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【10月24日】文鳥の日の由来とは?「手に幸せ」の語呂合わせと白文鳥のふるさと・弥富の物語

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手のひらにちょこんと乗って、赤いくちばしで首をかしげる小さな鳥――。10月24日は、そんな文鳥(ぶんちょう)を主役にした「文鳥の日」です。

「語呂合わせの記念日でしょう?」と思われるかもしれませんが、調べてみると、名前に込められた意味、江戸時代からの長い付き合い、そして愛知県の小さな町で起きた「真っ白な文鳥誕生」の物語まで、思いのほか奥の深い世界が広がっていました。今日はその一端を、知識のおすそ分けとしてご紹介します。

文鳥の日とは?日付に込められた3つの意味

文鳥の日は、文鳥に詳しいライターの伊藤美代子さんが2005年に制定した記念日で、一般社団法人・日本記念日協会にも認定・登録されています。江戸時代から日本人に愛されてきた文鳥について、広く知ってもらうことが目的です。

10月24日という日付には、次のような意味が重ねられています。

  • 「て(10)に(2)し(4)あわせ」=「手に幸せ」の語呂合わせ。手乗り文鳥を手に乗せたときの幸福感を表しています。
  • 「1024」という数字の並びが、文鳥の姿に見立てられること。
  • 10月下旬は、手乗り文鳥のヒナがペットショップなどに出回り始める季節であること。

語呂合わせだけでなく、季節感ともぴったり重なっているのが、この記念日の素敵なところです。

文鳥ってどんな鳥?基本プロフィール

和名 ブンチョウ(文鳥)
英名 Java sparrow(ジャワのスズメ)
学名 Lonchura oryzivora(「米を食べる」という意味を含む)
分類 スズメ目カエデチョウ科
原産地 インドネシア(ジャワ島・バリ島など)
体長 約14cm
寿命の目安 7〜10年ほど(飼育環境によってはさらに長生きする例も)
主な品種 並文鳥(ノーマル)、桜文鳥、白文鳥、シナモン文鳥、シルバー文鳥など

ジュウシマツやセキセイインコと並ぶ、日本の代表的な飼い鳥です。灰色の体に白い頬、そしてぷっくりとした赤いくちばしが特徴で、白い斑が桜の花びらのように散った「桜文鳥」、全身が真っ白な「白文鳥」などの品種も広く親しまれています。

「文鳥」の「文」は文章ではなく“模様”

「文鳥」と聞くと、手紙や文学を連想しがちですが、実はこの「文」は「あや」=模様・彩りを意味しています。「文様(もんよう)」という言葉の「文」と同じです。

江戸時代前期の1697年(元禄10年)に刊行された本草学者・人見必大(ひとみ ひつだい)の『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』には、姿が美しいことから文鳥と名付けられた、という趣旨の説明が残されています。つまり文鳥とは、「体の模様が美しい鳥」という意味の名前なのです。

確かに、灰色・黒・白・赤がくっきりと塗り分けられた文鳥の姿は、まるで職人が仕上げた工芸品のようです。昔の人の観察眼に感心させられます。

江戸時代から続く、日本人と文鳥の300年以上の付き合い

文鳥は江戸時代の初期に、原産地のインドネシアから日本へ持ち込まれたと考えられています。愛らしい姿と澄んだ鳴き声、そして人によく慣れる性格から、まずは大名や裕福な町人のあいだで珍重され、やがて庶民にも広がっていきました。

浮世絵や花鳥画にも文鳥はたびたび描かれており、桜や梅の枝にとまる姿は、江戸の人々にとっても「季節を彩る美しい鳥」だったことがうかがえます。

白文鳥のふるさと・愛知県弥富市の物語

日本の文鳥の歴史を語るうえで欠かせないのが、愛知県弥富市(やとみし)です。弥富は金魚の名産地として有名ですが、かつては生産量日本一の文鳥の産地であり、「白文鳥発祥の地」としても知られています。

嫁入り道具は一つがいの文鳥

地元に伝わる話によると、始まりは江戸時代の末期。武家屋敷で奉公していた八重(やえ)という女性が、奉公先から譲り受けた文鳥のつがいを連れて、又八新田(またはちしんでん)の農家へ嫁いできたのがきっかけだといわれています。

八重さんが大切に育てた文鳥はどんどん数を増やし、明治の初めごろ、そのヒナの中から突然、真っ白な文鳥が生まれました。最初の白文鳥は体が弱かったものの、八重さんが代を重ねて丁寧に育てるうちに、丈夫な白文鳥が生まれるようになったと伝えられています。

農家の副業から「文鳥の聖地」へ

その後、又八地区を中心に文鳥の飼育は農家の副業として広がり、弥富は日本有数の産地に成長しました。1970年前後には全国に約250の繁殖農家があり、1975年(昭和50年)ごろには手乗り文鳥だけで年間数十万羽規模が生産されていたという記録もあります。

現在、生産農家はごくわずかになりましたが、又八地区には「白文鳥発祥地」の碑が建ち、弥富市歴史民俗資料館では飼育道具や映像で文鳥の歴史を学べます。資料館のロビーには、白文鳥の「ぶんちゃん」がいて来館者を迎えてくれるそうです。弥富が今も「文鳥の聖地」と呼ばれるゆえんです。

なお、資料館によれば明治時代の弥富文鳥については伝承や口伝が中心で、白文鳥はもっと早い天保年間に生まれたとする説もあります。「八重さんの物語」は、確かな記録というより、地域で大切に語り継がれてきた物語として味わうのがよさそうです。

文豪・夏目漱石も文鳥を飼っていた

文鳥は文学の世界にも登場します。代表的なのが、夏目漱石の短編随筆『文鳥』(1908年)です。

門下生にすすめられて文鳥を飼い始めた漱石が、その小さな姿や仕草を細やかに観察しながら、やがて世話が行き届かなくなってしまう――という、愛らしさとほろ苦さが同居した作品です。命を預かることの重さを、静かに考えさせてくれる名品として今も読み継がれています。文鳥の日に、短い作品なので手に取ってみるのもおすすめです。

ペットとしては身近でも、原産地では絶滅危惧種

意外に知られていないのが、野生の文鳥は数が減っているという事実です。原産地のインドネシアでは、生息地の減少やペット目的の捕獲などによって野生個体が激減し、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでは絶滅危惧種に分類されています。

一方で、文鳥はかつて稲を食べる鳥として、原産地では農家にとって悩みの種でもありました。学名に「米を食べる」という意味が込められているのも、そのためです。身近な飼い鳥の背景に、こうした自然と人との複雑な関係があることも、文鳥の日に少しだけ思い出しておきたいポイントです。

手乗り文鳥を迎える前に知っておきたいこと

「文鳥の日をきっかけに飼ってみたい」と思った方のために、迎える前に知っておきたい基本をまとめました。

  • 10年近く付き合う覚悟を:寿命は7〜10年ほど。小鳥とはいえ長いお付き合いになります。
  • ヒナの時期は保温と挿し餌が大切:ヒナは寒さに弱く、一人餌になるまでは人が餌を与える必要があります。
  • 水浴びが大好き:毎日の水浴び用の容器と、新鮮な水の用意は欠かせません。
  • 人によく懐く反面、さみしがり:一羽で飼うと飼い主にべったりになりやすく、毎日のふれあいの時間が必要です。
  • かかりつけの動物病院を確認:鳥を診られる動物病院は限られるので、事前に探しておくと安心です。

具体的な飼育方法は、ペットショップのスタッフや鳥を診察できる獣医師に相談しながら進めるのがいちばんです。

まとめ:小さな命が運んでくる「手に幸せ」

10月24日の「文鳥の日」について、要点を振り返ってみましょう。

  • 「て(10)に(2)し(4)あわせ」の語呂合わせと、手乗り文鳥のヒナが出回る季節にちなむ記念日
  • 「文鳥」の「文」は模様の意味で、「姿の美しい鳥」という名前
  • 江戸時代初期にインドネシアから伝わり、300年以上日本人に愛されてきた
  • 愛知県弥富市は白文鳥発祥の地とされ、今も「文鳥の聖地」と呼ばれる
  • 身近な飼い鳥でありながら、原産地の野生個体は絶滅が心配されている

江戸の終わりに一人の女性が大切に連れてきた一つがいの文鳥が、やがて真っ白な新しい品種を生み、町の産業となり、今も多くの家庭の手のひらに幸せを届けている――。そう考えると、小さな鳥の物語が、なんだか大きく感じられてきます。

今日はどこかで文鳥の姿を見かけたら、その「文(あや)」の美しさに、少しだけ目を留めてみてください。

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