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【10月26日】原子力の日とは?由来と東海村の初発電、今の原発事情

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はじめに

カレンダーで10月26日に「原子力の日」と書かれているのを見て、何の日だろうと思ったことはありませんか。原子力の日は、日本の原子力の歴史で大切な二つの出来事が、偶然にも同じ10月26日に起きたことから生まれた記念日です。名前は知っていても、由来や、その後の原子力発電の移り変わりまで知っている人は多くありません。

👇 本記事でわかる3つの重要ポイント 👇

  • 【テーマ1】原子力の日が10月26日になった由来
  • 【テーマ2】東海村の動力試験炉JPDRが果たした役割と歴史
  • 【テーマ3】2026年の日本の原子力発電の最新事情

この記事では、1956年と1963年の出来事をやさしくひもとき、2026年10月時点の原発の状況や、賛成・反対の両方の考え方まで整理しました。ニュースで原子力の話題を見かけたときに、背景がすっとわかるようになるはずです。

原子力の日とは?10月26日に制定された由来

原子力の日は、1956年10月26日に日本が国際原子力機関(IAEA)の憲章に署名したことと、1963年10月26日に日本で初めて原子力による発電が行われたことを記念する日です。日本原子力研究開発機構の原子力百科事典「ATOMICA」によると、この記念日は1964年(昭和39年)に制定されました。

目的は、原子力への関心と理解を深めることです。毎年この日には、政府や原子力に関わる団体などで、さまざまな行事が開かれてきました。ATOMICAの年表には、制定された1964年の10月26日に「第1回原子力の日」が行われたことも記されています。

1956年10月26日:IAEA憲章への署名

IAEAは、原子力を平和のために役立てることを進め、軍事目的に使われないよう見張る国際機関です。外務省の資料によると、その設立は1953年12月の国連総会で、アメリカのアイゼンハワー大統領が提案したことに始まります。

外務省の外交青書(1958年版)によると、IAEAの憲章(組織の基本ルールを定めた条約)は1956年10月23日にニューヨークの国連本部で採択され、26日に署名のために開放されました。日本はこの初日の10月26日に署名しています。国立公文書館アジア歴史資料センターに残る記録からは、国連日本政府代表部の加瀬俊一大使が署名を担当したことがわかります。

なお、IAEAが実際に発足したのは、憲章の効力が生じた1957年7月29日です。そのため、1956年10月26日は「正式な加盟が完了した日」というより、「加盟に向けて憲章に署名した日」と考えるのが正確です。記念日の解説では「IAEAに加盟した日」と書かれることも多いため、覚えておくと理解がすっきりします。

1963年10月26日:東海村で日本初の原子力発電

二つ目の出来事は、茨城県東海村にあった日本原子力研究所(原研)での初発電です。原研の動力試験炉「JPDR」が、1963年10月26日に日本で初めて原子力による発電に成功しました。

ATOMICAでは、日本の原子力発電開発の出発点はこのJPDRの初発電だと説明されています。IAEA憲章への署名からちょうど7年後の同じ日に、日本は自分たちの原子炉で電気をつくる段階にたどり着いたのです。

JPDRとはどんな原子炉だったのか

JPDRは、原子力発電所を建てて動かす経験を積むためにつくられた、日本最初の発電用原子炉です。正式名称は「動力試験炉」で、英語名のJapan Power Demonstration Reactorの頭文字をとっています。

ATOMICAによると、原研はアメリカのゼネラル・エレクトリック(GE)社と1960年8月に建設契約を結び、1961年3月に建設を始めました。機器の設計や燃料の加工はGE社が行い、国内では日立製作所などが中心となって機器づくりを担いました。

文部科学省の審議会資料に掲載された、日本原子力研究開発機構の説明をもとに、主な特徴を表にまとめます。

項目 内容
型式 沸騰水型(BWR:原子炉の中で水を沸かし、その蒸気でタービンを回す方式)
熱出力 9万キロワット
電気出力 1万2,500キロワット
運転期間 1963年〜1976年
運転時間 約1万7,000時間
発電電力量 約1.4億キロワット時

電気出力1万2,500キロワットは、現在の大型原発(1基100万キロワット前後)と比べると100分の1ほどの規模です。それでも、発電用原子炉の性質をつかみ、建設・運転・保守の経験を得るという目的を果たしました。

運転終了後は「解体のお手本」に

JPDRは、役目を終えたあとにも大きな仕事を残しました。ATOMICAによると、出力を高める改造(JPDR-II)が進められたものの、不具合のため全出力に届かないまま、1976年3月に運転を終えています。

その後JPDRは、将来の商業用原発を解体するための技術を試す場として使われました。1986年から本体の解体が始まり、1996年3月31日に解体が完了しています。文部科学省の資料では、解体で出た約2万4,440トンのうち、約2万670トンは放射性ではない廃棄物だったと示されています。

ATOMICAでは、JPDRの運転経験から得られた知識が、その後の商業用原発の建設・運転や、配管のひび割れ(応力腐食割れ)の原因究明と対策に大きく役立ったと説明されています。発電の始まりと、解体の進め方の両方で、日本の原子力の「最初の教科書」になった原子炉といえます。

原子力の日から始まった日本の原子力発電の歩み

JPDRの初発電のあと、日本の原子力発電は商業用の段階へと進み、1970年代から本格的に広がっていきました。ATOMICAの解説をもとに、主な流れを整理します。

  • 1963年10月:JPDRが日本初の原子力発電に成功
  • 1966年7月:イギリスから導入した日本原子力発電の東海発電所が営業運転を開始(日本初の商業用原子力発電)
  • 1970年11月:関西電力美浜発電所1号機(福井県)が営業運転を開始
  • 1971年3月:東京電力福島第一原子力発電所1号機(福島県)が営業運転を開始

文春オンラインの記事によると、1977年には原子力が日本の総電力出力の約7%を占めていました。一方で、当時の科学技術庁のデータでは日本人の約7割がその事実を知らず、原子力発電はまだ実験段階だと思っていたそうです。この年の原子力の日には、若い男女が抱き合う写真に「無関心?無関係?」と書いたポスターが発行され、話題になりました。

その後、国内の原発は最大で54基まで増えました。しかし2011年3月の東京電力福島第一原発事故で状況は大きく変わります。共同通信の報道によると、全国の原発の稼働率は事故後の2014年度に0%となり、そこから少しずつ回復してきました。

2026年の今、日本の原子力発電はどうなっている?

2026年10月時点で、日本で動いている原発は15基です。資源エネルギー庁によると、2026年2月17日時点で全国15基の原子力発電所が稼働しており、日本原子力産業協会の2026年8月7日現在の資料でも、発電中の原発は15基とされています。

柏崎刈羽原発の再稼働と稼働率

2026年の大きな出来事は、新潟県にある東京電力柏崎刈羽原発6号機の再稼働です。秋田魁新報(共同通信配信)によると、6号機は2026年1月21日に原子炉を起動しました。東京電力の原発が動くのは、福島第一原発事故のあとで初めてです。資源エネルギー庁によると、同年4月16日には営業運転を始めています。

共同通信の報道では、日本原子力産業協会のまとめとして、2025年度の原発の稼働率は33.6%で、事故後としては3年連続で最高を更新しました。ただし、かつて54基あった原発は廃炉が進んで33基に減っています。再稼働していない18基も計算に含まれるため、稼働率は過去最高だった1998年度の84.2%には遠く及びません。

国の方針と今後の見通し

国の方針は、原子力を積極的に使う方向へ変わっています。2025年2月に決まった第7次エネルギー基本計画では、原子力を「最大限活用」すると明記されました。

nippon.comのまとめによると、政府は2026年7月に、2040年代までに原発を2〜5基建て替える方針を打ち出しました。北海道電力の泊原発は2027年早期の運転再開が見込まれる一方で、中部電力の浜岡原発は地震の想定をめぐる問題から再稼働の申請を取り下げる方向と報じられています。共同通信は、2026年度に再稼働が予定されている原発はないと伝えています。

原子力の日は「賛成・反対」の両方から考える日

原子力の日は、原子力を進める立場の行事が行われる日であると同時に、原発に反対する人たちが声を上げる日でもあります。どちらの考え方があるのかを知っておくと、ニュースの見え方が変わります。

進める側の考え方

原子力を活用すべきだと考える人たちは、発電のときに二酸化炭素をほとんど出さないことや、燃料を輸入に頼る日本でも電気を安定して届けやすいことを理由に挙げます。資源エネルギー庁も、安全を最優先にしながら、エネルギーの安定供給と脱炭素の両立を目指すと説明しています。

反対する側の考え方

選挙ドットコムの記事によると、1975年ごろから国内の反原発運動は10月26日を「反原発デー」と位置づけ、抗議活動を続けてきました。反対する人たちは、事故が起きたときの被害の大きさ、避難計画が本当に機能するのかという不安、使用済み燃料や放射性廃棄物の処分の難しさなどを問題として挙げています。

また、原子力の日に合わせて行われてきた児童・生徒向けの「原子力ポスターコンクール」については、2011年の参議院の質問主意書で「一方的な教育ではないか」という批判が紹介されたこともあります。原子力の日そのものが、立場によって受け止め方の分かれる記念日だといえます。

原子力の日に考えたい「平和利用」と「安全」

原子力の日の原点にあるのは、「原子力を平和のためだけに、安全に使う」という考え方です。これは、発電に賛成か反対かにかかわらず、多くの人が共有できる出発点です。

IAEA憲章の第2条には、原子力が世界の平和や健康、繁栄に役立つよう努めることと、援助が軍事目的に使われないようにすることが定められています。外務省の資料では、IAEAの活動が発電だけでなく、がんの放射線治療などの医療や、食料・農業の分野にも広がっていることが紹介されています。

そして、JPDRの歴史が示すように、原子力は「動かす」ことだけでなく「安全に終わらせる」ことまで考える必要があります。原子力の日は、身近な電気がどこから来ているのか、どんな利点と課題があるのかを、一度立ち止まって考えるきっかけにちょうどよい日です。

よくある質問

原子力の日はいつ、誰が決めたのですか?

原子力の日は毎年10月26日で、1964年(昭和39年)に日本政府が定めました。最初の原子力の日は、その年の10月26日に行われています。

原子力の日は祝日ですか?

祝日ではありません。国民の祝日を定めた法律に含まれる日ではなく、原子力への理解を深めるための記念日です。

日本で最初に原子力発電をしたのはどこですか?

茨城県東海村の日本原子力研究所にあった動力試験炉「JPDR」です。1963年10月26日に日本初の原子力発電に成功しました。商業用としての最初の原子力発電は、1966年に営業運転を始めた日本原子力発電の東海発電所です。

JPDRは今も残っていますか?

残っていません。JPDRは1976年に運転を終え、1986年から解体が進められ、1996年3月31日に解体が完了しました。将来の原発解体に役立つ技術やデータを集めるための試験として行われました。

2026年10月時点で動いている原発は何基ですか?

15基です。資源エネルギー庁や日本原子力産業協会の資料で、15基が稼働していることが確認できます。定期検査などで一時的に止まる原発もあるため、最新の状況は各公式サイトでご確認ください。

まとめ

原子力の日は、1956年10月26日のIAEA憲章への署名と、1963年10月26日の東海村JPDRによる日本初の原子力発電という、二つの「10月26日」を記念して1964年に生まれた日です。JPDRは発電の出発点であると同時に、日本で初めて解体までやり遂げた原子炉として、今も教訓を残しています。

2026年10月時点では15基の原発が動き、国は原子力の「最大限活用」を掲げています。その一方で、10月26日を反原発の日として行動する人たちもいます。原子力の日をきっかけに、資源エネルギー庁などの公式サイトで、ご自身の地域の電気がどのようにつくられているのかを一度調べてみてください。

参考リスト

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