はじめに
「ナイチンゲール」と聞くと、夜の病室をランプを持って見回る「白衣の天使」の姿を思い浮かべる人が多いはずです。ところが母国イギリスでは、彼女は統計学の草分けとしても知られています。この記事では、ナイチンゲールが考え出した「鶏頭図(けいとうず)」というグラフを入り口に、彼女がどのように数字を使って国と軍隊を動かしたのかを、やさしく解説します。
👇 本記事でわかる3つの重要ポイント 👇
- 【テーマ1】ナイチンゲールの鶏頭図の読み方
- 【テーマ2】クリミア戦争の野戦病院で起きていた真実
- 【テーマ3】統計とグラフで国を動かした説得の戦略
「グラフ1枚で本当に政府が動くの?」と感じた方こそ、ぜひ読み進めてください。データを「伝わる形」にすることの大切さは、仕事のプレゼンや家族への説明にもそのまま役立ちます。
ナイチンゲールの鶏頭図とは?ひと目でわかる仕組み
鶏頭図とは、円を月ごとの扇形に分け、その扇形の面積で死者の数を表したグラフです。英語では「ローズダイアグラム(バラの図)」や「ポーラーエリアチャート(極座標面積図)」とも呼ばれます。
ふつうの円グラフとの違い
ふつうの円グラフは、扇形の「角度」を変えて割合を表します。一方、鶏頭図は角度をすべて同じにして、中心からの「長さ(半径)」を変えて量を表します。カナダの統計学者マイケル・フレンドリーらの論文によると、ナイチンゲールの図は月ごとに等しい角度の扇形を使い、半径の違いで死者数を示しています。
デザイン誌「Eye」の解説によると、1年の12か月を1つの円に並べ、1か月を30度の扇形にして時計回りに配置しています。つまり、円を一周すると1年分の変化が見渡せる、カレンダーのようなグラフなのです。
色分けの意味
扇形は、死因ごとに色分けされています。フレンドリーらの論文では、次のように説明されています。
- 外側の青い部分:防ぐことができた感染症などの病気による死亡
- 赤(ピンク)の部分:戦場での傷による死亡
- 黒(濃い灰色)の部分:そのほかの原因による死亡
この図を見ると、青い部分が圧倒的に大きいことがすぐにわかります。兵士の命を最も多く奪っていたのは、敵の弾丸ではなく病気だったという事実が、数字を読まなくても目に飛び込んでくる仕組みです。
なぜ「鶏頭図」と呼ばれるのか
放射状に広がる扇形の形が、ニワトリのトサカ(鶏冠)に似ていることから、英語で「コックスコーム(Coxcomb=ニワトリのトサカ)」と呼ばれるようになりました。日本ではこれを訳して「鶏頭図」と呼びます。総務省統計局の学習サイトでも「ニワトリのとさか」と呼ばれる円グラフの一種として紹介されています。
ただし、この呼び名の由来には説が分かれています。ナイチンゲール自身が図を「コックスコーム」と呼んでいたとする資料がある一方で、フレンドリーらの論文は、ナイチンゲールの書いたものにはこの名前は出てこないと指摘しています。また、イギリスのフローレンス・ナイチンゲール博物館の解説では、コックスコームという呼び方は伝統的なものの、正しくないとされています。
クリミア戦争の野戦病院で起きていたこと
鶏頭図が生まれた背景には、クリミア戦争(1853〜1856年)での悲惨な体験があります。戦場で亡くなる兵士より、病院で病気によって亡くなる兵士のほうがはるかに多かったのです。
ナイチンゲール、戦地の病院へ
クリミア戦争は、ロシアと、トルコ(オスマン帝国)・イギリス・フランスなどの連合軍が戦った戦争です。総務省統計局の学習サイトによると、ナイチンゲールは1854年、イギリス政府から看護師団のリーダーとして派遣されました。アメリカ看護師協会の公式誌によると、同年10月、38人の看護師を率いて、現在のイスタンブールにあったスクタリ(スクタリ兵舎病院)へ向かっています。
そこで彼女が目にしたのは、ひどく混み合い、換気も排水も不十分な病院でした。イギリスの医学誌BMJ系の論文によると、ナイチンゲールはスクタリでの死亡の原因を、過密、換気不足、排水の不備、不衛生、生活に必要な物資の不足の5つにまとめています。
数字が示した衝撃の死亡率
同じ論文によると、スクタリの病院では、1855年2月に入院した兵士の死亡率が42.7%に達しました。入院した人のおよそ5人に2人が亡くなっていた計算です。その後、衛生面の改革が進むと、同年6月には2.2%まで下がったとされています。
さらに、フレンドリーらの論文によると、戦争の最初の7か月間の死者を1年あたりに換算すると、病気だけで兵士の60%が亡くなるペースでした。これは、17世紀のロンドンの大疫病(ペストの大流行)を上回る水準だったといいます。
オークション会社ボナムズの資料によると、ナイチンゲールの報告書は、クリミアでの約1万8000人の死者のうち、約1万6000人が戦闘による死亡ではなかったという衝撃的な数字を明らかにしました。
数学が好きな少女が統計家になるまで
ナイチンゲールがグラフで勝負できたのは、若いころから数学と統計を本格的に学んでいたからです。看護の道に進む前から、彼女は数字で物事を考える人でした。
ナイチンゲールは1820年、イタリアのフィレンツェで裕福なイギリス人の家庭に生まれました。「フローレンス」という名前は、生まれた町フィレンツェの英語名に由来します。総務省統計局によると、歴史・語学・音楽など高い水準の教育を受け、若いころから「近代統計学の父」と呼ばれるベルギーのアドルフ・ケトレーを尊敬し、すぐれた家庭教師について数学や統計を学んだといわれています。
戦後、彼女の分析を支えたのが、当時のイギリスを代表する医療統計学者ウィリアム・ファーです。フレンドリーらの論文によると、ナイチンゲールはファーが1852年にまとめたコレラの報告書で円形のグラフを見て、強い印象を受けました。ファーはやがて彼女の友人であり協力者となり、2人でクリミアのデータを整理して、説得力のある報告書を作り上げていきます。
グラフでイギリス軍を動かした方法
ナイチンゲールの狙いは、数字を「記録」することではなく、数字で「人を動かす」ことでした。そのために、データの集め方から見せ方、届け先まで、すべてを計算していました。
「統計の目的は、死者を数えることではない」
フレンドリーらの論文では、ナイチンゲールの次のような考えが紹介されています。統計の主な目的は、何人が亡くなったかを政府に知らせることではなく、病気と死の広がりを防ぐための手をすぐに打てるようにすることだ、というものです。この考え方が、彼女のすべての活動の土台になっています。
報告書とグラフを有力者に届ける
Eye誌の解説によると、ナイチンゲールは統計が「無味乾燥」に見えることを心配し、データを図にして報告書に入れました。鶏頭図は、1858年に作られた報告書『英国陸軍の健康、効率、病院管理に関する覚え書き』などに収められ、翌1859年の冊子でも発表されています。
データ可視化の歴史を紹介するThe Data Schoolの記事によると、ナイチンゲールは関連する報告書を自費で2000部印刷し、改革を後押ししてくれそうな有力者たちに送りました。ボナムズの資料も、『覚え書き』が彼女の自費で印刷され、限られた有力者の間で回覧されたと伝えています。読んでほしい相手に、確実に届ける工夫をしていたのです。
平時の兵舎も「危険な場所」だった
ナイチンゲールの分析は、戦場だけにとどまりませんでした。1858年の週刊紙「ザ・リーダー」の記事によると、陸軍の調査は、平時のイギリス国内でも兵士の死亡率が高く、歩兵では夜勤のある警察官の2倍にのぼることを示しました。原因として、兵舎の過密、換気の悪さ、下水設備の欠如が挙げられています。オークション会社クリスティーズの資料によると、ナイチンゲールは兵士と一般市民の死亡率の違いを示すために、多色刷りの図を何枚も用意していました。
王立委員会と陸軍の改革へ
戦後、ナイチンゲールは陸軍大臣パンミュア卿と粘り強く交渉し、陸軍の健康状態を調べる王立委員会(国王の名のもとに設けられる調査委員会)の設置を実現させました。ボナムズの資料によると、『覚え書き』は公には刊行されなかったものの、委員会の設置そのものと、勧告の多くの中身を方向づけたとされています。
ヨーク大学が公開しているフローレンス・ナイチンゲール博物館の解説によると、この委員会をきっかけに陸軍の統計が整理し直され、ヨーロッパでも最高水準の統計と評価されるようになりました。グラフ1枚から始まった説得が、組織の仕組みそのものを変えたのです。
面積で正直に見せる工夫と、今に残る議論
鶏頭図の見どころは、見た目のインパクトだけではありません。「人の目は面積で大きさを感じ取る」という点まで考えて、誤解を生まないように作り直されていました。
半径ではなく面積で表した理由
フレンドリーらの論文によると、初期の版は数字をそのまま半径の長さにしていたため、差が大げさに見えてしまいました。半径を2倍にすると、面積は4倍に見えるからです。そこで後の版では、死者数の平方根(2乗するとその数になる値)を半径に使い、扇形の面積が死者数とぴったり対応するように直しました。
ヒューストン大学の科学番組「Engines of Our Ingenuity」も、半径で数字を表せば主張をもっと強く見せられたのに、目が感じるのは面積なので、それでは人をだますことになると指摘しています。一方、総務省統計研究研修所の資料では、報告書の中には中心からの距離で描いた図もあり、外側の感染症の部分が誇張されて見える面があったものの、上層部を説得するための見せ方の工夫だったと紹介されています。
「死亡率を下げたのは誰か」という議論
スクタリの死亡率が下がった理由については、今も見方が分かれています。英国の画像アーカイブ、ブリッジマン・イメージズの解説によると、1855年3月、ジョン・サザーランド医師らの衛生委員会がスクタリに到着し、下水の修理や換気の改善を行ったところ、数週間で死亡率が半分になったとされています。
歴史家ヒュー・スモールは、ナイチンゲール自身も戦時中は本当の原因に気づいておらず、帰国後にデータを分析して初めて、問題が病院の衛生状態にあったと悟ったという見方を示しています。死亡率の改善を「ナイチンゲールひとりの手柄」とする説明には、慎重な意見もあるのです。
見方を変えると、これはナイチンゲールの誠実さを示すエピソードでもあります。自分の判断が正しかったかどうかを、感覚ではなくデータで確かめ、その結果を改革につなげたからです。
統計家ナイチンゲールが残したもの
ナイチンゲールの功績は、看護の世界だけでなく、統計学と公衆衛生(社会全体の健康を守る取り組み)の世界にも大きく残っています。
| 年 | 主なできごと |
|---|---|
| 1820年 | イタリアのフィレンツェで生まれる |
| 1854年 | 看護師団を率いてクリミア戦争の野戦病院へ |
| 1858年 | 女性として初めてロンドン統計協会(現・王立統計協会)の会員に |
| 1860年 | ロンドンの聖トーマス病院に看護師養成学校を設立 |
| 1874年 | アメリカ統計学会の名誉会員に選ばれる |
| 1910年 | 90歳で亡くなる |
王立統計協会(RSS)の公式サイトによると、ナイチンゲールは1858年、女性として初めての会員(フェロー)となり、亡くなるまで50年以上にわたって会員であり続けました。総務省統計局によると、この推薦は「英国陸軍の衛生改革への統計的手法の活用」という業績が認められたものです。また、1860年にロンドンで開かれた国際統計会議では、病院の統計を統一された基準で集めることを提案しています。
活動の舞台はイギリス国内にとどまりませんでした。女性科学者を紹介するサイト「Scientific Women」によると、ナイチンゲールはインドの衛生状態についても統計的な調査を行い、王立委員会の設置を働きかけました。10年にわたる衛生改革の結果、インド駐留兵の死亡率は1000人あたり69人から18人まで下がったと報告されています。
王立統計協会は彼女の生誕200年にあたる2020年、医療データの分析で成果をあげた人をたたえる「フローレンス・ナイチンゲール賞」を創設しました。データで命を守るという彼女の考え方は、今も受け継がれています。
よくある質問
鶏頭図と円グラフは何が違うのですか?
円グラフは扇形の「角度」で割合を表しますが、鶏頭図は角度をそろえ、扇形の「面積」で量を表します。月ごとの変化を円の上で一周して見られるのが特徴です。時間の流れと内訳を同時に示せる点が、ふつうの円グラフとの大きな違いです。
鶏頭図はナイチンゲールが初めて考えたグラフですか?
完全な独創ではなく、協力者ウィリアム・ファーが1852年の報告書で使った円形のグラフから影響を受けたとされています。ナイチンゲールの功績は、この形を死因の比較に使い、面積で正確に伝わるよう工夫して、政策を動かす道具にしたことにあります。
ナイチンゲールは本当に「統計学者」だったのですか?
はい。1858年に女性として初めて王立統計協会の会員となり、1874年にはアメリカ統計学会の名誉会員にも選ばれています。病院の統計を統一された基準で集めることを提案するなど、医療統計の分野で大きな役割を果たしました。
なぜ「ランプの貴婦人」や「白衣の天使」と呼ばれるのですか?
戦地の病院で、夜にランプを持って病室を見回り、兵士たちを励ました姿が伝えられ、「ランプの貴婦人」と呼ばれるようになりました。日本では看護師全体を表す「白衣の天使」という言葉とも結びつけて語られています。
まとめ
ナイチンゲールは、献身的な看護師であると同時に、データを集め、分析し、伝わる形にして社会を動かした統計家でした。鶏頭図は、「兵士を最も多く死なせているのは、防ぐことのできる病気だ」という事実を、誰もがひと目でわかる形にしたグラフです。
- 鶏頭図は、扇形の面積で死者数を表し、死因を色分けしたグラフ
- クリミア戦争では、戦闘よりも病気による死亡がはるかに多かった
- 報告書とグラフを有力者に届け、王立委員会の設置と陸軍の改革につなげた
- 見た目で誤解されないよう、面積で正しく伝わる工夫をしていた
次にグラフを見るときは、「この図は、何を一番伝えたいのか」「大きさの見え方が数字と合っているか」を意識してみてください。それだけで、ニュースや資料の数字が、ぐっと読みやすくなるはずです。
参考リスト
- ナイチンゲールと統計(総務省統計局 なるほど統計学園)
- ナイチンゲール(総務省統計局 なるほど統計学園 キッズ)
- 統計図書館ミニトピックス 号外 統計データを駆使したナイチンゲール!(総務省統計局)
- Nightingale 2020: The bicentenary of our first female fellow(Royal Statistical Society)
- The radiant diagrams of Florence Nightingale(Michael Friendly ほか)
- The Passionate Statistician(University of York/Florence Nightingale Museum Trust)
- Lady with the diagram(Eye Magazine)
- Nightingale’s Rose Diagram(Lehigh University Libraries)
- Florence Nightingale(Engines of Our Ingenuity, University of Houston)
- Florence Nightingale and hospital outcomes(BMJ Quality & Safety)
- Notes on Matters Affecting the Health, Efficiency, and Hospital Administration of the British Army(Bonhams)
- Mortality of the British Army(Christie’s)
- Data Visualisation: A History #2 Florence Nightingale(The Data School)
- Sanitary Commission at Scutari(Bridgeman Images)
- Hugh Small on Florence Nightingale(BRLSI)
- The Leader, 13 February 1858(Nineteenth-Century Serials Edition)
- Florence Nightingale overcame the limits set on proper Victorian women(American Nurse)
- Florence NIGHTINGALE(Scientific Women)

