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【11月6日】社会情動的選択性理論とは?残り時間で変わる心とポジティビティ効果

心理学
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はじめに

年齢を重ねると、付き合う人が少しずつ減っていきます。それなのに、毎日の気分はむしろ穏やかになったと感じる人が少なくありません。この不思議を説明するのが、心理学の「社会情動的選択性理論」です。人生の残り時間を意識すると、人は大切な人や喜びを優先するようになる、という考え方です。

👇 本記事でわかる3つの重要ポイント 👇

  • 【テーマ1】社会情動的選択性理論の基本的なしくみ
  • 【テーマ2】ポジティビティ効果が生まれる背景
  • 【テーマ3】若い人にも役立つ日常での活かし方

理論の生まれた経緯から、研究でわかったこと、限界や注意点までを順に紹介します。「年を取ると幸せになるのはなぜ?」という疑問の答えを、一緒に見ていきましょう。

社会情動的選択性理論とは?時間の感じ方が目標を変える

社会情動的選択性理論とは、「未来の残り時間をどう感じるか」によって、人が優先する目標が変わるという理論です。英語では Socioemotional Selectivity Theory といい、頭文字をとって SST と呼ばれます。

この理論を提唱したのは、アメリカ・スタンフォード大学の心理学者ローラ・カーステンセン(Laura L. Carstensen)さんです。英語版ウィキペディアでは、生涯にわたる「やる気(動機づけ)」の理論として紹介されています。カーステンセンさんは、スタンフォード長寿センターの創設者としても知られています。

理論の中心にあるのは、人の目標を大きく2種類に分ける考え方です。研究データベース scite に掲載された論文の要約によると、人の社会的な目標は「知識を得ること」と「感情を整えること」のどちらかに分けられるとされています。

目標の種類 具体例 優先されやすいとき
知識に関する目標 新しい知識を学ぶ、キャリアを計画する、新しい人と知り合う 未来がまだ長く続くと感じるとき
感情に関する目標 気持ちを穏やかに保つ、心が満たされる人と過ごす 残り時間が限られていると感じるとき

未来がまだたっぷりあると感じているときは、いつか役に立つ知識や人脈づくりにエネルギーを使います。反対に、時間が限られていると感じると、「今この瞬間の心の満足」が大切になるのです。

ここで大事なのは、目標の変化を起こすのは年齢そのものではなく、時間の感じ方の変化だという点です。年を重ねると残り時間を意識しやすくなるため、結果として年齢と結びつきやすい、というしくみです。

理論が生まれた背景「エイジングのパラドックス」

社会情動的選択性理論は、「年を取っても幸福感が下がらないのはなぜか」という謎を解くために生まれました。この謎は「エイジングのパラドックス(加齢の逆説)」と呼ばれています。

老年学の専門誌『The Gerontologist』に2021年に掲載されたカーステンセンさんの論文では、理論をつくった目的が説明されています。高齢者は体の衰えや身近な人との別れなど、現実の喪失を経験します。それにもかかわらず、社会的・感情的な幸福度が比較的高いことが観察されていたのです。

かつての心理学では、高齢期を「衰えと孤立の時期」と見る考え方が主流でした。たとえば1960年代の「離脱理論」は、人生の終わりに向けて個人と社会がお互いに離れていくと考えていました。付き合いが減るのは、老いて仕方なく起こることだと思われていたのです。

カーステンセンさんは、この見方に疑問を持ちました。そして1990年代初め、「付き合う相手が減るのは、自分で選んでいるからではないか」という新しい理論を提案しました。人づきあいの減少を「失ったもの」ではなく、「大切なものを選んだ結果」としてとらえ直したのです。

年を取ると人間関係は「量より質」になる

この理論によると、年を重ねた人は付き合う相手を意識的にしぼり込み、気持ちが満たされる相手との関係を深めていきます。人間関係が「広く浅く」から「狭く深く」へ変わっていくイメージです。

この予測は実際の調査でも確かめられています。アメリカの学術誌『Psychology and Aging』に1998年に掲載された研究では、約40年にわたる3つの世代を比べました。その結果、若い人よりも高齢者のほうが「今の人間関係の広さで満足している」と答える人が多いことがわかりました。この傾向は、どの世代でも同じでした。

若い人が「もっと友だちを増やしたい」と思うのは自然なことです。将来の仕事や生活に役立つ出会いがあるかもしれないからです。一方、残り時間を意識する人にとっては、初対面の人と気をつかいながら過ごすより、気心の知れた家族や古い友人と過ごすほうが、ずっと価値のある時間になります。

カーステンセンさんが1990年に共同で発表した論文のタイトルは、日本語にすると「社会的な相手を選ぶ:老いと、終わりの予感が人をより選び好みさせる」という意味です。このタイトル自体が、理論の考え方をよく表しています。

若い人にも起こる?時間の感じ方を変えた実験

社会情動的選択性理論の面白いところは、若い人でも「時間が限られている」と感じれば、高齢者と同じような選び方をするようになるという点です。逆に、高齢者に時間がたっぷりあると想像してもらうと、年齢による違いが小さくなることもわかっています。

カーステンセンさんが2006年に科学誌『Science』に発表した論文では、この変化は年齢だけでなく、引っ越し、病気、戦争など、未来の時間が短く感じられるさまざまな状況でも起こると述べられています。たとえば、遠くへ引っ越すことが決まった人は、残りわずかな期間を、新しい知り合いづくりより親しい友人との別れの時間にあてたくなるかもしれません。

研究では、時間の感じ方を実験で変える方法も使われてきました。スタンフォード大学の研究者らが2005年にまとめた論文によると、広告の好みを調べる実験で、時間が延びたと想像してもらう条件では、若い人と高齢者の差が消えました。また、カーステンセンさんらの論評によると、時間を限った条件では、若い人の好みも「探索」から「今を味わう」方向へ変わり、高齢者に近づいたと報告されています。

この結果は、理論にとって重要な意味を持ちます。人の選び方を変えているのは「年齢」という数字ではなく、「残り時間の感覚」だという考え方を裏づけるからです。

ポジティビティ効果とは?理論から生まれた発見

ポジティビティ効果とは、年を重ねるほど、悪い情報より良い情報に注意を向け、良いことを覚えている傾向が強くなる現象です。この効果は、社会情動的選択性理論の考え方を確かめる研究の中から見つかりました。

スタンフォード大学のリードさんとカーステンセンさんが2012年に発表した論文によると、「ポジティビティ効果」という言葉は、カーステンセンさんの研究グループが名づけたものです。高齢者が注意や記憶の中で、悪い情報より良い情報を相対的に好むことが、いくつもの研究で示されたためです。

ここで「バイアス(偏り)」ではなく「効果」という言葉が選ばれたのには理由があります。同じ論文によると、年齢による違いは、高齢者が良い情報を好むことだけでなく、若い人が悪い情報に引きつけられやすいことからも同じくらい生まれているからです。つまり、若いころは悪い情報に敏感な「ネガティビティ・バイアス」が強く、年を重ねるとそれが和らいでいく、という流れです。

これまでに確認されてきた主な場面は、次のとおりです。

  • 注意:笑顔の写真と怒った顔の写真を並べると、高齢者は笑顔のほうに目を向けやすい
  • 記憶:あとで思い出すとき、高齢者は良い内容の写真や出来事をより多く覚えている
  • 作業記憶(少しの間、頭に情報を置いておく力):良い情報のほうが保たれやすい
  • 意思決定:選択肢を比べるとき、良い面に目を向けやすい

たくさんの研究をまとめて分析した結果もあります。アメリカの学術誌『Psychology and Aging』に2014年に掲載されたメタ分析(多くの研究をまとめて統計的に分析する方法)では、100件の研究、合計7,129人のデータが調べられました。その結果、ポジティビティ効果は信頼できるもので、高齢者は良い情報を、若い人は悪い情報を優先する傾向があると報告されています。

なぜ良いことに目が向くのか?「衰え」ではなく「心の選択」

ポジティビティ効果は、脳が衰えたから起こるのではなく、気持ちを良い状態に保とうとする心の働きから生まれる、と考えられています。残り時間を意識した人は「心の満足」を大切にするので、注意や記憶の向け先も自然と良い情報へ傾く、というわけです。

このことを示す研究があります。カーステンセンさんらが2018年にまとめた論文によると、物事を判断したり注意を切りかえたりする力(実行機能)が高い高齢者ほど、ポジティビティ効果が強く出ることがわかっています。また、頭に負担をかける作業を同時にしてもらうと、ポジティビティ効果は弱まることも示されています。もし脳の衰えが原因なら、力が高い人ほど効果が弱くなるはずなので、結果は逆の傾向です。

さらに同じ論文では、若い人でも未来の時間を実験的に限ると、ポジティビティ効果が生じたという研究(バーバーさんら)が紹介されています。ここでも、カギを握っているのは年齢ではなく時間の感じ方だということがわかります。

たとえるなら、ポジティビティ効果は「目が悪くなって暗いところが見えなくなった」のではありません。「限られた時間なので、明るい景色をあえて選んで眺めている」状態に近いのです。

年を重ねると幸福感は上がる?長期調査の結果

社会情動的選択性理論が説明しようとした「高齢者の幸福感」は、長期の調査でも確かめられています。年齢を重ねるにつれて、悪い感情が減り、良い感情が増える傾向があるのです。

医療ニュースサイト News-Medical が2010年に紹介したスタンフォード大学の研究では、18歳から94歳までの約180人のアメリカ人を対象に、1993年から2005年までの約12年間にわたって調査が行われました。参加者はポケットベルを持ち歩き、鳴るたびにその時の気分を答えました。その結果、年を重ねるにつれて悪い感情が減り、良い感情が増える傾向が見られました。

興味深いのは、高齢の参加者ほど、良い感情と悪い感情が混ざった「しみじみとした気持ち」を経験することが多かった点です。同じ記事によると、カーステンセンさんは、年を重ねると人生のはかなさを意識するようになり、すばらしい瞬間にその自覚が重なるのだと説明しています。

先に紹介した2021年の論文では、新型コロナウイルスの流行中も、若い世代より高齢者のほうが、良い感情が多く悪い感情が少なかったと報告されています。重症化のリスクが高い立場にありながら、気持ちの面では安定していたのです。

理論の限界と注意点

社会情動的選択性理論とポジティビティ効果は多くの研究で支持されていますが、いつでも、だれにでも当てはまるわけではありません。文化や置かれた状況、調べ方によって、結果が変わることがわかっています。

まず、文化による違いです。英語版ウィキペディアによると、アメリカでは高齢者が悪い経験を軽く扱う傾向が見られた一方、日本ではそうした傾向は見られませんでした。そのかわり、日本の高齢者は、悪い経験の中にある良い面に価値を見いだす傾向があったとされています。また、香港の中国系の人を対象にした研究では、高齢者が笑顔から目をそらし、怖がる顔のほうを見る傾向も報告されています。

次に、つらい経験を抱えている場合です。ブリガム・ヤング大学の研究者らは、ホロコーストの生存者などを対象に調べました。その論文の要約では、心の世界につらい感情が多く含まれている人の場合、感情や身近な関係に目を向けることが、かえって幸福感を下げる可能性があると指摘されています。

さらに、調べ方の影響もあります。先ほどの2014年のメタ分析では、自由に見たり考えたりできる実験ほど効果が大きくなると報告されています。別の研究(バーバーさんら)では、「年を取ると記憶力が落ちる」という思い込みを意識させると、高齢者が良い写真を覚えている割合が下がり、ポジティビティ効果が消えたことも示されました。

また、近年の『Psychology and Aging』の論文では、カーステンセンさんら自身が、これまでの「残り時間」を測る質問の方法では、理論が考える「残り時間を大切に思う気持ち」をうまくとらえきれていないと述べています。そこで、新しい測定方法の開発に取り組んでいます。理論は今も研究の中で磨かれ続けているのです。

日常生活での活かし方

社会情動的選択性理論は、年齢に関係なく「時間は限られている」と意識することで、本当に大切なものを選びやすくなることを教えてくれます。ここでは、研究結果をヒントにした活かし方を紹介します。

  1. 付き合いを「量より質」で見直す:無理に人脈を広げるより、一緒にいて安心できる人との時間を増やします。
  2. 「もし残りが1年なら」と考えてみる:時間を限って考えると、自分にとって本当に大事なことが見えやすくなります。
  3. 前向きな言い方を工夫する:高齢の家族に健康のことを伝えるときは、「〜しないと危ない」より「〜するともっと楽しめる」という伝え方が届きやすい可能性があります。
  4. 良いことに目を向ける習慣を持つ:一日の終わりに、うれしかったことを思い出すだけでも、気持ちの向け先を意識できます。

3つ目については、研究の裏づけもあります。2014年に発表されたノットホフさんとカーステンセンさんの論文のタイトルは、「前向きなメッセージが高齢者の歩行を促す」という意味です。2010年には、健康に関するメッセージを前向きな言い方と後ろ向きな言い方で伝えたときの、年齢による受け取り方の違いを調べた論文も発表されています。

日本でも、関連する研究が行われています。科学研究費助成事業データベース(KAKEN)に掲載された青森大学などの研究(2011〜2013年度)では、前向きな未来への見通しを持つ高齢者ほど、生活の質(QOL)が高い傾向が報告されました。また、高齢者の生活の質に最も強く影響していたのは、家族関係への満足度と収入への満足度だったとされています。

ただし、ポジティビティ効果には、良い面だけに目が向きすぎるという側面もあり得ます。2012年のリードさんとカーステンセンさんの論文でも、良い情報への注目が判断に役立つ場面と、逆に判断をさまたげる場面の両方があることが論じられています。大切な契約やお金の判断では、良い話だけでなく悪い面も一度は確認する習慣を持つと安心です。

よくある質問

社会情動的選択性理論は、だれが提唱したのですか?

スタンフォード大学の心理学者、ローラ・カーステンセンさんです。1990年代初めに提案され、その後、多くの研究で検証されてきました。カーステンセンさんはスタンフォード長寿センターの創設者としても知られています。

ポジティビティ効果とは、簡単にいうと何ですか?

年を重ねるほど、悪い情報より良い情報に注意を向け、良いことを覚えている傾向が強くなる現象です。社会情動的選択性理論を確かめる研究の中で見つかりました。100件の研究をまとめた2014年の分析でも、信頼できる効果だと報告されています。

年を取ると友だちが減るのは悪いことですか?

この理論では、必ずしも悪いことではないと考えます。気持ちが満たされる相手を自分で選び、関係を深めている結果だととらえるからです。調査でも、高齢者は若い人より、今の人間関係の広さに満足している人が多いとされています。

若い人にも関係がありますか?

あります。この理論では、年齢ではなく「残り時間の感じ方」が大事だと考えます。実験でも、時間が限られていると感じた若い人は、高齢者と同じように親しい人や今の満足を選ぶ傾向が見られました。

気分の落ち込みが続くときも、この考え方で乗り切れますか?

理論はあくまで多くの人に見られる傾向を説明したもので、すべての人に当てはまるわけではありません。つらい経験を抱えている場合、かえって負担になる可能性を指摘する研究もあります。気分の落ち込みが続くときは、個人の状況によって異なるため、医療機関や公的な相談窓口など専門家にご相談ください。

まとめ

社会情動的選択性理論は、「人生の残り時間をどう感じるか」によって、人の目標が変わることを説明する理論です。未来が長いと感じるときは知識や新しい出会いを、時間が限られていると感じるときは大切な人や心の満足を優先するようになります。

この考え方から生まれたのが、年を重ねるほど良い情報に目が向く「ポジティビティ効果」です。それは脳の衰えではなく、気持ちを良く保とうとする心の選択だと考えられています。ただし、文化やつらい経験、調べ方によって結果が変わることもあり、万能ではありません。

  • 目標を変えるのは年齢ではなく「残り時間の感覚」
  • 人間関係は年とともに「量より質」へ
  • ポジティビティ効果は「良い景色をあえて選ぶ」心の働き

まずは今週、「もし時間が限られていたら、だれと過ごしたいか」を紙に書き出してみてください。その名前の人に連絡をとることが、この理論をいちばん身近に活かす第一歩になります。

参考リスト

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