はじめに
「最小二乗法」という言葉を、学校や仕事で一度は耳にしたことがあるかもしれません。名前は難しそうですが、中身は「ズレを含んだたくさんの測定値から、いちばん確からしい答えを選ぶ」という、とても身近な考え方です。その誕生の裏には、1801年に夜空から姿を消した小さな天体と、それを計算だけで探し当てた若き数学者ガウスの物語がありました。
👇 本記事でわかる3つの重要ポイント 👇
- 【テーマ1】小惑星ケレスが行方不明になった事件と、ガウスが再発見に導いた経緯
- 【テーマ2】最小二乗法の「誤差をならす」しくみと、なぜ「二乗」なのかという疑問の答え
- 【テーマ3】ルジャンドルとの先取権争いと、GPSやAIまで広がった現代での使われ方
数式はほとんど使わず、身近な例で説明します。220年以上前の天文学の大事件が、いまのスマートフォンやAIにどうつながっているのか、順番に見ていきましょう。
1801年元日、新天体ケレスの発見と「行方不明」事件
結論から言うと、ケレスは発見からわずか約6週間で観測できなくなり、天文学者たちは「どこに現れるか分からない」という難題を抱えました。
ピアッツィが見つけた「動く星」
1801年1月1日、イタリアのパレルモ天文台の台長ジュゼッペ・ピアッツィは、恒星の位置を正確に記録する観測の途中で、おうし座の中を少しずつ動く小さな光の点を見つけました。コトバンク(日本大百科全書)によると、ピアッツィはパレルモ天文台を建設した初代台長で、この天体を「ケレス」と名づけました。ケレスはローマ神話の農業の女神の名前です。
当時のヨーロッパでは、「火星と木星のあいだに、まだ見つかっていない惑星があるはずだ」と考えられていました。NASAのジェット推進研究所(JPL)の記事によると、1800年には24人の天文学者が空を分担して探す「天空警察」と呼ばれるグループまで作られていたそうです。ピアッツィの発見は、まさにその「未知の惑星」かもしれないと大きな注目を集めました。
太陽の光に隠れて見えなくなった
ところが、ピアッツィが追跡できたのは2月11日までの約41日間だけでした。その後、ケレスは地球から見て太陽の方向に近づき、明るい空にまぎれて見えなくなってしまいます。記録に残ったのは、二十数回分の観測データだけです。
41日間でケレスが空の上を動いたのは、軌道全体から見ればごく小さな弧にすぎません。しかも、観測には必ず小さな誤差(測定のズレ)が含まれます。この短い「かけら」から軌道全体を割り出し、数か月後にどこへ再び現れるかを予測するのは、当時の方法ではほぼ不可能だと考えられていました。
24歳のガウスが計算で居場所を言い当てるまで
この難題を解いたのが、ドイツのブラウンシュヴァイクにいた24歳の数学者カール・フリードリヒ・ガウスでした。他の天文学者とはまったく違う場所を予測し、それが的中したのです。
天文学者たちの予測はばらばらだった
1801年の秋、ピアッツィの観測データがドイツの天文学者フランツ・クサーヴァー・フォン・ツァハが編集する天文雑誌『月刊通信』に掲載されました。各地の天文学者が軌道を計算し、予測を発表しましたが、ケレスはなかなか見つかりません。
ガウスはこのデータを使い、独自の方法で軌道を計算しました。ガウスの予測は他の人たちのものとは大きく異なっていましたが、ツァハはそれを雑誌に載せ、天文学者たちはその位置を探し始めます。ガウスの計算は非常に手間のかかるもので、ラトガース大学の数学史の論文によると、100時間以上の計算が必要だったとされています。
大みそかの再発見
1801年12月7日、ツァハはガウスが予測した位置の近くでケレスらしき天体をとらえました。天候が悪く、確認できたのは12月31日になってからだったと伝えられています。さらに、ドイツの天文学者ハインリッヒ・オルバースも、年が明けた1802年1月1日ごろにケレスを確認しました。発見からほぼ1年後に、計算どおりの場所でケレスは再び見つかったのです。
なお、ツァハの最初の観測日や確認日は、資料によって「12月7日」「12月31日」と書き方が分かれています。いずれにしても、ガウスの予測によって再発見が実現したという点では、どの資料も一致しています。この成功でガウスは一躍ヨーロッパ中に名を知られ、のちにゲッティンゲン大学の天文台長に迎えられました。
ガウスの計算の2段階
ガウスのやり方は、大きく2つの段階に分けられます。
- 観測データの中から3回分を選び、ケプラーの法則(惑星は太陽を焦点とするだ円軌道を回るという法則)だけを前提に、おおまかな軌道を求める
- ほかの観測データも使い、すべての観測とのズレが全体として最も小さくなるように、軌道を少しずつ修正していく
この2つ目の「ズレを全体としてならす」という考え方こそが、最小二乗法の核心です。ただし、ガウスが1801年の予測そのものに最小二乗法をどこまで使ったのかについては、歴史家の間でも見方が分かれています。数学ブログThatsMathsも、この点にはあいまいさがあると指摘しています。確かなのは、ガウスが自分の方法を1809年の著書『天体運動論』で体系的にまとめたことです。
最小二乗法のしくみを身近な例で理解する
最小二乗法とは、「予測とデータのズレをそれぞれ二乗して合計し、その合計がいちばん小さくなる答えを選ぶ」方法です。言葉だけだと分かりにくいので、身近な例で考えてみましょう。
例1:机の長さを3回測ったら
メジャーで机の長さを3回測ったところ、100.2cm、99.8cm、100.3cmと、毎回少しずつ違う結果になったとします。本当の長さはどれでしょうか。
ここで「候補の長さ」と「それぞれの測定値」との差(ズレ)を考えます。ズレを二乗して足し合わせ、その合計が最小になる候補を探すと、答えは100.1cmになります。これは3つの値の平均と同じです。つまり、私たちが普段なにげなく使っている「平均をとる」という行為も、実は最小二乗法の一番シンプルな形なのです。
例2:勉強時間とテストの点数に線を引く
次に、勉強時間と点数の関係を考えます。次のようなデータがあったとします。
| 勉強時間 | 1時間 | 2時間 | 3時間 | 4時間 | 5時間 |
|---|---|---|---|---|---|
| 点数 | 52点 | 55点 | 61点 | 64点 | 68点 |
グラフに点を打つと、ほぼ右上がりに並びますが、一直線ではありません。そこで「すべての点のなるべく近くを通る直線」を引きたくなります。最小二乗法で計算すると、答えは「点数=47.7+4.1×勉強時間」という直線になります。この直線と各点の縦方向のズレを二乗して足すと、合計は1.9です。
試しに、目分量で引いた「点数=48+4×勉強時間」という直線で同じ計算をすると、合計は2.0になります。わずかな差ですが、どんな直線を選んでも1.9より小さくはならないというのが、最小二乗法で選んだ直線の意味です。このような直線は「回帰直線」と呼ばれ、表計算ソフトの「近似曲線(線形)」機能でもおなじみです。
ケレスの場合は「軌道」を選んだ
ケレスの問題も、考え方は同じです。候補となる軌道を1つ決めると、「その軌道ならこの日はこの位置に見えるはず」という予測ができます。その予測と、ピアッツィの実際の観測とのズレを二乗して足し合わせ、合計が最も小さくなる軌道を選べばよいわけです。直線の代わりに「だ円軌道」を当てはめている、と考えるとイメージしやすいでしょう。
なぜ「二乗」なのか?誤差をならす3つの理由
ズレをそのまま足すのではなく、わざわざ二乗するのには、はっきりした理由があります。主なものは次の3つです。
理由1:プラスとマイナスが打ち消し合わない
ズレには、予測より大きい「プラスのズレ」と、小さい「マイナスのズレ」があります。そのまま足すと、+3と−3が打ち消し合って合計0になり、「ぴったり合っている」と勘違いしてしまいます。二乗すれば、どちらも9というプラスの値になるため、ズレの大きさを正しく積み上げられます。イギリスのランカスター大学の解説も、この点を二乗する理由の1つに挙げています。
理由2:大きなズレを重く見る
二乗すると、ズレが2倍になれば影響は4倍、3倍になれば9倍になります。そのため、最小二乗法は「小さなズレがたくさんある状態」を「大きなズレが少しある状態」よりも好みます。全体をまんべんなく、なめらかにならすような答えが選ばれやすいのです。
理由3:計算しやすく、理論の裏づけもある
二乗の合計は、高校数学の微分を使うと、比較的簡単な連立方程式(正規方程式と呼ばれます)に変えて解くことができます。電卓もコンピューターもない時代には、これは大きな利点でした。
さらにガウスは、測定の誤差が「平均の近くに多く、離れるほど少ない」という釣り鐘型の分布(正規分布、ガウス分布とも呼ばれます)に従うなら、最小二乗法の答えが最も確からしい答えになることを示しました。国立情報学研究所の発表資料によると、ガウスは1823年の論文で、正規分布に限らない一般的な誤差に対しても、この方法が優れていることを示しています。
注意点:極端に外れた値に弱い
一方で、大きなズレを重く見る性質は弱点にもなります。記録ミスなどで1つだけ極端に外れた値があると、答えがそちらへ大きく引っぱられてしまうのです。数学百科事典Encyclopedia of Mathematicsによると、ルジャンドルも、計算後に大きなズレが残った観測は取り除いて計算し直すことを提案していました。データの中に明らかなミスがないかを先に確かめることは、今でも大切な作業です。
ルジャンドルとの先取権争い:最初に考えたのは誰か
最小二乗法を最初に発表したのは、ガウスではなくフランスの数学者ルジャンドルでした。この「どちらが先か」をめぐる争いは、統計学の歴史で最も有名な先取権争いと言われています。
1805年、ルジャンドルが先に発表
セント・アンドルーズ大学の数学史アーカイブによると、ルジャンドルは1805年、彗星の軌道を求める方法についての著書の付録で、最小二乗法をくわしく紹介しました。「最小二乗法」という名前を付けたのもルジャンドルです。分かりやすい計算例も添えられていたため、この方法はすぐにヨーロッパ中に広まりました。
1809年、ガウスの「1795年から使っていた」という主張
4年後の1809年、ガウスは『天体運動論』の中で最小二乗法を取り上げ、「自分は1795年からこの原理を使っていた」と書きました。ルジャンドルはこれに強く反発します。先に発表された成果を、証拠となる出版物もなく自分のものだと主張するのはおかしい、という言い分でした。ルジャンドルは1820年、著書の補遺の中でガウスを公然と批判しています。
現在の評価
シカゴ大学の統計学史研究者スティグラーの論文などを踏まえると、現在の評価はおおむね次のように整理できます。
- 発表したのはルジャンドルが先(1805年)で、発表の先取権はルジャンドルにある
- ガウスが1805年より前にこの方法を使っていた可能性は高いと、多くの研究者が考えている
- ガウスは最小二乗法を正規分布と結びつけ、「なぜこの方法が正しいのか」という理論の土台を築いた
なお、国立情報学研究所の資料によると、1799年にはラプラスが、ズレの絶対値(プラス・マイナスを外した大きさ)の合計を小さくする「最小一乗法」を発表していました。誤差をどうならすかという問題は、当時の科学者たちが共通して取り組んでいたテーマだったのです。
ケレスのその後と、現代に生きる最小二乗法
ガウスが計算で探し当てたケレスは、今では「準惑星」に分類され、最小二乗法は私たちの暮らしを支える基本の道具になっています。
ケレスは「準惑星」になった
ケレスは、火星と木星のあいだの小惑星帯で最大の天体で、直径は約940kmです。月の直径(約3,500km)の4分の1ほどの大きさしかなかったため、発見後まもなく「惑星」とは呼ばれなくなり、小惑星の第1号とされました。その後、2006年の国際天文学連合の総会で決まった新しい分類により、準惑星に分類されています。
2015年3月6日には、NASAの探査機「ドーン」がケレスに到着し、2018年まで周回しながら観測を続けました。ドーンは準惑星を周回した最初の探査機で、クレーターの中に光る白い点(塩類と考えられています)があることなどを明らかにしました。ピアッツィが小さな光の点として見つけた天体を、200年あまり後に人類は間近で観察したことになります。
今も使われる最小二乗法
最小二乗法は、ケレスの時代から形を変えながら、さまざまな分野で使われ続けています。
- 人工衛星や小惑星の軌道計算:たくさんの観測データから軌道を割り出す方法は、今でも最小二乗法が基本です
- 測量と位置の計算:ガウス自身も1820年代にハノーファー地方の測量で活用しました。GPSなどの衛星測位で、複数の衛星の信号から現在地を求める計算にも使われます
- データ分析:売上と広告費の関係を調べる回帰分析など、ビジネスや研究の現場で広く使われています
- AI(機械学習):AIが「予測と正解のズレ」を小さくするように学習するとき、ズレの二乗の合計がよく使われます
ランカスター大学のブログは、不完全なデータから数学のモデルと計算を組み合わせて確かな予測を引き出したケレスの再発見を、データサイエンスの出発点と呼んでもよい出来事だと紹介しています。
よくある質問
最小二乗法と平均はどう違うのですか?
同じ量をくり返し測った場合、最小二乗法で求めた答えは平均と一致します。平均は最小二乗法の最もシンプルな形だと言えます。最小二乗法は、直線や曲線、天体の軌道など、もっと複雑な形をデータに当てはめる場合にも使える点が違います。
ガウスは本当にケレスの予測に最小二乗法を使ったのですか?
ガウス自身は、1795年ごろからこの方法を使っていたと述べています。ただし、1801年の予測でどこまで最小二乗法を使ったのかは、歴史家の間でも見方が分かれています。少なくとも、観測とのズレを全体として小さくする考え方で軌道を修正し、それを1809年の『天体運動論』で体系化したことは確かです。
ケレスは今どのような天体とされていますか?
ケレスは直径約940kmで、小惑星帯で最大の天体です。2006年以降は準惑星に分類されています。2015年から2018年にかけてNASAの探査機ドーンが周回して観測しました。
最小二乗法に弱点はありますか?
ズレを二乗するため、極端に外れた値が1つあるだけで、答えが大きく引っぱられやすいという弱点があります。記録ミスなどの異常な値がないか、事前に確かめることが大切です。外れた値の影響を小さくする別の計算方法も研究されています。
まとめ
最小二乗法は、「ズレを二乗して合計し、その合計が最も小さくなる答えを選ぶ」というシンプルな考え方です。1801年に見失われた小惑星ケレスは、24歳のガウスがわずかな観測データから軌道を計算したことで、ほぼ1年後に再び見つかりました。最小二乗法を最初に発表したのはルジャンドルでしたが、ガウスはその理論的な裏づけを築き、今ではGPSやAIまで、私たちの暮らしを支える計算の土台になっています。
一つひとつの測定はズレていても、たくさん集めて上手にならせば、真実に近づくことができます。興味がわいた方は、表計算ソフトに身近な数値(毎日の歩数と睡眠時間など)を入力し、グラフに「近似曲線(線形)」を追加してみてください。画面に引かれるその直線が、ガウスとルジャンドルが考えた最小二乗法の答えです。
参考リスト
- Ceres: Keeping Well-Guarded Secrets for 215 Years(NASA JPL)
- ピアッツィとは(コトバンク)
- ガウスとは(コトバンク)
- Gauss and Ceres(Rutgers University, History of Mathematics)
- Gauss Predicts the Orbit of Ceres(ThatsMaths)
- 200 years of least squares method(Elemente der Mathematik)
- A planet between Mars and Jupiter?(Universidad de Sevilla, IMUS)
- Gauss: The First Data Scientist?(Lancaster University)
- 最小二乗法の歴史と応用(国立情報学研究所 発表資料)
- Adrien-Marie Legendre(MacTutor, University of St Andrews)
- Legendre, Adrien-Marie(Encyclopedia of Mathematics)
- Gauss and the Invention of Least Squares(Stephen M. Stigler)
- ガウス確率論の誕生(植村栄治)
- Ceres: The closest dwarf planet to Earth(Space.com)
- Dawn reveals Ceres’ rich topography(BBC Sky at Night Magazine)

