👇 この記事の要点(読了目安:約5分) 👇
- 【物語】訪ねてきた二人の僧に、同じ「喫茶去(お茶をどうぞ)」と答えた趙州和尚の逸話
- 【学び】経験や立場の違いにとらわれず、いま目の前のことを、まっさらな気持ちで味わう
- 【今日やること】お茶をいれるあいだに、「来週に持ち込まないこと」を1つ決める
2026年10月25日、日曜日。おはようございます。
新しい1週間の前日、日曜日の朝です。「昨日までのことが、頭に残っている」「来週のことが、もう気になっている」と、感じていませんか。
結論:気持ちをリセットするコツは、「かまえ」をいったん下ろして、目の前の一杯に向き合うことです。
日曜日の朝に「喫茶去」を読む理由
日曜日は、座標を「ゼロ」に戻す日です。昨日は「足りているものを味わう」ことを考えました。今日は、その続きとして、「いったん、かまえを下ろして、ゼロに戻る」ことを考えてみましょう。
そこで読みたいのが、禅の言葉として知られる「喫茶去(きっさこ)」の話です。
今日の一話:禅語「喫茶去」
※この話は、中国・唐の時代の禅僧、趙州(じょうしゅう)和尚にまつわる逸話として、広く知られています。語り伝えられるうちに、細かい部分が変わっていますので、以下は、広く知られる形を、分かりやすく語り直したものです。
むかし、中国の唐の時代に、趙州という、名高い禅の和尚がいました。
あるとき、二人の僧が、修行の道を求めて、趙州和尚を訪ねてきました。
趙州和尚は、まず、ひとりの僧に、たずねました。
「あなたは、以前に、ここへ来たことがありますか。」
僧は、答えました。
「いいえ、はじめて参りました。」
趙州和尚は、言いました。
「喫茶去(まあ、お茶でもお飲みなさい)。」
次に、もうひとりの僧にも、同じ問いをしました。
「あなたは、以前に、ここへ来たことがありますか。」
その僧は、答えました。
「はい、前にも参ったことがございます。」
すると、趙州和尚は、さきほどと同じように、言ったのです。
「喫茶去(まあ、お茶でもお飲みなさい)。」
そばで見ていた、お寺の世話をする人は、不思議に思って、たずねました。
「和尚さま、来たことがない人にも、あるという人にも、同じように『喫茶去』とおっしゃるのは、どうしてでしょうか。」
趙州和尚は、静かに、世話人に向かっても、言いました。
「あなたも、喫茶去。」
※この言葉は、「まあ、お茶でもどうぞ」という、やさしいすすめの言葉として知られています。一方で、もともとは、「お茶でも飲んで、頭を冷やしなさい」という、きびしい意味をふくんでいた、という説明もあります。
「喫茶去」の意味と教訓
この逸話が伝えているのは、「来たことがあるか、ないか」という違いにとらわれず、だれにでも同じように、いまの一杯を差し出すということです。
わたしたちは、「前にもやったことがある」「はじめてで、わからない」と、経験の有無で、気持ちに壁をつくりがちです。けれども、趙州和尚は、その違いを、いったん脇に置きました。大切なのは、これまでの経験や立場ではなく、いま、この瞬間に、目の前の一杯を味わうことです。
これは、気持ちを「ゼロ」に戻すことにも、つながります。昨日までの出来事や、来週の心配をいったん脇に置いて、いまに戻る。それが、日曜日にぴったりの、リセットの方法です。
なお、この話の細かい場面や、言葉のやりとりは、語り伝える人によって、違いがあります。ここでは、「いまに戻る」ための言葉として、味わってみてください。
今日やること:来週に持ち込まないことを、1つ決める
✅ 今日やること(これだけでOK)
お茶(または白湯)をいれるあいだに、「来週には持ち込まないこと」を1つ決めて、紙に書く。
たとえば、「あの失敗は、もう反省したので、引きずらない」「終わった件の連絡は、もう気にしない」といった、小さな手放しで十分です。
書いたら、お茶を一口。いったん、かまえを下ろして、ゼロに戻りましょう。
まとめ:趙州和尚が教えてくれたこと
2026年10月25日、日曜日。
経験の有無も、昨日までの出来事も、いったん脇に置いて、いまの一杯を味わう。それが、新しい1週間への、いちばん静かな準備になります。
今日、気持ちが散らかってきたら、深呼吸を一つして、心の中でこう呟いてみてください。
「いったん、
ゼロに戻す」
焦らず、あなたのペースで、さっぱりとした日曜日をお過ごしください。いってらっしゃい!

