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プルースト効果とは?匂いで昔の記憶がよみがえる理由と脳の仕組み

心理学
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はじめに

夕暮れの道でどこかの家から漂ってきたカレーの匂い、古い本を開いたときの紙の香り。その瞬間、すっかり忘れていた子どもの頃の情景が、まるで目の前によみがえったような経験はありませんか。匂いをきっかけに昔の記憶が一気に思い出される現象は「プルースト効果」と呼ばれ、心理学や脳科学の研究テーマにもなっています。

👇 本記事でわかる3つの重要ポイント 👇

  • 【テーマ1】プルースト効果の意味と名前の由来
  • 【テーマ2】匂いが記憶を呼び起こす脳の仕組み
  • 【テーマ3】懐かしい香りを暮らしに生かすヒント

「なぜ匂いだけが、こんなにも鮮やかに昔を連れてくるのか」。その答えを、文学の名場面から最新の研究までたどりながら、やさしく解説します。読み終えたころには、身の回りの香りが少し違って感じられるはずです。

プルースト効果とは?意味と身近な例

プルースト効果とは、ある匂いや香りをかいだことで、それに結びついた過去の記憶や感情が、意図しないまま突然よみがえる現象のことです。「プルースト現象」と呼ばれることもあります。

ポイントは「思い出そうとしていないのに、勝手に思い出される」ことです。写真を見ながら「この旅行はどうだったかな」と記憶をたどるのとは違い、匂いの場合は不意打ちのように過去の場面へ引き戻されます。心理学では、このように自然に浮かぶ記憶を「不随意記憶(ふずいいきおく)」と呼びます。

こんなときに起きるプルースト効果

多くの人が、気づかないうちにプルースト効果を体験しています。たとえば、次のような場面です。

  • ある香水の香りをかいで、その香水をつけていた人を思い出す
  • 夏草や雨上がりの土の匂いで、ふるさとの景色が浮かぶ
  • 蚊取り線香の匂いで、子どもの頃の夏休みの夜がよみがえる
  • 給食のパンや牛乳の匂いで、小学校の教室を思い出す
  • 祖父母の家の畳やたんすの匂いで、親戚が集まったお正月が浮かぶ

思い出す内容は人によってまったく違います。同じ蚊取り線香の匂いでも、ある人は楽しい夏休みを、別の人は田舎の祖母の家を思い出します。匂いそのものではなく、その匂いと一緒に体験した出来事がよみがえる点が、プルースト効果の大きな特徴です。

名前の由来は小説『失われた時を求めて』のマドレーヌ

「プルースト効果」という名前は、フランスの作家マルセル・プルースト(1871〜1922年)の長編小説『失われた時を求めて』に由来します。作中に、お菓子をきっかけに子ども時代の記憶がよみがえる有名な場面があるためです。

紅茶に浸したマドレーヌの場面

『失われた時を求めて』は全7篇からなる大作で、1913年から1927年にかけて刊行されました。その第1篇『スワン家のほうへ』に、20世紀文学でもっとも有名な場面のひとつが登場します。

大人になった語り手は、寒い冬の日に母親から紅茶とマドレーヌ(貝の形をした小さな焼き菓子)をすすめられます。紅茶に浸したマドレーヌのかけらを口にした瞬間、理由のわからない幸福感に包まれます。しばらく考えたすえに、それが子どもの頃、コンブレーという町で日曜の朝にレオニ叔母さんが出してくれた、ハーブティー(菩提樹の花のお茶)に浸したマドレーヌの味だったと気づきます。そこから町の風景や人々の記憶が、次々とよみがえっていくのです。

実は、この場面できっかけになっているのは香りだけでなく「味」も含めた感覚です。プルースト自身も作中で、ほかのものがすべて失われても匂いと味は長く残り続ける、という趣旨のことを書いています。のちに心理学者たちがこの描写に注目し、特に匂いによって記憶が呼び起こされる現象を「プルースト効果」と呼ぶようになりました。

最初はトーストだった?草稿に残る意外な事実

この名場面には、意外な裏話があります。フランス国立図書館(BnF)が2022年に開いたプルースト没後100年の展覧会では、草稿の段階では記憶のきっかけがマドレーヌではなかったことが紹介されました。

米国の書籍専門誌Fine Books Magazineによると、1907年の草稿では固くなったパンで、その後トースト(焼いたパン)、さらにラスクのような固い焼き菓子へと書き換えられていきました。2015年にはAFP通信も、未公開だった手帳の草稿から、トーストや乾パン風の菓子(ビスコット)を経てマドレーヌにたどり着いた経緯を報じています。もしプルーストが書き直していなければ、私たちは今ごろ「トースト効果」と呼んでいたかもしれません。

匂いが記憶を呼び起こす脳の仕組み

匂いが記憶を強く呼び起こす理由は、嗅覚(においを感じる感覚)の情報が、感情と記憶をつかさどる脳の部分に、ほかの感覚より近い道でつながっているためだと考えられています。

嗅覚だけが持つ「脳への近道」

鼻から入った匂いの分子は、鼻の奥にあるセンサーでとらえられ、「嗅球(きゅうきゅう)」という場所で処理されます。ちなみに、この匂いを感じる仕組みを解き明かした研究には、2004年にノーベル生理学・医学賞が贈られています。

科学ニュースサイト「ナゾロジー」の解説によると、視覚・聴覚・触覚・味覚の情報は、脳の中央にある「視床(ししょう)」という中継所を通ってから、考える働きをする「大脳新皮質」へ送られます。ところが匂いの情報は、嗅球から感情や記憶にかかわる「大脳辺縁系(だいのうへんえんけい)」へ、より直接的に届くと説明されています。

たとえるなら、ほかの感覚が各駅停車で途中の駅を経由するのに対し、嗅覚は感情と記憶の中枢へ向かう急行列車のようなものです。経済誌Forbes JAPANの記事でも、匂いの研究で知られる米ブラウン大学のレイチェル・ハーツ博士の研究とあわせて、嗅覚を急行列車にたとえて紹介しています。

感覚 情報が届く主な道すじ 特徴
視覚・聴覚・触覚・味覚 視床を経由して大脳新皮質へ 頭で考えながら理性的に処理されやすい
嗅覚 嗅球から大脳辺縁系(扁桃体・海馬など)へ 感情や記憶と直接結びつきやすい

感情の「扁桃体」と記憶の「海馬」

大脳辺縁系の中でも、プルースト効果にかかわる主役は次の2つです。

  • 扁桃体(へんとうたい):アーモンドのような形をした部分。うれしい、悲しい、怖いといった感情を処理し、感情をともなう出来事を記憶に刻む働きがあります。
  • 海馬(かいば):タツノオトシゴのような形をした部分。日々の出来事を記憶として整理し、保存する「記憶の司令塔」のような場所です。

匂いの情報がこの2つを刺激するため、「そのときの気持ち」と「そのときの出来事」がセットでよみがえりやすくなります。そのため、匂いで思い出すのは九九や英単語のような知識ではなく、自分が体験した思い出の記憶(エピソード記憶、自伝的記憶)が中心になります。

なお、匂いと海馬の深い関係は、病気の研究からも推測されてきました。アルツハイマー病では匂いを識別しにくくなり、病状が進むほどその傾向が強まります。この病気では海馬の働きが低下することから、海馬が嗅覚と記憶の両方に重要なのではないかと考えられてきました。

研究でわかった「匂いの記憶」の特徴

心理学の研究では、匂いで呼び起こされた記憶には「感情が強い」「古い」「その場に戻ったように感じる」といった特徴があることがわかってきました。一方で、記憶の正確さまで高まるわけではない点にも注意が必要です。

感情が強く「その場に戻った」ように感じる

この分野を代表する研究者が、先ほど登場したレイチェル・ハーツ博士です。2002年に発表された研究では、同じ思い出を「匂い」と「見た目」の手がかりで呼び起こして比べたところ、匂いで呼び起こした記憶のほうが感情的で、その出来事の場所へ「引き戻された」感覚が強いという結果が出ました。

2004年に発表された別の研究では、70人の参加者に、キャンプファイヤーや刈りたての芝生、ポップコーンなどの思い出を、言葉・映像・音・匂いで呼び起こしてもらいました。その結果、匂いで呼び起こした記憶が、もっとも感情的で臨場感があると評価されました。

脳の画像による裏づけもあります。同じく2004年の研究では、5人の女性に、個人的に大切な思い出のある香水をかいでもらい、MRI(脳の活動を画像で調べる装置)で観察しました。すると、見た目の手がかりや、思い出のない香水と比べて、扁桃体と海馬の周辺がはっきりと強く活動していました。参加者が少ない研究ではありますが、匂いの記憶が感情と深く結びついていることを脳の活動から示した、先駆的な成果です。

よみがえるのは10歳ごろまでの記憶が多い

匂いで思い出す記憶は、子ども時代のものが多いこともわかっています。人は一般に、言葉をきっかけに昔を思い出すと、10代から30歳くらいまでの出来事を多く思い出す傾向があります。これを心理学では「レミニセンス・バンプ(回想のこぶ)」と呼びます。

ところが、スウェーデンの心理学者マリア・ラーション氏らの研究では、高齢の参加者に匂いを手がかりにして思い出してもらうと、記憶が10歳ごろまでの時期に集中していました。言葉を手がかりにした場合は青年期から若いころに集中しており、はっきりとした違いが見られたのです。

理由のひとつとして、多くの匂いは子どもの頃に初めて体験するため、その最初の出来事と強く結びつくのではないか、という説があります。年齢を重ねた方が、ある香りで急に幼い日の情景を思い出すのは、こうした仕組みによるものかもしれません。

ラーション氏らは、匂いによる記憶の特徴を、英語の頭文字をとって「LOVER(ラバー)」とまとめています。

頭文字 意味 内容
L(Limbic) 大脳辺縁系 感情や記憶にかかわる大脳辺縁系の働きに支えられている
O(Old) 古い 子ども時代など、昔の記憶が多い
V(Vivid) 鮮やか その場にいるような鮮明さがある
E(Emotional) 感情的 強い感情をともなう
R(Rare) まれ ほかの手がかりに比べ、呼び起こされる記憶の数は少なめ

ただし「正確な記憶」とは限らない

ここで大事な注意点があります。匂いの記憶は鮮やかに感じられますが、細かい部分まで正確に思い出せるとは限りません。2020年に学術誌『Frontiers in Psychology』に掲載された論文では、これまでの研究を整理したうえで、匂いの手がかりが記憶の細かさや具体性を高めるという結果は見られないか、むしろ低くなる場合もあると紹介しています。

つまり匂いは、記憶の「中身」よりも「気持ち」を強く呼び戻すものだと考えられます。勉強中に同じ香りをかいでおけば試験で内容を全部思い出せる、といった魔法のような使い方を裏づける研究は、今のところ見当たりません。

プルースト効果とノスタルジー(懐かしさ)の関係

匂いで昔を思い出すと、多くの人は「懐かしい」と感じます。研究では、この香りがもたらす懐かしさ(ノスタルジー)が、前向きな気持ちや人とのつながりの感覚を高めることが報告されています。

米国の心理学者チェルシー・リード氏や、英国サウサンプトン大学の研究者らによる2015年の研究では、参加者に12種類の香りをかいでもらい、どれくらい懐かしさを感じるかなどを評価してもらいました。用意された香りには、有名な香水、アップルパイ、パンプキンパイのスパイス、バラ、カプチーノ、綿菓子などがありました。

その結果、香りで懐かしさを強く感じた人ほど、次のような気持ちが高い傾向にありました。

  • 前向きな気分
  • 自分を大切に思う気持ち(自尊心)
  • 過去の自分と今の自分がつながっている感覚
  • 将来への楽観的な見通し
  • 人とのつながりを感じる気持ち
  • 人生に意味があるという感覚

同じ研究グループは2022年に、食べ物でも同じように懐かしさが生まれるかを調べ、食べ物による懐かしさも、主に前向きな感情をともなうことを報告しています。おふくろの味や駄菓子を口にしたときに温かい気持ちになるのは、味と香りの両方が思い出を呼び起こしているからだと考えられます。

懐かしさを感じる話題に心がひかれる背景にも、こうした香りと記憶の結びつきがあると考えられます。昭和の駄菓子屋、銭湯、紙芝居といった話題に「あの匂い」がつきものなのは、多くの人の記憶が匂いと結びついているからです。

プルースト効果を暮らしに生かすヒント

プルースト効果の仕組みを知っておくと、香りを「思い出づくり」や「気分を整える」ことに役立てられます。ただし、匂いは楽しい記憶だけでなく、つらい記憶を呼び起こすこともある点を心に留めておきましょう。

香りで思い出を「しおり」のように残す

  • 旅行や記念日など大切な場面で、ふだん使わない香りを身につけておく。あとでその香りをかぐと、当日の気持ちを思い出しやすくなります。
  • 家族で囲んだ料理を、ときどき同じ作り方で再現する。匂いが家族の共通の思い出になります。
  • 昔よく使っていた石けんやお菓子を、もう一度手に取ってみる。忘れていた記憶に出会えるかもしれません。
  • 家族や友人と「懐かしい匂い」を話題にしてみる。思い出話が自然に広がるきっかけになります。

つらい記憶がよみがえることもある

匂いと記憶の結びつきは、良い思い出に限りません。事故や災害などのつらい体験と結びついた匂いが、その記憶や感情を強く呼び起こしてしまうこともあると指摘されています。香りを人に贈ったり、場所に取り入れたりするときは、相手によって感じ方がまったく違うことを意識しましょう。

また、香りを使った心のケアや、匂いを手がかりにした回想の取り組みが注目されることもありますが、効果の感じ方は人それぞれです。気分の落ち込みが続く、匂いがわかりにくくなったなど、心や体のことで気になる点がある場合は、個人の状況によって異なるため、医師や専門家、公的な相談窓口にご相談ください。

よくある質問

プルースト効果とプルースト現象は同じ意味ですか?

はい、どちらも同じ現象を指す言葉として使われています。英語でも「Proust effect」「Proust phenomenon」の両方の呼び方があります。匂いをきっかけに、意図しないまま過去の記憶や感情がよみがえることを意味します。

匂いのほかに、味や音でもプルースト効果は起きますか?

名前の由来になったマドレーヌの場面は、香りと味の両方がきっかけでした。食べ物や音楽で懐かしさが呼び起こされることも研究で報告されています。ただし一般には、特に匂いによって記憶がよみがえる現象を指してプルースト効果と呼ぶことが多いです。

なぜ子どもの頃の記憶ばかり思い出すのですか?

研究では、匂いで呼び起こされる記憶は10歳ごろまでの時期に集中しやすいことがわかっています。多くの匂いを初めて体験するのが子ども時代であるため、最初の出来事と強く結びつくのではないかという説があります。

香りを使えば勉強の内容を思い出しやすくなりますか?

匂いは、そのときの気分や雰囲気を呼び戻す力は強いものの、細かい内容を正確に思い出す助けになるという研究結果は、今のところ十分ではありません。集中するための気分の切り替えに使う程度に考えておくのがよいでしょう。

まとめ

プルースト効果は、匂いをきっかけに昔の記憶と感情が一気によみがえる現象です。名前はプルーストの小説『失われた時を求めて』の、紅茶に浸したマドレーヌの場面に由来します。

  • 嗅覚の情報は、感情の扁桃体と記憶の海馬がある大脳辺縁系へ、近い道で届くと考えられている
  • 匂いの記憶は、感情が強く、鮮やかで、10歳ごろまでの古い記憶が多い
  • 一方で、記憶の細かい中身が正確になるとは限らない
  • 香りがもたらす懐かしさは、前向きな気持ちや人とのつながりの感覚を高めることがある

まずは今日、身の回りで「懐かしい」と感じる匂いをひとつ探してみてください。その香りがどんな思い出につながっているのかをたどってみると、自分だけの小さなプルースト効果に出会えるはずです。

参考リスト

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