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【10月28日】おだしの日の由来|かつお節を変えた角屋甚太郎とうま味

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はじめに

毎日のお味噌汁やうどんのつゆ。ほっとするあの味の土台にあるのが「おだし」です。10月28日は、そのおだしの魅力を見直す「おだしの日」として登録されています。でも、なぜ10月28日なのか、知っている人は意外と少ないかもしれません。

👇 本記事でわかる3つの重要ポイント 👇

  • 【テーマ1】おだしの日が10月28日になった本当の由来
  • 【テーマ2】かつお節づくりを変えた紀州の漁民たちの歴史
  • 【テーマ3】うま味の相乗効果と、だしで上手に減塩するコツ

記念日の背景を知ると、いつもの一杯がぐっと味わい深くなります。台所ですぐに試せるヒントも紹介しますので、ぜひ最後までお読みください。

おだしの日(10月28日)とは?制定した会社と目的

おだしの日は、大阪府箕面市に本社を置く株式会社太鼓亭が制定した記念日です。日付は語呂合わせではなく、かつお節の製法を考案した人物の命日にちなんでいます。

制定したのは「おだし」にこだわる飲食チェーン

太鼓亭は1971年(昭和46年)10月に設立された会社です。めん処「太鼓亭」や讃岐うどんの店などを、大阪府北部の北摂地域を中心に展開しています。

記念日を制定した目的は、和食の要である「おだし」について正しい情報を届けることです。あわせて、おいしくてヘルシーなおだしの魅力を多くの人に知ってもらう狙いがあります。この記念日は、一般社団法人・日本記念日協会に認定・登録されています。農林水産省東北農政局の食育ブログでも、10月28日が「おだしの日」と認定されていることが紹介されました。

よくある誤解:語呂合わせの記念日ではありません

記念日には「11月24日=いいふし(鰹節の日)」のような語呂合わせが多いため、おだしの日も数字の読み方から決まったと思われがちです。しかし実際は、かつお節づくりに大きな転機をもたらした角屋甚太郎(かどや じんたろう)の命日が由来です。

日本記念日協会の登録内容を紹介する各種の解説によると、その命日は1707年(宝永4年)10月28日とされています。300年以上前の人物の命日が、現代の食の記念日につながっているのです。

由来となった角屋甚太郎とは?紀州・印南の漁民

角屋甚太郎は、江戸時代の紀州印南浦(いなみうら、現在の和歌山県印南町)の漁民です。かつお節に「焙乾(ばいかん)」という技術を取り入れ、節づくりを大きく変えた人物として知られています。

カツオを追って各地へ向かった印南の漁民

日本鰹節協会の事務局が寄稿した記事によると、紀伊半島の南端・潮岬の周辺は、黒潮に乗ってイワシが押し寄せ、それを追うカツオが集まる絶好の漁場でした。印南の漁民はカツオの船団を組み、群れを追って土佐(現在の高知県)の沖まで出かけていました。

冷蔵技術がない時代、釣ったカツオは傷む前にすぐ加工する必要がありました。印南の漁民は土佐にも寄港地を設け、加工の施設を持っていたといわれます。こうした中で生まれたのが、甚太郎の焙乾技術です。

「焙乾」はどんな発明だったのか

焙乾とは、薪を燃やした熱と煙でカツオをいぶしながら乾かす方法です。それまでは、天日に干して乾かすのが中心でした。同協会の記事では、薪でいぶす方法に変わったことで、1600年代に現在の「荒節(あらぶし)」が完成したと説明されています。

いぶすことで、食欲をそそる香りがつき、保存できる期間も大きくのびました。記念日の説明では、甚太郎の製法を「燻乾(くんかん)カビ付け製法」と呼んでいます。いぶして魚の水分を抜き、良いカビを付けることで、悪いカビが生えるのを防ぐという考え方です。

なお、改良が行われた時期や場所については、土佐の宇佐浦(現在の高知県土佐市)で、1674年(延宝2年)に土佐の漁民と紀州の甚太郎が協力して改良したという説もあります。ただし、こうした言い伝えには疑問が残る部分もあると、百科事典でも注記されています。

技術を全国へ広めた印南の人々

甚太郎の技術は、すぐに全国へ広がったわけではありません。土佐藩が真っ先に技術を取り込み、外に出さないように囲い込んだためです。その壁を破ったのも、同じ印南出身の人たちでした。

  • 森弥兵衛(もり やへえ):鹿児島県の枕崎へ製法を伝えた
  • 土佐与市(とさ よいち、印南与市とも):千葉や静岡(伊豆)へ製法を伝えた

和歌山県の資料によると、印南町は「かつお節発祥地」として知られ、国道42号線沿いには「かつお節発祥之地」の看板が立っています。2015年には、こうした先人の名を刻んだ「印南漁民顕彰の碑」も建てられました。町内の印定寺(いんじょうじ)には、甚太郎の位牌がまつられています。現在の印南町ではかつお節の生産は行われていませんが、その技術は全国に広がって今に受け継がれています。

カビ付けの歴史には諸説あります

かつお節の歴史に詳しい資料では、製法の開発と全国への広がりは、江戸時代の初期から後期にかけて「初代甚太郎」「二代目甚太郎」「森弥兵衛」「土佐の与市」ら、印南出身者の功績が大きいとされています。つまり、甚太郎の名を持つ人物は一人ではなかった可能性があります。

また、カビ付けを何度も繰り返す「本枯節(ほんかれぶし)」は、江戸時代の末期に江戸の商人と伊豆・田子の職人たちによって開発されたとされています。カビ付けの技術は、一人の発明というより、長い時間をかけて多くの職人が磨いてきたものと考えるのが自然です。

かつお節ができるまで:荒節と枯節の違い

かつお節は、大きく分けて「荒節」と「枯節(かれぶし)」の2種類があります。違いは、カビ付けをしているかどうかです。

高知県の資料によると、かつお節の仲間である宗田節(そうだぶし)は、ゆでる、骨を抜く、焙乾する、天日に干す、という順に作られます。乾燥が進んだ段階が「荒節」で、さらにカビ付けして熟成させると、より味わいの深い「枯節」になります。

種類 作り方の特徴 味わいの傾向
荒節 ゆでて骨を抜き、焙乾でいぶして乾かしたもの いぶした香りが力強い
枯節 荒節にカビ付けをして熟成させたもの より深く、まろやかな味わい
本枯節 カビ付けと天日干しを何度も繰り返したもの 保存性と風味にすぐれる

「カビ」と聞くと驚くかもしれませんが、ブルーチーズの青カビ、パンの酵母、納豆の納豆菌のように、微生物の力を生かした食品は身近にたくさんあります。かつお節のカビ付けも、中心から水分を均等に抜いたり、熟成を進めたりする大切な役割を担っています。

ちなみに、「かつお節」という言葉が登場する最古の資料は、室町時代の1513年の記録とされています。焙乾法が確立したのは、それからおよそ200年後の江戸時代中期です。カツオそのものとの付き合いはさらに古く、縄文時代の貝塚からもカツオの骨が見つかっています。

だしのうま味の正体:3つのうま味成分

だしのおいしさの中心は「うま味」です。うま味は、甘味・酸味・塩味・苦味とは別の「第五の味」とされ、20世紀の初めに日本の化学者・池田菊苗(いけだ きくなえ)が特定しました。

食材ごとに違ううま味成分

うま味を生む成分は1つではありません。代表的なのは、昆布に多いグルタミン酸、かつお節に多いイノシン酸、干ししいたけに多いグアニル酸の3つです。グルタミン酸は池田菊苗が昆布から、イノシン酸は小玉新太郎がかつお節から見つけました。

うま味成分 多く含む食材の例
グルタミン酸 昆布、トマト、たまねぎ、チーズなど
イノシン酸 かつお節、煮干し、豚肉、鶏肉、牛肉など
グアニル酸 干ししいたけなどの乾燥きのこ類、のりなど

合わせると強くなる「うま味の相乗効果」

うま味成分は、1種類だけだと弱いうま味しか感じません。ところが、グルタミン酸にイノシン酸やグアニル酸を合わせると、強いうま味が生まれます。これをうま味の相乗効果といいます。

昆布とかつお節を一緒に使う「合わせだし」がおいしいのは、まさにこの効果によるものです。組み合わせる割合によっては、うま味が7〜8倍にもなるという紹介もあります。農林水産省の和食紹介ページでも、昆布のグルタミン酸と鰹節のイノシン酸が合わさることで、だしのうま味が引き立つと説明されています。

この知恵は日本だけのものではありません。西洋料理では香味野菜と肉を煮込んでブイヨンをとり、中国料理でも長ネギやしょうがと鶏肉を合わせてスープをとります。世界中の料理人が、成分の名前がわかるずっと前から、舌でこの法則を見つけていたのです。

だしと健康:うま味を生かして上手に減塩

だしのうま味をしっかり効かせると、塩やしょうゆを控えめにしても、物足りなさを感じにくくなります。これが「だしで減塩」といわれる理由です。

学校給食の食育だよりなどでも、「うま味をうまく使って減塩」という考え方がよく紹介されています。新潟県三条市では、高血圧の予防を目的に、スーパーの総菜の一部をだしや素材のうま味を生かして減塩し、あえて減塩とは知らせずに販売する「こっそり減塩作戦」という取り組みも行われています。

また、農林水産省の説明では、だしは油を使わない日本料理の中心となるものとも位置づけられています。和食の献立は、ご飯と汁物に複数のおかずを組み合わせる「一汁三菜」が基本形で、栄養のバランスをとりやすいのも特徴です。

ただし、塩分の目標量や食事の制限は、年齢や持病などによって大きく変わります。ここで紹介したのはあくまで一般的な情報です。個人の状況によって異なるため、食事療法などについては医師や管理栄養士、自治体の保健窓口などの専門家にご相談ください。

だしは和食文化の土台:無形文化遺産と「だし給食」

だしは、世界に認められた和食文化の土台でもあります。2013年(平成25年)12月4日、「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコの無形文化遺産に登録されました。

東京都教育委員会の資料によると、登録された和食には、多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重、健康的な食生活を支える栄養バランス、自然の美しさや季節の移ろいの表現、正月などの年中行事との密接な関わり、という特徴があります。食材の持ち味を引き出すだしは、まさにその中心にある存在です。

和食を次の世代へ伝える活動も続いています。和食文化国民会議は11月24日を「和食の日」とし、11月に全国の学校や保育施設へ、だしが感じられる汁物を給食で出すよう呼びかけています。日本食糧新聞の報道によると、2023年11月の実施校は前年より5.3%多い1万5119校でした。だしの香りは、成長の中で覚えていくものとされ、子どものうちから味わう体験が大切にされています。

おだしの日に試したい、だしの楽しみ方

おだしの日は、いつもの料理でだしを意識してみる絶好のきっかけです。特別な道具がなくても、次のような方法で手軽に楽しめます。

  • 昆布だけ、かつお節だけ、合わせだしの3種類を作り、飲み比べて相乗効果を体感する
  • だしパックを使う場合は、パッケージに書かれた分量と時間を守って、香りの違いを確かめる
  • いつものお味噌汁で、だしを少し濃いめにとり、味噌を控えめにしてみる
  • 干ししいたけの戻し汁を、煮物やスープに活用してみる
  • 家族と一緒に、かつお節や昆布の産地を地図で調べてみる

飲み比べをすると、昆布だけのだしはやさしく、かつお節だけのだしは香りが立ち、合わせただしは深みが増すといった違いがわかりやすくなります。言葉で説明されるより、実際に味わってみるのが一番の近道です。

よくある質問

おだしの日は語呂合わせで決まったのですか?

いいえ、語呂合わせではありません。かつお節の製法を大きく改良した紀州印南浦の漁民・角屋甚太郎の命日とされる、1707年10月28日にちなんでいます。制定したのは大阪府箕面市の株式会社太鼓亭です。

「鰹節の日」や「和食の日」とは違うのですか?

別の記念日です。「鰹節の日」は11月24日で、鰹節メーカーのヤマキが「いい(11)ふし(24)」の語呂合わせで制定しました。同じ11月24日は、和食文化国民会議が定めた「和食の日」でもあります。

角屋甚太郎は何を発明したのですか?

薪の熱と煙でカツオをいぶして乾かす「焙乾」の技術を取り入れ、かつお節の保存性と香りを大きく高めたとされています。カビ付けの技術は、後の時代の職人たちによっても磨かれてきたもので、その歴史には諸説あります。

なぜ昆布とかつお節を合わせるとおいしいのですか?

昆布のグルタミン酸と、かつお節のイノシン酸を合わせると、うま味が強く感じられる「相乗効果」が起きるためです。干ししいたけのグアニル酸でも、同じような効果が生まれます。

だしパックや顆粒だしを使ってもいいのですか?

もちろんです。農林水産省東北農政局の食育ブログでも、「お出汁からとる」「出汁パックを使う」「顆粒出汁を使う」など、家庭や地域によってさまざまだと紹介されています。おだしの日をきっかけに、ときどき昆布やかつお節からとって、味の違いを比べてみるのも楽しい方法です。

まとめ

10月28日の「おだしの日」は、語呂合わせではなく、かつお節づくりを大きく変えた紀州・印南の漁民、角屋甚太郎の命日に由来する記念日です。甚太郎が取り入れた焙乾の技術は、同じ印南出身の人々によって全国へ広がり、伊豆などの職人の工夫も加わって、今のかつお節へとつながりました。

そのかつお節と昆布を合わせると、うま味の相乗効果で、少ない塩分でも満足できる深い味わいが生まれます。一杯のおだしには、300年以上にわたる人々の知恵が詰まっているのです。

おだしの日には、ぜひ昆布だし・かつおだし・合わせだしの3種類を飲み比べてみてください。違いを舌で確かめることが、だしの魅力を知るいちばんの近道です。

参考リスト

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