の統計では、バーベルを頭上に押し上げる「オーバーヘッドプレス」の最大重量は次のとおりです。
| レベル | 男性 | 女性 |
|---|---|---|
| 初心者 | 29kg | 13kg |
| 中級者 | 62kg | 34kg |
| 上級者 | 84kg | 48kg |
| エリート | 107kg | 65kg |
しかもこれは、アプリに記録をつけるほど筋トレをしている人のデータです。体重70kgの男性が70kgを頭上に上げられれば「上級者」に近い水準になります。筋トレをしていない一般の人は、これよりかなり非力だと考えられます。
この数字から計算すると、筋トレ未経験の場合、母親なら子が3〜5歳頃、父親でも子が7〜11歳頃に、たかいたかいが限界を迎えることになります。
理由2:てこの原理で負担が大きくなる
腰や肩にかかる負担は「重さ × 体からの距離」で決まります。同じ重さでも、体から2倍離して持てば負担は2倍になります。
たかいたかいは子どもを体の前方に掲げる動作なので、バーベルを肩の真上で支えるよりも負担が大きくなります。
理由3:人間は「持ちにくい荷物」
人間の体には取っ手がなく、かさばり、しかも予想外に動きます。介護の現場では、手で人を持ち上げる作業の目安として、約16kg(35ポンド)を上限とする考え方が広く知られています(Waters、2007年)。
子どもが体をよじったり、頭上で重心がずれたりすると、肩や腰には一瞬で大きな負担がかかります。同じ60kgでも、バーベルより人間のほうがはるかに持ち上げにくいのです。
理由4:人を持ち上げるプロは「協力」と「脚力」を使っている
フィギュアスケートのペア競技では、男性が女性を頭上に持ち上げる「リフト」があります。技術の良いペアなら男性は自分の体重の約3分の2、卓越した技術ならほぼ自分の体重と同じ相手を持ち上げます。
ただし、これは女性がジャンプして協力することが前提です。女性が適度に跳べば、男性に必要な力は15%以上減ります。男性も腕だけでなく、深く沈み込んで脚の力で押し上げています。チアリーディング、ダンス、雑技なども同じで、協力しない60kgの人を腕の力だけで頭上へ上げているわけではありません。
理由5:「毎日同じ軽い負荷」では最大筋力は伸びにくい
体は「実際にやった動作・やった重さ」に特化して適応します。これを「特異性の原理」といいます。
2017年の研究のまとめ(Schoenfeldら)では、最大筋力の伸びは、重い負荷(最大重量の60%超)で練習したほうが軽い負荷よりはっきり大きくなりました。1回数秒の軽いたかいたかいを数回するだけでは、最大筋力を伸ばす刺激としては不十分です。逆に子どもが重くなって限界に近づくと、今度はケガのリスクから続けられなくなります。
「子牛を担ぎ続けた」クロトンのミロの伝説は本当?
古代ギリシャのレスリング選手ミロには、「子牛を毎日担ぎ続け、成牛になっても担げた」という有名な逸話があります。筋トレの世界では「漸進的過負荷の元祖」としてよく紹介されます。
しかし、この話の古代の出典は、ローマの修辞学者クインティリアヌスの著書にあるわずか一文です。作文練習の題材として挙げられた例文で、史実として書かれたものではありません。しかも「毎日」という言葉は原文になく、英語に訳される際に付け加えられたものです。
「漸進的過負荷の元祖」という見方が広まったのは、1925年にアメリカのバーベル販売会社が宣伝にミロの名前を使ったことがきっかけとされています。牛は数百kgに育つので、人間の筋力の伸びでは到底追いつけません。原理の「たとえ話」としては正しくても、話の中身は成り立たないのです。
忍者の「麻跳び」で屋根に飛び乗れるのか
麻跳びの修行に史実の裏付けはない
三重大学で忍者を研究する山田雄司教授によると、忍者がどんな修行をしていたかは、忍術書にほとんど書かれていないそうです。
大正時代(1917年)の記録には、跳ぶ距離を少しずつ伸ばしていく訓練の話が出てきますが、麻は登場せず、しかも助走をつけることが前提になっています。「麻を植えて毎日跳ぶ」という具体的な話の出どころははっきりせず、近代以降に広まった通俗的な話と考えるのが妥当です。
麻の成長スピードは人間の跳躍力をすぐに追い越す
麻は成長期には1日7〜10cmも伸び、草丈は2〜3m、密に植えると約5mに達することもあります。
一方、人間の垂直跳びは次のとおりです。
- 日本人20歳男性の平均:約59cm
- 日本人70歳男性の平均:約29cm
- アメフトのNFL選手の体力測定会での最高記録:約1.17m
- 台への跳び乗りのギネス世界記録:1.70m
麻は成長期に入ると、わずか1〜2週間で平均的な成人男性の垂直跳びを超えてしまいます。人間の跳躍力が1週間で何十cmも伸びることはありません。平屋の屋根でも軒の高さは約3.5mあるので、助走なしで飛び乗るのは物理的に無理です。
たかいたかいと忍者の修行は「同じ構造」だった
2つの話を比べると、構造がまったく同じであることがわかります。
| たかいたかい | 忍者の麻跳び | |
|---|---|---|
| 原理 | 重さが自然に増える漸進的過負荷 | 高さが自然に増える漸進的過負荷 |
| 相手の伸び | 約3kg → 約62kg(約20倍) | 成長期は1日7〜10cm、最終的に2〜3m |
| 人間の伸び | 最初は速いが、やがて頭打ち | 鍛えても平均約60cm、最高でも約1.2m |
| さらに不利な点 | 親や祖父母は加齢で筋力が低下 | 屋根は軒高3.5m以上 |
| 結果 | 途中で子の体重が筋力を追い越す | 1〜2週間で麻が跳躍力を追い越す |
ただし違いもあります。たかいたかいは、子どもがジャンプして協力してくれれば、ペアスケートのような「2人の技」として成立する余地があります。また子どもの成長は17年かけてゆっくり進むので、麻よりは追いかけられる期間が長いといえます。
では、どこまでなら可能なのか
- 父親が本格的な筋トレを続けた場合:重い負荷での筋トレを何年も続ければ、子が小学校高学年(約40kg)くらいまでなら頭上に上げられる人は少なくないと考えられます。
- 大きくなった子を持ち上げたい場合:子どもにジャンプしてもらい、親は深く沈んで脚の力で押し上げる「協力リフト」にすると負担が減ります。ただし、指導者のいない場で中学生以上を頭上に上げるのはおすすめしません。
- 祖父母の場合:転倒や腰のケガのリスクを考えると、たかいたかいは孫が幼児(十数kg)のうちまでにとどめるのが賢明です。
- 筋トレそのものはおすすめ:たかいたかいを一生続けるのは無理でも、筋トレは加齢による筋力低下を遅らせます。孫を抱っこし続けられる体を保つ意味は大きいです。
たかいたかいをするときの安全上の注意
- 子どもは体に引き寄せて持ち、背中を丸めず脚を使って持ち上げましょう。持ち上げながら体をひねるのは禁物です。
- 首がすわる前の赤ちゃんへのたかいたかいや、激しく揺さぶる、放り投げるといった動作は避けてください。
- 天井、照明、シーリングファンにも注意しましょう。
まとめ
毎日のたかいたかいは、親子のふれあいとしてはすばらしい習慣です。しかし、それだけで大人に成長した子を頭上に持ち上げられるようにはなりません。
- 子どもの体重は17年で約20倍になる
- 筋力の伸びには「逓減」と「遺伝的な上限」がある
- 持ち上げる側は加齢で年々筋力が落ちていく
- 人間はバーベルよりはるかに持ちにくい
クロトンのミロの伝説も、忍者の麻跳びも、「少しずつ負荷を上げれば強くなる」という原理のたとえ話としては正しいものの、そのまま実現できる話ではありません。相手の成長スピードと人間の適応の限界、その差を知ることが、無理なく体を鍛え続けるための第一歩といえそうです。
参考資料
- 文部科学省「学校保健統計調査」
- こども家庭庁「令和5年乳幼児身体発育調査」
- Strength Level「Shoulder Press Standards」
- Pelland et al.(2025)Sports Medicine
- Schoenfeld et al.(2017)Journal of Strength and Conditioning Research
- Ice Skating International「Lifts」
- Physical Culture Study「Milo of Croton Did Not Invent Progressive Overload」
- 伊賀ポータル(忍者の修行について)
- マニトバ州政府「Hemp Production」
