連載【サイバー防御実務入門】第8回
今回のゴール
- フィッシングと、ネットを使った詐欺の現状を数字でつかむ
- だましの手口に共通する「心理の仕掛け」を知る
- 見抜く力に頼らず、「ルール」で守る方法を身につける
- もしだまされてしまったときの、状況別の対処と相談先を知る
はじめに:技術の守りを固めても、最後は「人」が狙われる
第5回から第7回まで、アカウント、パソコン、家庭のネットワークと、技術的な守りを固めてきました。でも、攻撃者はそれをよく知っています。守りが固いなら、持ち主本人をだまして、内側から扉を開けさせればいいと考えるのです。
第4回で、ファイアウォールは「自分で招き入れたものは止められない」という話をしました。フィッシングや詐欺は、まさにその隙を突く手口です。第1回で見たIPAの10大脅威でも、個人向けの10項目のうち、フィッシング、サポート詐欺、脅迫・詐欺による金銭要求など、「人をだます」ことが入口になる脅威がいくつも並んでいました。
今回は、だましの手口の現状と、だまされないための仕組みづくり、そして万一のときの対処を整理します。
1. 数字で見るフィッシングと詐欺
警察庁の報告書から、主な数字を抜き出しました。
| 項目 | 数値 | 補足 |
|---|---|---|
| フィッシング報告件数(2025年) | 約245万件 | フィッシング対策協議会への報告。増加が続いている |
| フィッシング報告件数(2026年上半期) | 約73万件 | 同上 |
| ネットを利用した詐欺の被害額(2026年上半期) | 約1,755億円 | 前年同期比で約45%増 |
| 特殊詐欺の被害額(2026年上半期) | 約1,816億円 | 過去最悪だった2025年を上回るペース |
| ニセ警察詐欺の被害額(2025年) | 約1,005億円 | 特殊詐欺全体の被害額の約7割 |
| SNS型投資詐欺(2025年) | 9,523件 約1,288億円 |
著名人になりすました偽の投資広告が入口になる例が多い |
| ニセ社長詐欺(2026年1〜6月) | 127件 約38.8億円 |
1件あたりの被害額は約3,100万円 |
出典:警察庁「令和8年上半期におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」(2026年9月)、同「令和7年における〜」(2026年3月)をもとに筆者作成
一方で、2026年上半期のネットバンキングの不正送金は253件、約20.7億円と、前年同期より約51%減っていました。金融機関の対策が進んだ成果かもしれませんが、そのぶん電話やSNSで直接だまし、本人にお金を振り込ませる手口に、被害の中心が移っているようにも見えます。
2. だましに共通する「心理の仕掛け」
手口は次々に変わりますが、資料を読み比べていくと、だましの言葉には共通するパターンがあることに気づきました。
| 仕掛け | 典型的な言葉 | 狙い |
|---|---|---|
| 急がせる | 「本日中に手続きしないと停止します」 | 考える時間を奪う |
| 不安にさせる | 「不正利用を検知しました」「ウイルスに感染しています」 | 冷静な判断を奪う |
| 権威を使う | 「警察です」「社長です」「銀行の者です」 | 疑うことをためらわせる |
| 得をさせる | 「必ず儲かる」「当選しました」 | 欲で判断を曇らせる |
| 秘密にさせる | 「捜査中なので誰にも言わないで」 | 周りに相談させない |
詐欺師が一番避けたいのは、相手が「いったん立ち止まって、誰かに相談すること」です。だから、急がせ、不安にさせ、秘密にさせる。逆に言えば、守る側の最強の武器は「時間をかけること」と「人に話すこと」です。第3回で学んだ攻撃の「鎖」で言えば、だましは「冷静さ」という一つの環を断ち切ろうとする攻撃です。その環を守れば、鎖はつながりません。
3. 「見抜く」には限界がある
以前は、フィッシングメールといえば「日本語が不自然」「差出人のアドレスが変」といった見分け方がよく紹介されていました。ところが警察庁の報告書は、AIの発達で文章が自然になり、偽装の精度が大幅に上がっていると指摘しています。
さらに、報告書の分析では、フィッシングメールの送り元はIPアドレスを次々に変えながら、1つの送り元からは1〜3日、1〜3通だけ送るものが多いとされていました。送り元を見て「怪しいリストに載っているか」で判断するのも難しくなっているわけです。
見分け方のポイント(アドレスの綴りが微妙に違う、など)を知っておくことは無駄ではありません。でも、「自分は見抜ける」という自信こそが一番の弱点になります。そこで、見抜く力に頼るのではなく、だまされても被害が出ない「ルール」を決めておくことにしました。
- メールやSMSのリンクからは、ログインもお金の手続きもしない。大事なサイトは、ブックマークや公式アプリから自分で開く。
- お金や個人情報の話が出たら、いったん電話を切る(メッセージを閉じる)。確認するときは、公式サイトや通帳、カードの裏などに書かれた番号に、自分からかけ直す。
- 「誰にも言わないで」と言われたら、必ず誰かに話す。家族、友人、または警察相談専用電話「#9110」へ。
この3つは、第3回でまとめたフィッシング詐欺の流れの「2番目(リンクを踏ませる)」と「3番目(入力させる)」の段階を、手口の新しさに関係なく止めるためのルールです。第5回のパスワード管理ソフトや多要素認証、パスキーと組み合わせれば、多層の守りになります。
4. メール1通では終わらない、新しい手口
電話から始まる「ボイスフィッシング」
警察庁の報告書によると、2024年秋から、犯罪グループが企業に電話をかけ、ネットバンキングの更新手続きなどを装ってメールアドレスを聞き出し、そこにフィッシングメールを送る手口が急増しました。さらに2026年5月には、電話をきっかけに遠隔操作ソフトを入れさせ、会社のパソコンをその場で操りながら偽サイトでIDとパスワードを盗み、不正送金する新しい手口が急増したとされています。いつも使っているパソコンから送金させることで、銀行側の不正検知をすり抜けようとしていると考えられています。
社長になりすます「ニセ社長詐欺」
2026年1月ごろから、会社の経営者になりすまして、公開されている会社のアドレスにメールを送り、SNSのグループを作らせて、その中で口座残高を聞き出し、送金させる手口が発生しています。実在する社長名や会社名が使われるため、気づきにくいのが特徴です。家族経営の小さな会社や団体の方は、特に注意が必要です。
警察を名乗る「ニセ警察詐欺」と、AIによる偽装
2025年の「ニセ警察詐欺」の被害額は約1,005億円で、特殊詐欺全体の約7割を占めました。報告書には、ビデオ通話で警察官の制服のような服を着て偽の警察手帳を見せ、顔をAIで作り替えてだましていた事件も紹介されています。
- 警察が、電話やビデオ通話、SNSで、お金の振り込みや預金の確認を求めることはありません。
- 「マネー・ローンダリングに関与している」「逮捕される」などと言われても、いったん電話を切り、#9110か、最寄りの警察署の代表番号に自分からかけて確認しましょう。
- 声や顔は、AIでまねできる時代です。「本人の声だった」「顔を見た」は、もう本人確認になりません。
SNS型投資詐欺
著名人の写真や動画を無断で使った投資広告から、SNSのやり取りに誘導し、投資名目でお金をだまし取る手口です。2025年は1件あたりの平均被害額が約1,358万円にのぼりました。「有名人が勧めている」「必ず儲かる」「グループに招待する」がそろったら、詐欺を疑ってください。
5. もしだまされてしまったら:状況別の対処
どんなに気をつけていても、だまされることはあります。大事なのは、恥ずかしがらずに、すぐに動くことです。第3回で学んだように、途中の段階で止めれば、被害を小さくできます。
| こんなときは | すぐにやること |
|---|---|
| 偽サイトにIDとパスワードを入力した | 本物のサイトですぐにパスワードを変更。同じパスワードを使い回しているサービスもすべて変更。多要素認証を設定する |
| クレジットカード番号を入力した | カード会社にすぐ連絡し、カードを止めてもらう(カードの裏面の番号へ) |
| お金を振り込んでしまった | 振り込んだ銀行にすぐ連絡し、警察にも相談する |
| 遠隔操作ソフトを入れてしまった | ネットから切り離す(Wi-Fiをオフ、LANケーブルを抜く)。そのパソコンでのネットバンキングやログインはしない |
| 電子マネーのカード番号を伝えてしまった | カードの発行会社に連絡する。購入時のレシートやカードは捨てずに保管 |
| どうしたらいいかわからない | 下の相談先に連絡する |
- 警察相談専用電話「#9110」:緊急でない相談の窓口。最寄りの警察の相談窓口につながります(緊急時は110番)。
- 消費者ホットライン「188」:最寄りの消費生活センターなどにつながります。
- IPA「情報セキュリティ安心相談窓口」:ウイルスや偽警告など、パソコンやスマホのセキュリティの相談。
- フィッシング対策協議会:受け取ったフィッシングメールの情報提供を受け付けています。
6. やってみよう:家族で「合言葉」と「ルール」を決める
今回の「やってみよう」は、パソコンを使わない点検です。
- 3章の「3つのルール」を家族に話す:特に、離れて暮らす親や、スマホを使い始めた家族と共有しましょう。紙に書いて電話の近くに貼っておくのもおすすめです。
- 家族だけの「合言葉」を決める:AIで声をまねされても、合言葉までは知られません。「お金が必要」という連絡が来たら、合言葉を聞く、と決めておきます。合言葉は、SNSなどに書かない、家族の外では使わないものにしましょう。
- 相談先を電話帳に登録する:「#9110」と「188」を、自分と家族のスマホの電話帳に登録しておきます。
- フィッシング対策協議会の「緊急情報」をのぞいてみる:今どんな会社をかたるフィッシングが出回っているかがわかります。
用語メモ
- フィッシング
- 実在する組織を装ったメールやSMSで偽サイトに誘導し、IDやパスワード、カード番号などを盗む手口。
- ソーシャルエンジニアリング
- 技術ではなく、人の心理や思い込みの隙を突いて情報を盗んだり、操作させたりする手口の総称。
- ボイスフィッシング(ビッシング)
- 電話を使ったフィッシング。電話で偽サイトや遠隔操作ソフトに誘導する。
- ニセ社長詐欺
- 経営者になりすまして社員にメールを送り、SNSのグループなどを通じて送金させる詐欺。
- 特殊詐欺
- 電話などで対面せずに相手をだまし、お金をだまし取る詐欺の総称。ニセ警察詐欺もこの一つ。
まとめと、今日からできること
- フィッシングや詐欺の被害は増え続けており、電話やSNSで直接だます手口が大きな被害を生んでいる。
- だましの共通点は、急がせる・不安にさせる・権威を使う・得をさせる・秘密にさせる。
- AIで文章も声も顔も偽装できる時代。見抜く力より「ルール」で守る。
- だまされたら、恥ずかしがらずにすぐ動く。途中で止めれば被害は小さくできる。
- 「3つのルール」を紙に書いて、電話の近くに貼る:自分のためにも、家族のためにも。
- 「#9110」と「188」を電話帳に登録する:いざというとき、調べる時間を省けます。
- 離れて暮らす家族に電話して、合言葉を決める:この記事を話のきっかけにしてみてください。
第2部「身近な防御編」の締めくくりは、最後の砦「バックアップ」。ランサムウェアや故障、誤操作からデータを守るための3-2-1ルールと、実際に「元に戻せるか」を試す方法を学びます。
参考資料
- 警察庁「令和8年上半期におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」(2026年9月)
https://www.npa.go.jp/publications/statistics/cybersecurity/data/R8kami/R08_kami_cyber_jousei.pdf - 警察庁「サイバー空間をめぐる脅威の情勢等」(令和7年版ほか)
https://www.npa.go.jp/publications/statistics/cybersecurity/index.html - フィッシング対策協議会
https://www.antiphishing.jp/ - IPA「情報セキュリティ安心相談窓口」
https://www.ipa.go.jp/security/anshin/index.html - 消費者庁「消費者ホットライン」
https://www.caa.go.jp/policies/policy/local_cooperation/local_consumer_administration/hotline/ - IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026」
https://www.ipa.go.jp/security/10threats/10threats2026.html
※本記事は2026年11月時点の情報をもとに作成しています。
