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【10月31日】ガス記念日の由来|横浜・馬車道に灯った日本初のガス灯

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はじめに

毎日の料理やお風呂に欠かせないガスですが、日本でガスが最初に使われたのは「火を燃やして明かりをとる」ためでした。10月31日の「ガス記念日」は、明治の初めに横浜でともった、たった十数基のガス灯から始まった記念日です。でも、なぜ10月31日なのか、だれがガス灯を実現したのかは、意外と知られていません。

👇 本記事でわかる3つの重要ポイント 👇

  • 【テーマ1】ガス記念日が10月31日になった由来
  • 【テーマ2】日本初のガス灯を実現した人々と広がりの歴史
  • 【テーマ3】今あらためて確認したいガスの安全な使い方

旧暦と新暦の関係から、文明開化の夜をにぎわせたガス灯の物語、そして今も横浜で見られるガス灯まで、順番にわかりやすく紹介します。読み終えるころには、台所のコンロの火が少し特別に見えるはずです。

ガス記念日とは?10月31日になった由来

ガス記念日は、1872年(明治5年)に横浜の馬車道で日本初のガス灯がともったことを記念する日です。点灯から100年目にあたる1972年(昭和47年)に、都市ガス会社の団体である日本ガス協会が制定しました。

資源エネルギー庁の「エネルギー白書」によると、日本のガス事業は1872年10月31日(旧暦9月29日)に、横浜の馬車道でガス灯がともったことから始まりました。神奈川県庁の付近と、大江橋から馬車道・本町通りにかけて、十数基のガス灯が点灯したとされています。

旧暦の「9月29日」が新暦では「10月31日」

当時の日本は、月の満ち欠けをもとにした暦(旧暦)を使っていました。ガス灯がともった日は、旧暦では明治5年9月29日です。これを現在私たちが使っている暦(新暦、太陽暦)に置きかえると、1872年10月31日になります。

日本が新暦に切りかえたのは、ちょうどこの年の終わりです。明治5年12月3日を明治6年1月1日とする改暦が行われ、それ以降は新暦が使われるようになりました。ガス灯の点灯は改暦の直前の出来事だったため、記念日は新暦に換算した10月31日とされています。

記念日の目的

ガス記念日は、都市ガス事業の役割を多くの人に知ってもらうことを目的としています。この時期には、ガス会社などがガスの安全な使い方や上手な使い方を伝える活動を行っています。「ガスの記念日」と呼ばれることもあり、日本記念日協会にも登録されています。

日本初のガス灯を実現した高島嘉右衛門とプレグラン

日本初のガス灯は、日本人実業家の高島嘉右衛門(たかしま かえもん)と、フランス人技師アンリ・プレグランの二人の協力で実現しました。外国の会社に任せず、日本の手でガス事業を始めたことが大きな特徴です。

「横浜の父」高島嘉右衛門

高島嘉右衛門(1832〜1914年)は、横浜の発展に力を尽くした実業家で、「横浜の父」とも呼ばれます。鉄道の建設に協力したり、学校をつくったりと幅広く活躍しました。占いの「高島易断」の名前でも知られています。

当時、横浜でガス灯をつくる計画は、ドイツの商社も進めていました。高島は、大切な街の設備を外国の会社に握られることを心配し、仲間とガス会社をつくって事業の権利を手に入れたと伝えられています。

上海から来たフランス人技師プレグラン

在フランス日本国大使館の資料によると、アンリ・プレグラン(1841〜1882年、ペルグランとも表記)は、上海のフランス人居留地でガス灯の設置を担当していた技師でした。1870年に来日し、横浜の街全体の照明計画を準備しました。

その後、明治政府に雇われた外国人(お雇い外国人)となり、必要な資材を買うために一度ヨーロッパへ戻りました。1872年7月から横浜でガス管を埋める工事が始まり、同年9月29日(旧暦)に、ついにガス灯がともりました。プレグランは東京のガス灯づくりにもかかわり、1879年に日本を離れています。

点灯当日のにぎわいとガス灯の急速な広がり

ガス灯がともった日の横浜は、まるでお祭りのようなにぎわいになりました。それまでの夜の明かりは、ちょうちんや行灯(あんどん)、ろうそくが中心だったので、明るく揺れるガス灯の光は人々を驚かせました。

エネルギー白書によると、点灯の当日は横浜の人だけでなく、東京方面からも大勢の見物人が訪れました。資源エネルギー庁のコラムでは、その様子を現代のイルミネーションの点灯式にたとえています。

3か月で約300基に

ガス灯は「文明開化」のシンボルとなり、あっという間に数を増やしました。エネルギー白書が示す数字は次のとおりです。

時期 ガス灯の数(目安)
1872年10月31日(初点灯) 十数基
1872年11月 約100基
1872年12月 約240基
点灯から3か月後 約300基

なお、初日に点灯した数は資料によって「十数基」「10基」と表現が少し異なります。

とても高かったガス灯の料金

ガス灯1本の料金は、1か月で3円55銭5厘でした。エネルギー白書では、今のお金に直すと数万円にあたると紹介されています。ガスミュージアム(東京ガスの博物館)の資料では、当時の郵便はがきが1枚1銭だったことと比べ、はがき約355枚分という高さだったと説明しています。

このため、ガスは主に街灯として使われ、一般の家庭では江戸時代と同じように行灯やろうそくを使い続けていました。

一本ずつ火をつけて回った「点灯夫」

自動で火がつく仕組みがなかった時代、ガス灯は人の手でともされていました。夕方になると、火種のついた棒を持った「点灯夫」がガス灯を一本ずつ回り、朝には消して歩きました。ガスミュージアムの資料によると、多い人は100本近くのガス灯を受け持ち、東京では昭和の初めまでこの仕事が続いていたそうです。

照明から「熱」へ ガスの役割の移り変わり

明かりとして始まった日本のガスは、やがて料理や暖房などに使う「熱」のエネルギーへと役割を変えていきました。その大きなきっかけは、電灯の普及です。

東京・銀座にもガス灯

横浜の2年後、1874年(明治7年)12月18日には、東京で金杉橋から京橋までの間に85基のガス灯がともりました。プレグランが自ら測量し、ガス管の図面も描いたと伝えられています。東京から汽車に乗って横浜のガス灯を見に行くことが人気の行楽になっていたほどなので、銀座の点灯は東京の人々にとって待ちに待った出来事でした。

明るさ5倍の「ガスマントル」と電灯の登場

1882年(明治15年)には、銀座で日本初の電気の街灯(アーク灯)がともりました。一方でガスも進化します。1890年代には、オーストリアの化学者ヴェルスバッハが開発した「ガスマントル」(炎にかぶせて光らせる網状の袋)が登場し、ガス灯の明るさは約5倍になりました。これにより、ガス灯は室内の明かりとしても使われるようになります。

しかし、電灯がさらに広まると、明かりの主役は電気に移っていきました。1885年に渋沢栄一らが設立にかかわった東京瓦斯会社(現在の東京ガス)は、1910年代に電灯が広がったことや、1923年の関東大震災でガス灯が減ったことから、燃料としてのガスの利用を広げていきました。

石炭のガスから天然ガスへ

初めのころのガスは、石炭を蒸し焼きにしてつくる「石炭ガス」でした。その後、原料は石油系のガスへ、さらに天然ガスへと移っていきます。東京ガスの沿革によると、1969年にアメリカのアラスカから液化天然ガス(LNG、天然ガスを冷やして液体にしたもの)の輸入を始めました。今の都市ガスの多くは、この天然ガスを主な原料としています。

今も楽しめる横浜・馬車道のガス灯

ガス灯の発祥地である横浜では、今でもガス灯のやわらかな光を見ることができます。馬車道には「日本最初のガス灯」の記念碑と、当時の姿を再現したガス灯が立っています。

テレビ東京の番組紹介(2012年放送時点)によると、馬車道では60基のガス灯が夕暮れになると自動で点灯し、その中にはイギリスの国会議事堂などにあるガス灯のレプリカ4基もあるそうです。講談社ブルーバックスの記事では、馬車道や山下公園通りのガス灯は夕方から深夜0時まで楽しめると紹介されています。

また、神奈川新聞(2018年の記事)によると、ガス灯は馬車道や山下公園前など3か所の通りに約120基あり、海岸通りにも増やす計画が進められていました。馬車道商店街などは、初めてガス灯がともった10月31日に「横浜ガスライトフェスティバル」を開いてきました。イベントの開催状況は年によって変わるため、出かける前に最新の情報を確認してください。

馬車道の周辺には、アイスクリーム発祥の地の記念碑や、日本の近代的な街路樹の始まりを伝える記念碑もあります。文明開化の「日本初」をめぐりながら、夕暮れにガス灯がともる瞬間を見るのも、ガス記念日ならではの楽しみ方です。

ガス記念日に見直したいガスの安全な使い方

ガス記念日は、家庭のガスの使い方を見直すよい機会です。ふだん何気なく使っているからこそ、もしものときの対応を家族で確認しておくと安心です。

「ガス臭い」と感じたときの対応

東京都の資料などでは、部屋がガス臭いと感じたときは、次のように行動するよう呼びかけています。

  1. 火を使わない(コンロ、たばこ、ライターなどは使わない)
  2. 換気扇や照明、コンセントなど電気のスイッチに触らない(小さな火花で引火するおそれがあるため)
  3. 窓や戸を大きく開けて換気する
  4. ガス栓やメーターのガス栓を閉める
  5. ガス会社に連絡し、指示を受ける

特に注意したいのが、換気扇のスイッチです。換気のつもりで入れたくなりますが、ガス漏れのときはスイッチの操作で火花が出て、引火する危険があります。プロパンガス(LPガス)は空気より重く低いところにたまりやすいので、窓を開けたうえで、ほうきなどでゆっくり外へ掃き出す方法も紹介されています。

使っているときは換気を忘れずに

ガス機器は、換気が足りないと不完全燃焼を起こし、目に見えずにおいもない一酸化炭素(CO)が発生するおそれがあります。コンロや小型湯沸かし器を使うときは、換気扇を回すか窓を開けましょう。カセットコンロやストーブを室内で使うときも同じです。

地震のときはマイコンメーターが働く

多くの家庭のガスメーター(マイコンメーター)は、震度5程度以上の大きな揺れや、ガスの異常な使われ方を感じると、自動でガスを止めます。揺れがおさまってからガス臭くないことを確かめ、ガス会社が案内する手順で復帰させます。ご家庭のメーターの種類や手順は、契約しているガス会社の案内で確認してください。安全に関する判断に迷ったときは、自己判断せず、ガス会社などに相談することをおすすめします。

よくある質問

ガス記念日はだれが決めたのですか?

都市ガス会社の団体である日本ガス協会が、1972年(昭和47年)に制定しました。日本初のガス灯の点灯から、ちょうど100年目にあたる年です。

なぜ旧暦の9月29日ではなく10月31日なのですか?

ガス灯がともった明治5年9月29日は旧暦の日付で、今の暦(新暦)に直すと1872年10月31日になります。日本はこの年の12月に新暦へ切りかえたため、記念日は新暦の日付で定められています。

日本初のガス灯はどこで見られますか?

当時のガス灯そのものではありませんが、横浜市中区の馬車道に「日本最初のガス灯」の記念碑と、当時を再現したガス灯があります。夕方になると自動で点灯し、山下公園通りなどでもガス灯の光を楽しめます。

世界で最初のガス灯はいつですか?

講談社ブルーバックスの記事によると、ガス灯は1792年にイギリスの技師ウィリアム・マードックが開発しました。1812年にはロンドンに世界初のガス会社が設立され、ヨーロッパ中に広がりました。開発の年から数えると、日本のガス灯はおよそ80年後のスタートだったことになります。

まとめ

10月31日のガス記念日は、1872年に横浜・馬車道でともった日本初のガス灯に由来します。旧暦9月29日を新暦に直した日付で、点灯から100年目の1972年に日本ガス協会が定めました。

  • 日本初のガス灯は、高島嘉右衛門とフランス人技師プレグランの協力で実現した
  • 点灯から3か月で約300基に増え、文明開化のシンボルになった
  • 電灯の普及とともに、ガスは明かりから料理や暖房の「熱」へと役割を変えた
  • 今も横浜の馬車道や山下公園通りでガス灯の光を楽しめる

150年前の小さな灯りは、形を変えて今も私たちの台所やお風呂を支えています。この機会に、ご家庭のガスメーターの場所と、ガス臭いときの連絡先を家族で一度確認してみてください。

参考リスト

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