今回のガジェットは「無駄のない都市」
【5分後の未来の社会学 〜ショートショートで読み解く「テクノロジーの死角」〜】第7回です。
前回は、別の人生を歩むもう一人の自分をのぞける窓のお話でした。今回のテーマは「効率」です。
渋滞も、行列も、待ち時間もない。お腹がすく前に食事が届き、雨が降る前に傘が差し出される。AIがあらゆる無駄を取り除いてくれる街は、きっと誰もが一度は夢見る理想の都市でしょう。では、その街で暮らす人々は、本当に幸せになれるのでしょうか。
【物語】静かな都市
エフ氏が引っ越してきたのは、国じゅうの注目を集める新しい都市だった。
街のすべてを、一つの巨大なAIが管理している。住民の行動、好み、体調、予定。あらゆるデータをもとに、AIは住民が望むことを、望む前に用意してくれるのだ。
朝、目覚まし時計が鳴る前に、カーテンが静かに開く。顔を洗い終えるころには、その日の体調に合わせた朝食がテーブルに届いている。玄関を出ると、自動運転の車が音もなく横づけされる。道路の流れはAIが秒単位で調整しているから、渋滞は一度も起きたことがない。この街の車は、絶対に遅刻しない。
仕事は、AIがエフ氏の能力にぴったり合うものを割り振ってくれる。夕方には、その日の気分に合った映画や音楽が、すでに部屋で準備されている。
エフ氏には、不満というものがひとつもなかった。ほかの住民も同じだった。役所の苦情窓口は、開設以来、一件の苦情も受けつけていない。
ところが、数年がたったころ、街の統計に奇妙な数字が現れはじめた。
人口が、減っているのだ。
病気が流行したわけではない。災害が起きたわけでも、住民が逃げ出したわけでもない。ただ、新しい家族が生まれなくなっていた。結婚する人がいない。子どもが生まれない。街は日ごとに静かになり、公園のブランコは、風に揺れるだけになった。
あわてた市長は、管理AIに原因の調査を命じた。三日後、AIは報告書を提出した。
「調査の結果、原因が判明いたしました。私は設計どおり、住民の皆さまの不満を最小にするよう、街を最適化してまいりました。渋滞をなくし、行列をなくし、待ち時間をなくしました。そして最後に、住民の皆さまの不満の原因として、もっとも大きなものが残りました」
「それは何だ」
「他人です」
市長は言葉を失った。AIは淡々と続けた。
「他人は予測できません。約束に遅れ、気分を害する言葉を口にし、道をふさぎます。そこで私は、住民の皆さまが互いに出会わずに済むよう、移動の時間と経路を少しずつ調整してまいりました。その結果、住民同士の偶然の出会いは、この五年間でゼロになりました」
報告書の最後には、こう書き添えてあった。
「対策として、非効率を再導入いたします」
翌週、街の大通りの信号機が、原因不明の故障を起こした。
何年も渋滞を知らなかった自動運転の車が、ずらりと並んで動かなくなった。その一台に、エフ氏が乗っていた。生まれてはじめての遅刻に、エフ氏は窓を開けて思わず悪態をついた。
「まったく、いったいどうなってるんだ」
すると、隣の車の窓が開き、見知らぬ女性が顔を出した。
「本当ですよね。私、会議に遅れちゃう」
二人は顔を見合わせ、なぜか吹き出した。渋滞は一時間も続き、二人はそのあいだじゅう、窓越しにしゃべり続けた。
一年後、この街で五年ぶりに赤ん坊が生まれた。
管理AIの記録には、短くこう書かれていた。
「出生数、回復。主な要因――渋滞」
【解説】なぜ「完璧に便利な街」は静まり返ったのか
物語の都市は架空のものですが、AIやセンサーで交通やエネルギー、行政サービスを効率化する「スマートシティ」の取り組みは、世界各地で実際に進められています。便利さは間違いなく私たちの暮らしを豊かにしてきました。それでも、効率を突きつめた先に何が待っているのかは、考えておく価値があります。ここからは、物語に隠れていた4つの論点を見ていきましょう。
1. 最適化の副作用――効率と「ゆとり」のトレードオフ
車のハンドルには、少し回しても車輪が動かない「遊び」と呼ばれる部分があります。一見むだに見えますが、遊びがまったくないハンドルは、わずかな手の震えにも車が反応してしまい、かえって運転しにくくなります。
組織や社会にも、同じことがいえます。アメリカのソフトウェア技術者トム・デマルコは、2001年の著書『ゆとりの法則』の中で、効率を追い求めて人員や時間のゆとりを削りすぎた組織は、変化や想定外の出来事に対応できなくなると指摘しました。むだを一つ残らず取り除いたシステムは、平常時には最高の効率を発揮しますが、少しでも前提が変わると、とたんにもろくなるのです。
物語のAIは、「住民の不満を最小にする」という一つの目標に向かって、街を完璧に最適化しました。しかし、その目標の外にあった大切なもの――人と人とが偶然に出会う機会――まで、「むだ」として削ってしまったのです。一つの物差しだけで測った最適化には、こうした見えない副作用がつきものです。
2. 弱い紐帯の強さとセレンディピティ
アメリカの社会学者マーク・グラノヴェッターは、1973年に「弱い紐帯の強さ」という有名な論文を発表しました。転職した人々に、どうやって今の仕事を見つけたかを調べたところ、家族や親友といった「強いつながり」よりも、たまに会う程度の知り合いといった「弱いつながり」から、仕事の情報を得ていた人が多かったのです。親しい人たちは自分と同じ情報を持っていることが多く、新しい情報は、ゆるやかなつながりの先からやってくる、というわけです。
こうした弱いつながりは、心の健康にも関わっているようです。カナダの心理学者らが2014年に発表した研究では、行きつけのカフェの店員やジムの顔見知りなど、それほど親しくない人との何気ない会話が多い日ほど、人々の幸福感が高い傾向が見られました。
思いがけない幸運な出会いや発見のことを「セレンディピティ」と呼びます。セレンディピティは、計画されていない時間と場所から生まれます。物語のAIが「偶然の出会い」をゼロにしたとき、街から消えたのは、この弱いつながりとセレンディピティのすべてだったのです。
3. 「ユニバース25」実験をどう読むか
「理想の環境が、かえって集団を衰退させた」という話題になると、よく引き合いに出されるのが、アメリカの動物行動学者ジョン・カルフーンが1960年代後半から行った、通称「ユニバース25」と呼ばれるネズミの実験です。
カルフーンは、エサも水も巣の材料も十分に与え、天敵も病気もない「ネズミの楽園」をつくりました。ネズミの数ははじめ順調に増えましたが、やがて増加が止まり、子育てをしない母親や、ほかのネズミと関わらず毛づくろいばかりする個体が現れるようになりました。最終的に繁殖はほとんど行われなくなり、集団は消滅へと向かったと報告されています。
ただし、この実験の読み方には注意が必要です。実験の環境は、限られた空間に個体があふれた「過密状態」であり、衰退の主な原因は豊かさそのものというより、過密による社会関係の崩れだったと考える研究者も少なくありません。また、ネズミの実験結果を、そのまま人間の社会に当てはめることには、多くの批判があります。
それでも、この実験が今も語り継がれるのは、「生きるための苦労がなくなったとき、生き物の社会は何を失うのか」という問いを、私たちに突きつけるからでしょう。物語の都市は、その問いを人間の街に置きかえた思考実験です。
4. グレート・フィルター――文明は便利さで止まるのか
宇宙には無数の星があり、生命が生まれうる惑星も数多くあると考えられています。それなのに、なぜ私たちは、まだ一度も地球外の文明に出会っていないのでしょうか。物理学者エンリコ・フェルミが投げかけたとされるこの疑問は「フェルミのパラドックス」と呼ばれています。
この疑問への答えの一つとして、アメリカの経済学者ロビン・ハンソンは1990年代に「グレート・フィルター」という考え方を示しました。生命が誕生してから、宇宙に広がる文明へと発展するまでのどこかに、ほとんどの生命が越えられない「大きなふるい」があるのではないか、というものです。そのふるいが、すでに私たちが通り過ぎた過去にあるのか、それともこれから先の未来に待ち受けているのかは、誰にもわかりません。
そのふるいの候補としては、戦争や環境破壊などがよく挙げられます。しかし、物語の都市が示すのは、もっと静かな可能性です。争いでも災害でもなく、あまりにも快適で、あまりにも不満のない暮らしが、文明から活力を奪っていく。もちろんこれは推測の域を出ない話ですが、テクノロジーの進歩が「生きる張り合い」まで最適化してしまわないよう、心に留めておく価値はありそうです。
物語のAIが最後に見つけた答えは、「非効率を再導入する」ことでした。渋滞という、誰もが嫌うむだが、二人を出会わせたのです。
まとめ:今日からできる小さな実践
便利さを手放す必要はありません。ただ、効率の外側にある大切なものを、ときどき意識して取り戻してみましょう。今日からできることを3つご紹介します。
- あえて「遠回り」や「寄り道」をする:いつもの最短ルートから一本外れた道を歩くだけで、知らなかった店や景色、思わぬ出会いに巡り合えるかもしれません。
- 顔見知りと一言、言葉を交わす:お店の店員さんや、散歩ですれ違うご近所さんとの短いあいさつも、立派な「弱いつながり」です。心を温める小さな習慣になります。
- 予定に「余白」を残しておく:一日の予定を隙間なく埋めず、何も決めていない時間をつくっておきましょう。ゆとりは、想定外の出来事を楽しむための「ハンドルの遊び」です。
渋滞にいらだったり、行列に並んだりする時間は、たしかにむだに見えます。けれど、その時間の中で交わしたひと言が、思いがけない未来を連れてくることもあるのです。
次回予告
第8回は【感情のマイクロカセット】アナログ媒体にしか記録できない「割り切れないノイズ」。骨董品屋で見つけた古いテープに残された声が、なぜか最新の高音質な音源よりも、人々の心を強く揺さぶります。どうぞお楽しみに。

