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【9月17日の歴史】NASAスペースシャトル初号機「エンタープライズ」公開の裏側に隠されたスタートレックファンの情熱

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はじめに

宇宙の話題や歴史的な出来事について、ニュースで見聞きしたときに「もっと詳しく知りたい!」とワクワクして気になってしまうことはありませんか?私たちの普段の暮らしからは少し遠く感じる宇宙開発の世界ですが、実は意外なところで私たちが愛するポップカルチャーや、一般の人々の熱意と深く結びついていることがあります。今回ご紹介するのは、今から数十年前に起きた、まるで映画のように感動的な現実の出来事についてです。

👇 本記事でわかる3つの重要ポイント 👇

  • 【テーマ1】スペースシャトル初号機が公開された理由
  • 【テーマ2】名称が変更された「スタートレック」ファンの熱意の秘密
  • 【テーマ3】宇宙船エンタープライズ号から命名された歴史のロマン

この記事を最後までお読みいただくと、遠い宇宙に向けた高度な技術開発が、実は私たちと同じような一般のファンの熱意によって形作られたこともあるという、胸が熱くなる歴史の事実を知ることができます。専門用語を使わず、誰にでもわかりやすく解説していきますので、ぜひ一緒に宇宙とSFが交差した奇跡の歴史へとタイムスリップしてみましょう!

1976年9月17日:NASAがスペースシャトルの初号機「エンタープライズ」を公開

まずはじめに、今回の調査で明らかになった歴史的な事実をご紹介します。

1976年(昭和51年)の9月17日、NASA(アメリカ航空宇宙局)がスペースシャトルの初号機「エンタープライズ」を公開しました。
カリフォルニア州パームデールで、スペースシャトル滑空実験機「エンタープライズ(OV-101)」が初公開されたのです。
当初は「コンスティチューション」と命名される予定でしたが、SFテレビシリーズ『スタートレック』の熱心なファンによる署名運動を受けて宇宙船エンタープライズ号から命名された逸話で知られています。

スペースシャトルとは?再利用可能な宇宙船への挑戦

使い捨てから「何度も使える宇宙船」へ

ここからは、当時の背景についてさらに詳しく、そしてわかりやすく深掘りしていきましょう。1970年代以前の宇宙開発といえば、アポロ計画に代表されるように、ロケットも宇宙船も「一度打ち上げたら使い捨て」というのが当たり前の時代でした。しかし、これでは宇宙へ行くたびに莫大な費用がかかってしまいます。そこでNASAが考えたのが、「飛行機のように滑走路に着陸し、整備すれば何度も繰り返し使える宇宙船」の開発でした。これが「スペースシャトル」計画の始まりです。

まるで巨大な飛行機のようなデザイン

スペースシャトルは、宇宙へ行くときは巨大なロケットに取り付けられて打ち上げられますが、地球に帰ってくるときは翼を使ってグライダーのように空を滑空し、飛行場に着陸します。これは当時としては非常に画期的で、まさに未来の乗り物そのものでした。その最初の機体として作られたのが、今回ご紹介している初号機なのです。この初号機は、宇宙という過酷な環境に行く前に、まずは地球の空気の中でしっかりと飛行機として飛べるかどうかを試すための「滑空実験機」として作られました。

カリフォルニア州パームデールでの歴史的お披露目

巨大な機体が人々の前に姿を現した日

1976年9月17日、カリフォルニア州にあるパームデールの工場から、ついに完成した初号機が人々の前に姿を現しました。この日は大勢の関係者やメディア、そして特別ゲストが集まり、大々的なお披露目式典(ロールアウト・セレモニー)が開催されました。白と黒の美しいツートンカラーに塗られた巨大なスペースシャトルが工場の扉からゆっくりと出てきた瞬間、会場は割れんばかりの歓声と拍手に包まれたと言われています。

式典を彩った特別なゲストたち

このお披露目式典が非常に特別なものになった理由の一つに、豪華なゲストの存在がありました。実はこの会場には、大人気SFドラマ『スタートレック』の生みの親であるジーン・ロッデンベリー氏や、ドラマの主要キャストたちが招待されていたのです。現実の宇宙開発の最前線に、空想の世界で宇宙を旅する俳優たちが並んで立つという光景は、世界中のファンを熱狂させました。

幻の名称「コンスティチューション」に込められた意味

アメリカ建国200周年を記念するはずだった名前

実は、このスペースシャトル初号機は、最初から「エンタープライズ」という名前だったわけではありません。NASAが当初予定していた名前は「コンスティチューション(Constitution)」というものでした。この言葉は日本語で「憲法」という意味を持ちます。1976年という年は、アメリカにとって建国200周年という非常に重要な節目の年でした。そのため、アメリカ合衆国憲法に敬意を表し、この記念すべき年に完成する新しい宇宙船に「コンスティチューション」と名付けるのは、政府にとってもNASAにとっても、非常に自然でふさわしい決定だと思われていたのです。

正式発表直前での大逆転劇

ところが、この「コンスティチューション」という名前は、歴史の表舞台に出ることはありませんでした。当時のアメリカ大統領であったジェラルド・フォード大統領のもとに、信じられないほどの数の手紙が届き始めたからです。それが、歴史を変えることになる大きな署名運動の始まりでした。

スタートレックファンの熱意が歴史を動かす

ホワイトハウスに届いた何十万通もの手紙

当時、『スタートレック』というドラマはアメリカを中心に爆発的な人気を誇っていました。そのドラマの中で主人公たちが乗って宇宙を冒険する宇宙船の名前が「U.S.S. エンタープライズ」だったのです。ファンたちは「アメリカが新しく作る、何度も宇宙を行き来できる夢の宇宙船の最初の機体には、絶対に『エンタープライズ』という名前をつけてほしい!」と強く願い、ホワイトハウスやNASAに対して大規模な手紙を書くキャンペーン(署名運動)を行いました。

その数はなんと数十万通にものぼったと言われています。インターネットもSNSもない時代に、これだけの数の人々が自らの手で手紙を書き、切手を貼ってポストに投函したという事実は、ファンの熱意がいかに凄まじかったかを物語っています。

大統領の決断と「エンタープライズ」の誕生

この驚くべきファンの熱意は、ついに国を動かしました。ジェラルド・フォード大統領は、建国200周年の記念碑的な名前よりも、未来の宇宙開発を応援する国民の声を尊重することを選んだのです。大統領はNASAに対し、初号機の名前を「エンタープライズ」に変更するように助言しました。こうして、SFの世界の宇宙船の名前が、現実の最先端の宇宙船に引き継がれるという、奇跡のような出来事が実現したのです。

実験機としてのエンタープライズの重要な役割

宇宙には行かなかったけれど必要不可欠だった存在

名前の由来がとてもドラマチックなエンタープライズですが、実はこの機体は、他のスペースシャトルのように実際に宇宙空間(地球の軌道上)へ飛び立つことはありませんでした。なぜなら、エンタープライズは最初から「大気圏内での滑空テスト(空を飛んで無事に着陸できるかのテスト)」を目的として作られた実験専用の機体だったからです。

命懸けの着陸テスト(ALTプログラム)

スペースシャトルは、宇宙から帰ってくるときはエンジンを使わず、グライダーのように滑空して滑走路に着陸しなければなりません。やり直しがきかない一発勝負の着陸です。その危険な着陸が本当に可能なのかを確かめるため、エンタープライズは巨大なジャンボジェット機(ボーイング747)の背中におんぶされるように乗せられ、上空高くへと運ばれました。そして空中で切り離され、パイロットの操縦によって地上へと見事に滑空し、無事に着陸するという非常に重要なテストを何度も成功させました。このエンタープライズの活躍があったからこそ、その後に続く「コロンビア」や「ディスカバリー」といったスペースシャトルたちが、安全に宇宙へと旅立つことができるようになったのです。

退役後のエンタープライズはどこへ?

世界中を旅したスペースシャトル

滑空テストという大役を終えた後、エンタープライズは数々の展示会やイベントでその姿を披露し、多くの人々に宇宙への夢と希望を与え続けました。1983年にはヨーロッパを巡るツアーも行われ、フランスのパリ航空ショーにも登場するなど、世界的なスターとして活躍しました。その後は長らくワシントンD.C.の近くにあるスミソニアン航空宇宙博物館の別館で大切に保管され、訪れる人々にその巨大で美しい姿を見せていました。

現在の展示場所:ニューヨークの空母の上が新たな家に

現在、エンタープライズはニューヨークのマンハッタンにある「イントレピッド海上航空宇宙博物館」に展示されています。この博物館は、実際に使われていた巨大な航空母艦(空母)をそのまま博物館に改装したもので、エンタープライズはその飛行甲板の上に建てられた専用のパビリオンの中で、今も静かに余生を過ごしています。ニューヨークを訪れる多くの観光客が、かつてのファンの熱意と、宇宙開発の夜明けを支えたこの歴史的な機体を見上げて、思いを馳せているのです。

まとめ

今回は、1976年9月17日に公開されたNASAのスペースシャトル初号機「エンタープライズ」の歴史と、その名前に隠された感動的なエピソードについてご紹介しました。

国の威信をかけた重要な宇宙船の名前が、テレビドラマの熱狂的なファンの声によって変えられたという事実は、何度聞いても驚きと感動を与えてくれます。宇宙開発という最先端の科学技術の世界であっても、最終的にそれを動かしているのは、夢を追いかける人間たちの熱い情熱なのだと改めて気づかされますね。

エンタープライズは宇宙に行くことはありませんでしたが、後続のスペースシャトルたちが安全に宇宙へ行き来するための道を切り開いた、とても重要で偉大な存在です。もし将来、ニューヨークへ旅行に行く機会があれば、ぜひイントレピッド海上航空宇宙博物館に足を運んで、世界中のSFファンの夢とNASAの技術者たちの努力の結晶である本物のエンタープライズに会いに行ってみてください。きっと、この記事でご紹介した歴史のロマンを肌で感じることができるはずです。

参考リスト

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