連載【サイバー防御実務入門】第9回
今回のゴール
- ランサムウェアの手口と、被害がなぜ長引くのかを理解する
- 「同期」と「バックアップ」の違いを説明できる
- バックアップの基本「3-2-1ルール」を知る
- 実際にファイルを「元に戻せるか」を試してみる
はじめに:最後の砦は「元に戻せること」
第2部「身近な防御編」も今回で最後です。第5回からここまで、アカウント、パソコン、家庭のネットワーク、そしてだましへの備えと、被害を防ぐための守りを固めてきました。
でも、第0回で紹介したNISTのフレームワークを思い出してください。サイバー防御には「防御」だけでなく、「復旧(元の状態に戻す)」までが含まれていました。どれだけ守りを重ねても、100%防ぐことはできません。だからこそ、最後に頼れるのが「バックアップ」です。
今回は、バックアップの必要性を一番強く感じさせる脅威、ランサムウェアの実態から見ていきます。
1. ランサムウェアをあらためて知る
第1回で、ランサムウェアは「データを暗号化して使えなくし、元に戻す代わりに身代金を要求する不正なプログラム」だと紹介しました。IPAの10大脅威(組織向け)では、2016年から11年連続で選ばれ、ここ数年は1位が続いています。警察庁の報告書から、手口の変化を整理してみます。
| 手口 | 内容 | 第2回の3要素で言うと |
|---|---|---|
| 暗号化 | データを暗号化して使えなくし、元に戻す代わりに身代金を要求する | 可用性への攻撃 |
| 二重恐喝 | 暗号化の前にデータを盗み、「払わなければ公開する」とも脅す(現在はこれが多くを占める) | 可用性+機密性への攻撃 |
| ノーウェアランサム | 暗号化はせず、データを盗んで公開をちらつかせるだけで脅す | 機密性への攻撃 |
さらに報告書では、ランサムウェアを開発するグループが、攻撃を実行する人に道具や脅迫用のサイトを提供し、身代金の一部を受け取る「RaaS(サービスとしてのランサムウェア)」という仕組みが広がっていると指摘されています。高度な技術がなくても攻撃できるようになり、攻撃者のすそ野が広がっているのです。第1回で紹介した、生成AIでランサムウェアを作った19歳の事件も、その流れの中にあると言えます。
被害は「大きく、長く」なっている
| 項目 | 数値(2026年上半期) |
|---|---|
| 被害報告件数 | 123件(半期として過去最多) |
| 被害企業・団体のうち中小企業の割合 | 約6割 |
| 復旧に1,000万円以上かかった組織の割合 | 約6割 |
| 1か月未満で復旧できた組織の割合 | 5割弱 |
出典:警察庁「令和8年上半期におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」(2026年9月)をもとに筆者作成
身代金を払えば元に戻る、とは限らない
警察庁は、身代金の支払いについて、「犯罪グループの活動資金になることが懸念される」「支払っても、データが元に戻る保証はない」と被害者に説明しているとのことです。
一方で、明るい話もあります。警察庁のサイバー特別捜査部は、いくつかのランサムウェアで暗号化されたデータを元に戻す「復号ツール」を独自に開発しており、これまでに国内の41の被害企業で、約2,011万件のデータの復号に成功したそうです。2026年1月に被害を受けた飲料メーカーでは、1テラバイトを超えるファイルを元に戻せたと紹介されていました。被害に遭ったら、早めに警察に相談することが大切です。
第3回で見たとおり、攻撃者は暗号化の前に「バックアップを物色する」段階を踏みます。バックアップが無事なら、被害者は身代金を払わずに復旧できてしまうからです。だから攻撃者は、パソコンやネットワークにつながっているバックアップを先に消すか、一緒に暗号化しようとします。攻撃者が一番困るのは、手の届かない場所に、確実に戻せるバックアップがあることです。
2. 「同期」は「バックアップ」ではない
ここで、私自身が勘違いしていたことを書いておきます。OneDriveやGoogleドライブ、iCloudにファイルを置いているから「バックアップは大丈夫」と思っていました。ところが、これは「同期」であって、そのままでは「バックアップ」とは言い切れないことがわかりました。
| 方式 | しくみ | パソコンでファイルを消したら… |
|---|---|---|
| 同期 | パソコンとクラウドを、いつも同じ状態に保つ | クラウド側からも消える |
| バックアップ | ある時点の状態を、別の場所にコピーして残しておく | コピーは残っている |
同期は、パソコンが壊れたときには役に立ちます。でも、誤って消したり、ランサムウェアに暗号化されたりすると、その変化もそのままクラウドに反映されてしまうおそれがあります。
ただし、多くのクラウドサービスには、削除したファイルを一定期間残す「ごみ箱」や、以前の状態に戻せる「バージョン履歴」の機能があります。使っているサービスで、何日前まで戻せるのかを一度確認しておくと安心です。
3. バックアップの基本「3-2-1ルール」
バックアップの考え方として広く知られているのが、「3-2-1ルール」です。
データは3つ持つ / 2種類の媒体に保存する / 1つは離れた場所に置く
| 数字 | 意味 | 家庭での例 |
|---|---|---|
| 3 | 元のデータを含めて、3つのコピーを持つ | パソコン本体+外付けディスク+クラウド |
| 2 | 2種類以上の媒体に保存する | パソコンの内蔵ディスクと、外付けディスク(またはクラウド) |
| 1 | 少なくとも1つは離れた場所に置く | クラウド、または別の家に置いた外付けディスク |
「離れた場所」が必要なのは、火事や水害、盗難などで、パソコンとバックアップが同時になくなるのを防ぐためです。最近は、ランサムウェア対策として、「1つはネットワークから切り離しておく(オフライン)」ことを加えた考え方も紹介されています。
外付けディスクにバックアップを取ったら、終わったら外しておく。これだけで、ランサムウェアに一緒に暗号化されるリスクを大きく減らせます。第3回の「今日からできること」で書いたことを、ここで実践します。
ちなみに、IPAの「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」は2026年3月の第4.0版で、「情報セキュリティ5か条」に「バックアップを取ろう!」を加えて6か条になりました。それだけ、バックアップの重要性が増しているということだと思います。
4. 家庭でのバックアップの始め方
① 何を守るかを決める
第2回の「情報資産リスト」を見直し、「なくなったら取り返しがつかないもの」に印をつけます。多くの家庭では、次のようなものになるはずです。
- 家族の写真や動画
- 自分で作った文書、ブログの原稿、趣味の作品
- 家計簿、住所録、各種の契約書類の控え
逆に、ソフトやアプリは、多くの場合もう一度インストールし直せます。「自分で作ったもの、自分にしかないもの」から優先するのがコツです。
② パソコンのバックアップ
- 外付けディスクに定期的にコピー:Windowsには、指定したフォルダを外付けディスクに自動でコピーする「ファイル履歴」という機能があります(Windows 11ではコントロールパネルから設定します)。以前の状態にさかのぼって戻せるのが特長です。
- クラウドへのバックアップ:Windowsの「Windows バックアップ」アプリでは、フォルダや設定をMicrosoftアカウントのクラウドに保存できます。前回の第6回で紹介した、Windows 10の延長セキュリティ更新(ESU)を無料で受ける方法の一つも、この機能を使うものでした。
③ スマホのバックアップ
スマホの写真は、Googleフォト(Android)やiCloud(iPhone)などのクラウドに保存されているか確認しましょう。特に大切な写真は、年に一度くらいはパソコンや外付けディスクにもコピーしておくと、3-2-1ルールに近づきます。
- バックアップ先のアカウントも守る:クラウドのアカウントが乗っ取られれば、バックアップも消されるおそれがあります。第5回の多要素認証を必ず設定しましょう。
- 外付けディスクにも寿命がある:何年も同じディスクを使い続けず、ときどき中身が読めるか確認しましょう。
- 暗号化したディスクの回復キー:第6回で紹介したドライブの暗号化を使っている場合は、回復キーの保管場所も確認しておきましょう。
5. やってみた:「本当に戻せるか」を試す
バックアップで一番大切なのに、一番忘れられがちなのが「元に戻せるかの確認」です。いざというときに「バックアップはあったのに戻せなかった」では意味がありません。今回は、実際に戻す練習をしてみます。
- 練習用のファイルを1つ用意する:大切なファイルではなく、「復元テスト.txt」のような、なくなっても困らないファイルを作ります。
- バックアップを取る:外付けディスクやクラウドなど、普段使っている方法で、このファイルを含めてバックアップします。
- 元のファイルを消す:パソコンから削除し、ごみ箱も空にします。
- バックアップから戻す:外付けディスクからコピーし直す、ファイル履歴やクラウドのバージョン履歴から復元する、などの方法で戻します。
- 中身を確認する:戻したファイルを開いて、中身が正しいかを確かめます。
- かかった時間と手順をメモする:いざというときに慌てないための「自分用マニュアル」になります。
練習は、必ず練習用のファイルで行ってください。大切なファイルで試して、万一戻せなかったら取り返しがつきません。
用語メモ
- ランサムウェア
- データを暗号化して使えなくし、元に戻す代わりに身代金を要求する不正なプログラム。
- 二重恐喝
- 暗号化に加えて、盗んだデータの公開をちらつかせて脅す手口。
- RaaS(サービスとしてのランサムウェア)
- 開発グループが攻撃の道具を提供し、実行者が攻撃して、身代金を分け合う仕組み。
- 同期
- 複数の場所のデータを、常に同じ状態に保つ仕組み。削除や暗号化も反映される。
- 3-2-1ルール
- データを3つ持ち、2種類の媒体に保存し、1つは離れた場所に置くというバックアップの考え方。
- オフラインバックアップ
- ネットワークから切り離して保管するバックアップ。ランサムウェアの手が届きにくい。
まとめと、今日からできること
- ランサムウェアは暗号化と情報の暴露で二重に脅し、被害は大きく長引いている。
- 身代金を払っても戻る保証はない。被害に遭ったら早めに警察へ。
- クラウドの「同期」は、そのままでは「バックアップ」ではない。
- バックアップは3-2-1ルール、そしてつなぎっぱなしにしない。
- バックアップは「戻せて初めてバックアップ」。復元の練習をしておく。
- 「なくなったら困るもの」を3つ書き出す:それがどこに、いくつコピーされているかを確認しましょう。
- 使っているクラウドで「何日前まで戻せるか」を調べる:ごみ箱やバージョン履歴の保存期間を確認しましょう。
- 練習用のファイルで、復元テストを1回やってみる:5分ほどでできます。
いよいよ第3部「組織の実務編」に入ります。最初のテーマは、パソコンやシステムが残す「記録」=ログ。Windowsのイベントログを開いて、ログオンの記録を探しながら、「気づく」ための守りの第一歩を学びます。
参考資料
- 警察庁「令和8年上半期におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」(2026年9月)
https://www.npa.go.jp/publications/statistics/cybersecurity/data/R8kami/R08_kami_cyber_jousei.pdf - IPA「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」(第4.0版、2026年3月公開)
https://www.ipa.go.jp/security/guide/sme/about.html - IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026」
https://www.ipa.go.jp/security/10threats/10threats2026.html - Microsoft サポート(Windows のバックアップと復元)
https://support.microsoft.com/ja-jp/windows
※本記事は2026年11月時点の情報をもとに作成しています。
