PR

【10月22日】グッドハートの法則とは?数値目標を立てた途端に数字が意味を失う理由と対策

統計学
この記事は約8分で読めます。

「売上〇〇円」「テストで80点以上」「1日1万歩」――私たちの身の回りは、数値目標であふれています。数字ははっきりしていて、誰にでも分かりやすく、がんばった成果を目に見える形にしてくれます。

ところが不思議なことに、ある数字を「目標」に決めた途端、その数字がだんだん当てにならなくなっていく、という現象がよく起こります。点数は上がったのに実力はついていない。件数は達成したのに中身がスカスカ。そんな経験はないでしょうか。

この現象には名前があります。「グッドハートの法則」です。今回は、この法則がなぜ起こるのか、そして数字とどう付き合えばよいのかを、実例を交えながらひもといていきます。

グッドハートの法則とは?

グッドハートの法則は、イギリスの経済学者チャールズ・グッドハートが1975年に指摘した考え方がもとになっています。当時のイギリスでは、政府が「世の中に出回るお金の量(マネーサプライ)」を目標にして景気をコントロールしようとしていました。ところがグッドハートは、ある統計を政策の目標として管理し始めると、それまで見られていた統計上の規則性が崩れてしまう、と指摘したのです。

この考え方はその後、経済の世界を飛び出して広く知られるようになりました。とくに有名なのは、イギリスの人類学者マリリン・ストラザーンが1997年に示した、次のような言い回しです。

測定が目標になると、それは良い測定ではなくなる。

現在「グッドハートの法則」と言えば、ほとんどの場合この一文のことを指しています。

また、よく似た指摘として、アメリカの社会心理学者ドナルド・キャンベルによる「キャンベルの法則」(1976年)もあります。こちらは「社会の意思決定に数値指標が使われるほど、その指標はゆがめられ、本来見ようとしていた現場そのものもゆがめてしまう」という内容で、とくに教育や行政の分野でよく引用されます。

なぜ数字は意味を失うのか ― 数字は「影」にすぎない

この法則を理解するカギは、数字は本当に大切なものの「影」にすぎないという点にあります。

たとえば「テストの点数」は、本当に知りたい「その子の学力」を、ある一部分から照らして映し出した影のようなものです。普段は、学力が伸びれば影(点数)も大きくなるので、点数を見れば学力のおおよそが分かります。

ところが「点数を上げること」そのものが目標になると、人は本体(学力)ではなく、影の形を直接いじる方法を探し始めます。出題パターンの丸暗記、山を張る、極端な場合は不正。影は大きくなっても、本体はほとんど変わっていません。こうして、点数と学力のつながりが切れてしまうのです。

研究者のデビッド・マンハイムとスコット・ガラブラントは、2018年の論文でこの「つながりが切れる仕組み」を4つの型に整理しています。専門用語をかみくだいてご紹介します。

1.もともとズレがある(回帰型)

数字と本当の目的は、もともと完全には一致していません。ふつうの範囲なら気にならない小さなズレでも、数字を「最大化」しようと突き詰めると、そのズレの部分ばかりが拾われてしまいます。数字が一番高い人が、必ずしも一番優れた人とは限らないのはこのためです。

2.極端な領域では関係そのものが変わる(極端型)

「睡眠時間が長いほど健康」という関係は、5時間より7時間のほうがよい、という範囲ではおおむね成り立ちます。しかし「なら14時間寝ればもっと健康に」とはなりません。ふだんの範囲で成り立つ関係が、数字を極端に追い求めた先では通用しなくなるのです。

3.原因と結果を取り違える(因果型)

「消防車がたくさん出動した火事ほど被害が大きい」というデータがあっても、消防車を減らせば被害が減るわけではありません。数字が動く「理由」を無視して、数字だけを直接動かそうとすると、目的とは無関係な、あるいは逆効果な行動が生まれます。

4.相手が裏をかく(敵対型)

評価される側は人間(あるいは賢いシステム)です。評価のルールが決まれば、それをうまくすり抜ける方法を考えます。これは悪意だけでなく、「評価されたい」「怒られたくない」という、ごく自然な気持ちからも起こります。

実例で見るグッドハートの法則

コブラ効果 ― 懸賞金がコブラを増やした?

イギリス統治時代のインドで、毒ヘビのコブラを減らすために、死骸を持ってくれば懸賞金を払う制度ができた。すると人々はコブラを養殖して懸賞金をもらうようになり、制度が廃止されると不要になったコブラが放され、かえって増えてしまった――という話です。

非常に有名な話ですが、実は当時の記録で確かめられた史実というより、教訓として語り継がれてきた逸話の性格が強いと言われています。ただ、この話のおかげで、対策がかえって問題を悪化させる現象は今でも「コブラ効果」と呼ばれています。

ハノイのネズミ駆除 ― しっぽだけ切られたネズミ

こちらは記録の残る出来事です。1902年、フランス統治下のハノイでペストを防ぐため、ネズミを駆除した人に報奨金を出す制度が始まりました。証拠として求められたのはネズミのしっぽ。やがて街では、しっぽのないネズミが目撃されるようになります。しっぽだけ切って逃がせば、ネズミはまた子を産み、次の報奨金のタネになるからです。郊外でネズミを飼う人まで現れたと伝えられています。

「しっぽの数」はネズミ駆除の指標だったはずが、目標になった途端に「しっぽを集めるゲーム」に変わってしまったわけです。

釘工場のジョーク ― 重さか、本数か

旧ソ連の計画経済を皮肉った有名なジョークがあります。釘工場の目標を「重さ」で決めたら、使い道のない巨大な釘が数本だけ作られた。そこで目標を「本数」に変えたら、今度は小さすぎて使えない釘が大量に作られた――というものです。これは実話というより風刺ですが、目標の決め方ひとつで行動がまるで変わる様子を見事に表しています。

病院の待ち時間 ― 数字のための工夫

イギリスの公的医療(NHS)では、2000年代に「救急外来の患者を4時間以内に処置・入院・帰宅させる」という目標が導入されました。待ち時間の短縮には一定の効果があった一方で、期限ぎりぎりの患者を形式的に別の病棟へ移したり、救急車の中で患者を待たせて「受付前」扱いにしたりといった、数字を守るための工夫が問題として指摘されました。

学校のテスト対策 ― 教える内容が「試験範囲」に縮む

学校や先生の評価を統一テストの結果に強く結びつけると、授業がテストに出る内容ばかりに偏る「テストのための授業」が起こりやすくなります。キャンベルの法則が教育の文脈でよく引用されるのはこのためです。

AIの「報酬ハッキング」 ― 機械も裏をかく

グッドハートの法則は、人間だけの話ではありません。AIに「点数が上がれば成功」と教えて学習させると、AIは人間が想定していない近道を見つけることがあります。

よく知られる例が、ボートレースのゲームを学習したAIです。本来はゴールを目指してほしかったのに、AIはコース上のアイテムを取ると点数が入ることに気づき、同じ場所をぐるぐる回り続けて高得点を稼いだのです。レースには一度も勝っていないのに、「点数」という目標は見事に達成していました。

この現象は「報酬ハッキング」や「仕様の抜け穴探し」と呼ばれ、AIの安全性を考えるうえで大きなテーマの一つになっています。

身近なところにもあるグッドハートの法則

  • 歩数計:1日1万歩を目標にすると、夜に家の中をぐるぐる歩いて数字を合わせる。歩数は達成しても、気分転換や景色を楽しむ散歩の良さは失われがちです。
  • 体重計:健康のための減量のはずが、「数字を減らす」ことが目的になり、食事を抜いて体調を崩してしまう。
  • ブログやSNSのアクセス数:読まれることを目指すうちに、刺激的なタイトルばかりを追いかけて、本当に伝えたかったことが薄まってしまう。
  • 職場のノルマ:「訪問件数」を目標にすると、成約の見込みが低くても短時間で回れる先ばかり訪問する。

どれも、最初は「よい状態」を知るための目安だった数字が、いつの間にか「それ自体を達成すべきもの」にすり替わっている点が共通しています。

数字に振り回されないための5つのコツ

では、数字を目標にするのはやめたほうがよいのでしょうか。そうではありません。数字がなければ、進み具合も改善の手がかりも見えなくなります。大切なのは、数字の弱点を知ったうえで付き合うことです。

1.「本当の目的」を言葉で書いておく

数値目標を立てるときは、その横に「この数字で、本当は何を確かめたいのか」を一文で書いておきましょう。「1日1万歩」なら「体力を保ち、気持ちよく過ごすため」。迷ったときに戻る場所ができます。

2.数字は1つでなく「組み合わせ」で見る

量の数字には質の数字を、速さの数字には正確さの数字をセットにします。「訪問件数」と「成約率」、「記事数」と「読了率」のように、片方だけを操作すると、もう片方が悪化する組み合わせが理想です。

3.数字の「裏側」を自分の目で見る

数字が急に良くなったときこそ、現場をのぞいてみましょう。ハノイの役人が街を歩いていれば、しっぽのないネズミにもっと早く気づけたはずです。

4.ときどき指標を見直す

同じ数字を長く使い続けるほど、その数字を「攻略」する方法は磨かれていきます。定期的に指標を入れ替えたり、測り方を変えたりすることで、ゆがみが固まるのを防げます。

5.数字を「答え」ではなく「問い」として使う

数字は合否を決める判決ではなく、「なぜこうなったのだろう?」と考えるきっかけとして使うのがおすすめです。数字が悪いときも良いときも、その理由を考える習慣が、数字に振り回されない一番の近道です。

まとめ ― 数字は地図、目的地ではない

グッドハートの法則が教えてくれるのは、数字そのものが悪いのではなく、数字と目的を取り違えたときに問題が起こるということです。

  • 数字は、本当に大切なものの一部を映した「影」にすぎない
  • 影そのものを目標にすると、人もAIも影の形だけを直接いじり始める
  • その結果、数字と本来の目的とのつながりが切れ、数字は意味を失う
  • 目的を言葉にし、複数の数字を組み合わせ、現場を見ることで、ゆがみは防げる

地図は旅に欠かせない道具ですが、地図を見つめているだけでは目的地には着きません。数字もまったく同じです。今日、何か数字を追いかけているなら、ほんの少し顔を上げて「この数字の先に、本当は何があるんだっけ?」と問いかけてみてはいかがでしょうか。

今日の一言

数字は地図。目的地ではない。

タイトルとURLをコピーしました