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【10月21日】国際反戦デーとは?由来と歴史をやさしく解説|総評のストから世界へ

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はじめに

カレンダーで10月21日を見ると「国際反戦デー」と書かれていることがあります。名前に「国際」と付いているので、国連などが決めた世界共通の日だと思う人も多いかもしれません。けれども実は、この日の始まりは日本にあります。国際反戦デーがどのように生まれ、なぜ世界に広がり、今はどうなっているのかを知ると、1960年代の日本と世界の姿が見えてきます。

👇 本記事でわかる3つの重要ポイント 👇

  • 【テーマ1】国際反戦デーが10月21日になった由来
  • 【テーマ2】ベトナム戦争と反戦運動が世界へ広がった歴史
  • 【テーマ3】国際反戦デーの今のすがた

教科書ではあまりくわしく習わない話ですが、流れを追えば決して難しくありません。用語の補足も入れながら順番に見ていきますので、気軽に読み進めてください。

国際反戦デーとは?10月21日の由来をわかりやすく

国際反戦デーは、1966年10月21日に日本の労働組合の全国組織「総評」が行った「ベトナム反戦統一スト」に由来する記念日です。このとき総評は、世界中の反戦運動団体にも一緒に声を上げるよう呼びかけました。

始まりは1966年の「ベトナム反戦統一スト」

ストとはストライキの略で、働く人たちが団結して仕事を止め、要求を訴える行動のことです。ふつうは賃金や働く条件の改善を求めて行われますが、このストはアメリカ軍のベトナム戦争への介入に反対するという、政治的な目的をかかげた全国規模のものでした。

記念日をまとめたサイト「雑学ネタ帳」などによると、フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトルは、このストを世界の労働組合で初めてのベトナム反戦ストだとたたえたと伝えられています。法政大学の研究論文でも、総評を中心とする「10・21スト」が、世界で初めてベトナム反戦をかかげたストライキとして知られていると紹介されています。

「国際」と付くのに日本生まれの記念日

国際反戦デーは、国連などの国際機関が定めた「国際デー」ではありません。日本で生まれ、日本で受けつがれてきた記念日です。名前に「国際」と付いているのは、日本から世界に向けて反戦を呼びかけ、実際に海外でも同じ日に行動が起きたためだと考えるとわかりやすくなります。

なお、ネット上には「労働組合の国際組織が制定した」と説明しているものも見かけますが、呼びかけたのは国際組織ではなく、日本国内の労働組合の全国組織である総評です。

呼びかけた「総評」とはどんな組織だったのか

総評は、正式名称を「日本労働組合総評議会」といい、かつて日本の労働運動の中心だった労働組合の全国組織です。現在はすでに解散しており、存在しません。

コトバンク(日本大百科全書)によると、総評は1950年7月11日に結成されました。加盟したのは17の組合で、組合員数は公称約377万人という大きな組織でした。こうした全国の労働組合をたばねる中央組織を「ナショナル・センター」と呼びます。

総評はその後、賃金などの経済問題だけでなく、平和や安全保障といった政治的な問題にも積極的に取り組むようになります。1966年のベトナム反戦統一ストも、こうした流れの中で行われたものです。

そして1989年11月21日、日本労働組合総連合会(連合)が結成されたことを受けて、総評は解散しました。つまり、国際反戦デーを始めた組織そのものは今はありませんが、記念日だけが残り、今も集会などが開かれているのです。

背景にあったベトナム戦争

国際反戦デーを理解するには、当時のベトナム戦争を知っておく必要があります。ベトナム戦争は、東西の対立(冷戦)を背景にした長く大きな戦争でした。

ベトナムは、フランスとのインドシナ戦争のあと、南北に分かれてしまいました。そこで起きたのがベトナム戦争で、「第二次インドシナ戦争」とも呼ばれます。期間は1955年11月から1975年4月30日までの約20年に及びました。

この戦争は、アメリカを中心とする陣営と、ソビエト連邦(ソ連)を中心とする陣営の対立を背景にした「代理戦争」の面も持っていました。代理戦争とは、大国どうしが直接戦うのではなく、ほかの国や地域の戦いを支援する形でぶつかり合うことです。

記念日の解説サイト「ベストカレンダー」によると、アメリカは1960年代に本格的に地上部隊を送りこみ、最も多いときには50万人以上の兵力を展開しました。民間人をふくむ死者は数百万人にのぼると推計されています。戦争の様子がテレビや写真で伝えられたことで、日本をふくむ世界各地で戦争に反対する声が高まっていきました。

世界へ広がった10月21日|ペンタゴン大行進

総評のストの翌年、1967年10月21日には、アメリカの首都ワシントンD.C.で「ペンタゴン大行進」と呼ばれる大規模な反戦デモが行われました。日本や西ヨーロッパでも同じような抗議行動が行われ、10月21日は反戦行動の日として広く知られるようになりました。

ペンタゴンとは、アメリカ国防総省の本庁舎のことです。建物が五角形(英語でペンタゴン)であることから、こう呼ばれています。

アメリカ国立公文書館の教育サイトによると、この日はリンカーン記念館の近くに推計7万〜10万人が集まりました。戦争に反対する初めての大規模な全国的抗議だったとされ、終わるまでに600人以上が拘束されています。参加者の数や逮捕者の数は資料によって少しずつ違い、ペンタゴンまで行進した人数を3万5,000人とする報道もあります。

この日には、デモの参加者が警備の兵士の銃口に花を差しこむ場面が写真に収められ、「フラワーパワー」として世界的に有名になりました。武器に花で向き合う姿は、当時の反戦運動を象徴する一枚として今も語りつがれています。

日本での大規模な集会と新宿騒乱

1960年代後半の日本では、国際反戦デーに大規模な集会やデモが行われました。一方で、その中には警察と激しく衝突し、大きな被害を出した出来事もありました。

代表的なのが、1968年10月21日の「新宿騒乱(新宿騒擾事件)」です。東京都写真美術館が所蔵する報道写真の説明によると、この日はアメリカ軍のジェット燃料を運ぶタンク車の輸送を止めようと、学生たちの統一行動が新宿駅を中心に行われました。学生と機動隊が衝突し、駅の建物に火がつけられるまでになったため、警視庁は騒乱罪の適用に踏み切りました。

騒乱罪とは、大勢が集まって暴行や破壊を行い、地域の平穏を害したときに適用される罪です。英語版ウィキペディアによると、このときの逮捕者は743人にのぼったとされています。首都の大きなターミナル駅が混乱したこの事件は、平和を求める運動のなかで暴力が使われたことへの批判も呼びました。

このように、国際反戦デーの歴史には、平和を求める多くの人の声と、行き過ぎた行動による混乱の両方が刻まれています。どちらの面も知っておくことで、当時の社会の空気をより正確に思い描けるはずです。

ここまでの主な出来事を、年表で整理しておきます。

年月日 出来事
1950年7月11日 労働組合の全国組織「総評」が結成される
1955年11月 ベトナム戦争が始まる(始まりの時期には諸説あり)
1966年10月21日 総評がベトナム反戦統一ストを行い、世界の反戦団体に呼びかける
1967年10月21日 アメリカでペンタゴン大行進が行われ、日本や西ヨーロッパでも抗議行動が広がる
1968年10月21日 新宿駅を中心に新宿騒乱が起き、騒乱罪が適用される
1975年4月30日 ベトナム戦争が終わる
1989年11月21日 連合の結成を受けて総評が解散する

国際反戦デーの今のすがた

ベトナム戦争が終わったあと、10月21日は世界の平和を求めて行動する日として受けつがれ、各地で集会が開かれてきました。

たとえば沖縄では、沖縄平和運動センターが主催する「10・21国際反戦デー沖縄県集会」が毎年10月21日に開かれていると、2015年の琉球新報が伝えています。その年の集会では、米軍基地の問題などについて参加者が声を上げ、集会のあとには国際通りでデモ行進も行われました。

また、立命館大学国際平和ミュージアムは、戦後80年とベトナム戦争終結50年にあたる2025年に、ベトナム反戦運動をテーマにした展覧会を開きました。1960年代後半から70年代にかけて、世界的な規模で反戦運動が広がったことをふり返る内容です。かつてのような大規模なデモは少なくなりましたが、記念日をきっかけに歴史をふり返る動きは今も続いています。

よくある質問

国際反戦デーは国連が定めた日ですか?

いいえ、国連などの国際機関が定めた国際デーではありません。1966年10月21日の総評によるベトナム反戦統一ストに由来する、日本で生まれた記念日です。

なぜ10月21日なのですか?

総評がベトナム反戦統一ストを行ったのが1966年10月21日だったためです。翌年の同じ日にはアメリカでペンタゴン大行進が行われ、この日付が反戦行動の日として定着していきました。

国際反戦デーを始めた総評は今もありますか?

総評は1989年11月21日、連合(日本労働組合総連合会)の結成を受けて解散しました。そのため組織としてはもうありませんが、記念日は受けつがれています。

今でも10月21日に集会は開かれていますか?

はい、平和運動の団体などによって集会が開かれてきました。たとえば沖縄では、毎年10月21日に県集会が開かれていると報じられています。

まとめ

国際反戦デーは、1966年10月21日に日本の総評が行ったベトナム反戦統一ストから始まった記念日です。「国際」と付いていますが国際機関が定めたものではなく、日本から世界へ呼びかけたことが名前の由来になっています。翌年のペンタゴン大行進で世界に広がり、日本では新宿騒乱のような激しい出来事も起きました。そしてベトナム戦争の終結後も、平和を考える日として受けつがれています。

今年の10月21日は、身近な家族や友人と「ベトナム戦争ってどんな戦争だったのか」を話題にしてみてください。年配の方に当時の記憶を聞いてみるのも、歴史を自分ごととして知るよい方法です。

参考リスト

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