今回のガジェットは「寿命が見える腕時計」
【5分後の未来の社会学 〜ショートショートで読み解く「テクノロジーの死角」〜】第2回です。
前回は、未来を言い当てる「アルゴリズムの鏡」を取り上げました。今回のテーマは「測ること」です。歩数、心拍、睡眠時間、消費カロリー。いまや腕に着けた小さな機械が、私たちの体を一日中見守ってくれています。
では、その数字が「あなたの寿命」そのものを表示するようになったら――そして、数字が下がるたびに体が本当に老けていくとしたら、あなたはその腕時計を外せるでしょうか。
【物語】健康の番人
エフ氏が手に入れたのは、腕時計ほどの大きさのバンドだった。
画面には大きな数字が一つだけ表示されている。「予測寿命 七十八年二か月」。歩けば数字が増え、野菜を食べれば数字が増え、早く寝れば数字が増える。着けるだけで寿命が延びる、という触れ込みだった。
最初の一週間、エフ氏は夢中になった。エレベーターをやめて階段を使うと、「プラス二時間」。夕食の揚げ物を焼き魚に替えると、「プラス五時間」。数字が伸びるたびに、腕のバンドが小さく震えて褒めてくれる。
十日目の夜、残業帰りに、エフ氏はつい屋台のラーメンを食べた。スープまで飲み干したところで、バンドが鋭く震えた。
警告。老化ペナルティが発動しました。生体年齢が三日分進行しました。
説明書を読み返すと、たしかに小さな字で書いてあった。「本製品は、健康に悪い行動を検知すると、体内の老化を実際に進める機能を備えています。これにより、利用者の行動改善を強力に支援します」
翌朝、鏡を見たエフ氏は青ざめた。目尻のしわが、昨日より深くなっている気がする。
それからのエフ氏は、数字のために生きるようになった。
雨の日も一万歩を歩いた。歩数が足りない夜は、部屋の中をぐるぐる回った。友人の誘う飲み会は断り、取引先との会食では、相手の皿ばかりが減っていった。好物の大福は、見るだけにした。
やがて新しい問題が起きた。睡眠スコアである。
昨夜の睡眠の質は六十二点。老化ペナルティ、一日分。
よく眠らなければ、と思うほど眠れなくなった。夜中に何度も目を開けて画面を確認し、そのたびにスコアは下がった。ペナルティの通知が届くたび、白髪が増え、肩が重くなり、階段で息が切れるようになった。
半年後、エフ氏は鏡の中に、見知らぬ老人を見た。
たまらず病院へ駆け込むと、医師は検査結果を眺めて首をかしげた。
「慢性的な強いストレスと、ひどい睡眠不足ですな。体が実年齢よりずいぶん疲れています。心当たりは?」
「この腕のバンドです。老化ペナルティという機能があって……」
医師はバンドを手に取り、裏ぶたの小さな文字を虫眼鏡で読んだ。そして、気の毒そうに言った。
「この製品なら、先週ニュースになっていましたよ。老化を進める機能など、もともと付いていなかったそうです。あの通知は、利用者のやる気を高めるための『演出』だったとか」
「しかし、私は本当に老けたんですよ」
「ええ。ですから、老けさせたのは機械ではありません。通知を信じたあなたの体です」
エフ氏はその場でバンドを外した。手首が急に軽くなった。
半年後、同じメーカーから新製品が発売された。画面のない腕時計である。何も測らず、何も表示しない。それなのに、飛ぶように売れた。
もちろん、エフ氏も買った。毎朝それを腕に着けては、ときどき、何も映らない文字盤をのぞき込んでいる。
【解説】「数字の番人」はなぜ人を縛るのか
物語の「老化ペナルティ」は架空の機能ですが、歩数計、睡眠アプリ、体重計と連動した健康アプリなど、体を数字で見張る道具はすでに私たちの生活に溶け込んでいます。ここからは、物語に隠れていた4つの論点を見ていきましょう。
1. 数値化された自己(Quantified Self)の誕生と功罪
2007年、アメリカのテクノロジー雑誌の編集者だったゲアリー・ウルフとケヴィン・ケリーは、自分の体や行動のデータを記録・分析して自己理解に役立てようとする人々の動きを「Quantified Self(数値化された自己)」と名づけました。その後、スマートフォンやウェアラブル端末の普及によって、この考え方は一部の愛好家のものから、誰もが日常的に使うものへと広がりました。
記録には確かに良い面があります。体重や血圧を毎日つけることで生活習慣を見直せたり、体調の変化に早く気づけたりするのは、大きな利点です。
一方で、測ることには隠れた代償もあります。アメリカの研究者ジョーダン・エトキンが2016年に発表した研究では、歩数などの活動を「測定」した人は、活動量そのものは増えたものの、その活動を楽しいと感じる度合いが下がりやすいという結果が報告されました。楽しみで歩いていた散歩が、数字のための「作業」に変わってしまうのです。エフ氏が大福を「見るだけ」にした生活は、まさにその行き着く先といえるでしょう。
2. グッドハートの法則――指標が目標になると、役に立たなくなる
イギリスの経済学者チャールズ・グッドハートは、1970年代に金融政策について論じる中で、ある指標を管理の目標にすると、その指標は本来の意味を失っていくという趣旨の指摘をしました。のちにこれは「指標が目標になると、それはよい指標ではなくなる」という言い回しで広く知られるようになり、「グッドハートの法則」と呼ばれています。
健康の世界でわかりやすい例が「一日一万歩」です。この数字は、1960年代の日本で発売された歩数計の商品名に由来するという説が有力で、医学的な研究から導かれた目標ではありませんでした。2019年に発表された高齢女性を対象とするアメリカの研究では、一日の歩数が多いほど死亡リスクは低くなるものの、その効果はおよそ七千五百歩前後で頭打ちになる傾向が報告されています。
雨の夜に部屋の中をぐるぐる回るエフ氏は、健康のためではなく、数字のために歩いています。健康の「目安」だったはずの数字が、いつのまにか「目的」にすり替わる――これがグッドハートの法則の怖さです。
3. ノセボ効果――「悪くなる」と信じる力
物語のオチは、老化ペナルティという機能は存在せず、エフ氏を老けさせたのは「通知を信じた自分の体」だった、というものでした。
薬の成分が入っていない偽薬でも、効くと信じることで症状が和らぐ現象は「プラセボ効果」として知られています。その反対に、「悪くなる」と信じることで実際に不調が現れる現象を「ノセボ効果」と呼びます。薬の副作用について詳しく説明された人ほど、その副作用を訴えやすくなるといった報告は、さまざまな研究で示されています。
思い込みの力は、良い方向にも働きます。スタンフォード大学の心理学者アリア・クラムらが2007年に発表した研究では、ホテルの客室清掃員に「あなたの仕事は十分な運動になっています」と伝えたところ、仕事内容は変わらないのに、数週間後には体重や血圧がわずかに改善したという結果が報告されました。さらにクラムらの別の大規模調査では、実際の活動量が同じでも、「自分は同年代より運動不足だ」と感じている人のほうが、その後の死亡リスクが高い傾向が見られたといいます(いずれも、解釈には慎重さが求められる研究です)。
健康データの表示は、ただの情報ではありません。それをどう受け止めるかによって、私たちの体そのものに影響を与えうるのです。
4. 測る自分と測られる自分――主客転倒の心理
エフ氏を最も苦しめたのは、睡眠スコアでした。「よく眠らなければ」と思うほど眠れなくなる。これは物語だけの話ではありません。
2017年、アメリカの睡眠研究者たちは、睡眠計測アプリやウェアラブル端末の数字にこだわりすぎて、かえって不眠に悩む患者の事例を報告し、これを「オルソソムニア(正しい睡眠への執着)」と名づけました。完璧な睡眠を求める気持ちそのものが、眠りを遠ざけてしまうのです。
本来、道具は人間が使うものです。ところが、数字が評価を下し、人間がその評価に一喜一憂するようになると、主人と道具の立場が入れ替わってしまいます。体の調子を知るために着けたバンドが、いつのまにか体の調子を決める「番人」になる。これが、健康データにひそむ主客転倒の構造です。
物語の最後に売れた「画面のない腕時計」は、少し皮肉な救いです。人は数字から解放されたいと願いながら、それでも何かに見守られていたい。エフ氏が何も映らない文字盤をのぞき込むしぐさには、その揺れ動く心が表れています。
まとめ:今日からできる小さな実践
健康データは、上手に使えば心強い味方です。数字に縛られず、数字を味方につけるために、今日からできることを3つご紹介します。
- 数字を見ない日をつくる:週に一日は、歩数や睡眠スコアを確認しない日にしてみましょう。体が本来持っている感覚を取り戻す練習になります。
- 数字の横に「体感」を一行書く:「六千歩、でも景色がきれいで気分が良かった」のように、数字と自分の感覚を並べて記録すると、数字が唯一の評価基準になるのを防げます。
- 目標の数字の「由来」を調べてみる:その数字は医学的な根拠から来たものか、それとも誰かが決めた目安か。由来を知るだけで、数字との距離のとり方が変わります。
健康のために測るのはすばらしいことです。ただ、楽しみのために歩いていた道を、数字のための道に変えてしまわないよう、ときどき腕の画面から目を上げて、空を見上げてみてください。
次回予告
第3回は【オフラインの降霊術】ローカルLLMに保存された「家族のデジタルクローン」。インターネットから切り離された小さな箱の中で、亡き母との対話が今夜も続きます。どうぞお楽しみに。

